ゲドウ⑮ゼルダの17歳の誕生日、その前日。
明日にはとうとう厄災が復活するという。
繰り手達はその前日から神獣を持ち場に配備して待機することになった。
時刻まであと12時間。英傑達がハイラル城から各地方に戻ってきた時、それは起こった。
この世の終わりかと思うような地響き。みるみるうちにハイラル城は瘴気に覆い尽くされた。予定より早く厄災が復活したのだ。
リーバルは焦る心を抑えハイラル城を見つめた。
城に到達するのはメドーが一番早いはず。
リーバルは翼を翻すとメドーの元へ急いだ。
真っ先に頭に浮かんだのは、数刻前ハイラル城での会合で顔を合わせたリンクのこと。
リンクの部屋に泊まったのは先週だ。あれ以来会っていなかった。
それで、別に何というわけでもない。
だが、まあ、もしも万が一あの瘴気に満ちたハイラル城でリンクの身に何かあったとしたら、平原一面に揺れるタバンタ小麦を見る度に寝袋からはみ出た髪の色を思い出す羽目になるだろう。
自分が何者なのか考えている暇はない。とりあえず今はアイツの顔に免じて英傑だ。
突如メドーの上に竜巻が沸き起こった。
リーバルの身体が宙に巻き上げられ、体勢を立て直して目を凝らすとその中心から発せられる禍々しい気配。ガノンの分身、風のカースガノンが現れたのだ。
リーバルはすぐさま戦闘態勢をとった。
幾度か攻撃を与えるが、肉体を穿つような手応えがない。リーバルは赤黒く光るハイラル城をチラリと見た。陽動か。バカにしやがって。
「分身と同時に本体を叩く。メドー、背中を預けるよ。君は城にいる本体をやるんだ。僕はこいつをやる」
酷い嵐だ。
カースガノンの巻き起こす風で雲が集まり、メドーの機体に絶えず雷が落ち続ける。
雨のせいで爆弾矢の威力が弱い。翼を打つ雨粒が大きくて重たい。
それでも、悪天候の中で戦う訓練は十分行ってきた。やれるはずだった。
カースガノンの放った砲撃が胸の防具を掠め、矢筒を留めるベルトを焼き切った。飛び散った矢に伸ばした腕を雷が掠め、羽根の先を焦がす。
機動力を奪われるのは致命的だ。
あの日の母も翼を貫かれて死んだのだから。
・・・
無数の線状になって視界を埋め尽くす雨と雷が森の中の木々に変化していく。
あれ?母が貫かれたのは心臓だったか。右を見ると群青の翼が地に伏している。父の遺骸だ。
拙い手付きで正面の敵に向かって弓を構える。
だが、弓の指導を受けたことのない幼い腕では飛距離は伸びず、幾本もの矢が虚空に吸い込まれていった。
ふと左を見た。暗赤の衣装の上に浮かび上がる不気味な白い面。父が助けに来てくれたのだ。では右のリトはなんだったっけ?
暗赤の衣装の男がリーバルの胸を人差し指でトンと小突いた。
突然胸が苦しくなり、リーバルは嘴から血を吐きだした。
「ぐはっ・・・」
リーバルの嘴の端を赤黒い血液が伝う。
メドーのあかりが弱まり、視界が暗くなる。さっきのカースガノンの砲撃が、鎧を貫通してリーバルの胸にダメージを与えていたのだ。
バカな。こんなヤツに負ける僕は僕じゃない。
自ら望んで死ぬのと、望まない相手に不可抗力的に殺されるのは別のこと。
自分の命をどう使うのか選べる程の実力はつけてきたつもりだった。
生来の負けん気が耐えきれないほどの悔しさを滲ませて悲鳴をあげている。
自暴自棄な気持ちはもうなかった。
イーガ団、英傑、たとえ全ての肩書きが存在しなかったとしても、きっとはるか高みを目指して羽ばたく翼は止めることができない。それは原初的な欲求だった。死して敗北なんて認めない・・・。
その時、眩しいほどの青い閃光がリーバルの頭上で弾けた。カースガノンが怯み、攻撃の手を止める。
見上げると、光の中に白い姿が見えた。
父親だろうか?違う。その人物は翼を持っていた。リトの戦士、テバ。
テバはカースガノンの周りを飛び回り次々と矢を射った。
白い身体は暗闇の中でもよく見えた。それは敵も同じらしく、カースガノンの意識がテバに集中する。
二人いるなら一人が陽動に回れる。
リーバルはスカーフを使って矢筒を結び直すと、形勢逆転とばかりに飛び上がった。
だがそれでもカースガノンは強敵だった。矢の残数が心許無い。救世主であるテバの実力は申し分なかった。だがいかんせん敵が強すぎる。
その時、メドーの内部に繋がる出口が急に騒がしくなった。いくつかの足音の後、飛び出してきたのは小麦色の髪。
リンクは戦場に滑り込むと、マスターソードから青白く光る斬撃をカースガノン目掛けて放った。
「僕達にも風が吹いてきたみたいだよ」
「リンク!」
リーバルの言葉に、テバがホッとしたような声を上げる。
リーバルがリンクを見下ろすと、向こうもこちらを見上げ目が合った。
能面のような青白い顔。視界が悪いのに、何故かその瞳はよく見えた。
「よそ見してる暇ないぜ!」
リーバルは叫ぶと、カースガノンに向かって飛び込んでいった。
***
「二人でも何とかなったけど、いないよりはマシだったんじゃない?」
リンクに歩み寄り、リーバルはフン、と嘴をあげた。
リンクはそれに構わず、テバの元へつかつかと歩みよると突然その手を力強く握った。
「リーバルを助けてくれてありがとう」
「ん?あぁ…」
困惑したテバがリーバルに目をやると、リーバルは上げた嘴をそのままにぷるぷると身体を震わせている。
「なんっで君が礼を言うんだ?僕は君の所有物じゃない!」
リンクはあぁ、うん、と生返事をしながらテバを見上げ力強く頷くとその手を離した。
リーバルは、リンクと同じく助太刀に来ていたインパやゼルダ姫に背を向けると、リンクに顔を寄せた。
「一度寝た相手にすぐ彼氏面するタイプだな。なぁ?」
「え?」
二人のやりとりが聞こえてしまったテバがリーバルに目をやると、ニコリともせずにリンクに向けて舌を出している。リンクは肯定も否定もせずわなわなと震えていた。
「英傑様にもこんな一面が…」
思わずテバが呟いた。
「幻滅したかい?」リーバルが尋ねると、テバは「いえ…興味深いですよ」と苦笑いした。