カントー組 成人式『カントー組 成人式』
「んー……これ、苦しいなぁ」
カントー地方、マサラタウン。まっしろ、はじまりの色、けがれなき色。そう呼ばれる町。そのマサラタウンは今日、色とりどりの装飾が施されている。そんな中、レッドは自分の首元を締めるネクタイに違和感を持っていた。足元を歩く、彼のポケモンの1匹、ピカが彼を見上げ、首を傾げる。
「ん?あぁ、ネクタイが苦しいなって言っただけだよ」
レッドの答えに、そっか、という顔をするピカ。いつもと違う彼の服装。今日は20歳を迎えた少年少女たちをいっぱしの大人として祝う式、成人式が行われる。マサラタウン出身者で成人を迎えるのは3人。もちろん、レッドはその1人。
会場へと向かう先に、淡い桃色柄の着物を着て、日傘を差す女性が歩いているのをレッドは視界の先に捉えた。ピカも気づくと、先に駆け出し、ピカは気づいて、というようにその着物の裾を、くいっ、と軽く引っ張る。
「あら、ピカじゃない!」
ピカに視線を落としたのは、ブルー。しゃがんでピカの頭を優しく撫でる。
そこにレッドが追いつく。
「ブルー」
「レッド、あなたもこれから会場へ?」
「おう。まだ時間はあるんだけど、こいつらが早めに行けってうるさくてさ」
レッドはピカ、そしてボールの中にいる彼らの手持ちをブルーの前に見せて、肩を竦めた。
「あなたの性格上、早めに出とかないと途中でバトルしても間に合うようにって思ってるからじゃないの?ぷくく……」
「はは……」
ブルーの含み笑いに、レッドも釣られてまた苦笑いで笑いを返す。
「オレ、”たたかう者”だからなぁ。バトルできるなら、なるだけやりたくなるんだよなあ」
「バトル厨だこと」
「おい」
ブルーの一言に突っ込む。すると、ブルーの手が持つ日傘の先の形が変わり、レッドの目の前に、点のような目を合わせてきた。
「お、メタちゃんか。久しぶりだな」
レッドはブルーの手持ち、メタちゃんにそう声をかけた。それに、にこっ、と笑う。
数年前、ロケット団が引き起こした事件でレッドと共にしたこともあってか、レッドとメタちゃんにちょっとした友情が生まれていた。
「さ。行きましょ。遅れたら大変よ」
「そうだな」
ブルーに急かされ、レッドは歩みを早めた。
「……で?レッド。お前はブルーに急かされたのにも関わらず、遅刻か」
機嫌の悪いグリーンの声に、レッドは冷や汗をかいていた。結局、途中でバトルしてしまって、そんな彼をブルーは置いていき、ブルーは時間前に到着。レッドは開始時刻から30分近く遅れて入ってきた。
隣に座るグリーンの顔が怖く、レッドはグリーンに合わせる顔がない。
「悪い……ほんっとごめん」
「お前はもう少し時間を守れ。おじいちゃんを待たすな」
グリーンはそう言って、目の前にいる祖父、オーキド博士を見る。オーキド博士はグリーンとレッドのやり取りを、微笑ましく見ていた。その表情を見て、グリーンもようやく機嫌の悪さを収めた。
「よし。では、揃ったところで始めるとするかの」
オーキド博士はそう言うと、さっ、と手を上げて合図を出す。
すると、どこからかみずでっぽうが、そこにかえんほうしゃが当たって、水を蒸発、そしてそこへはなびらのまいが加わった。
指示を出しているトレーナーが誰か、3人はわかった。
「お前たちの成人祝いをするために来てくれとるぞ」
オーキド博士はレッド、グリーン、ブルーが座っている位置よりも後ろの方に視線をやる。カスミ、カツラ、エリカがオーキド博士に親指を立てて、にこやかに笑い、そして手を振った。
それから、オーキド博士は3人を改めて1人ずつ見た。
「まずは……グリーン」
孫の名を呼ぶ。グリーンは椅子から立ち上がり、ボールを後ろに放った。中から出てきたのは今の彼の手持ちたち。もちろん、祖父からもらったリザードンもいる。
「グリーン、お前はわしの孫で、いろいろ期待した。いずれはトレーナーとしても研究者としても立派になると思った。そしたら、お前は本当に、わしが思う以上に立派になりおった」
オーキド博士がしみじみと目を閉じて言うと、グリーンにしては珍しく顔を伏せ、ふっ、と笑った。
「次に……ブルー」
「はい」
ブルーも立ち上がって、着物袖からボールを後ろに投げて、手持ちポケモンを出した。
「ブルー。最初はいろいろと間違えとったが、今は良きトレーナーとなったな。親御さんともしっかりと会えて、わしは本当に安心した。これからもまだまだ親御さんと顔を合わせて、会えなかった分を埋めていきなさい。ポケモンたちと共に」
「はい」
ブルーは素直に首を縦に動かした。
「そして……レッド」
「はい」
レッドも2人に倣って、ポケモンを出す。
「お前さんはなぁ……ほんと昔から変わらずじゃ。今日もバトルで遅刻しておる」
「はは……」
小言から始まったなぁとレッドは苦笑した。それにオーキド博士も同じ表情になるが、また真面目な顔に戻った。
「お前さんがグリーンの後に図鑑を渡した時、わしは少しお前さんに期待した。グリーンはお前と出会う前はどこかとがっておった。じゃが、お前さんと出会い、グリーンの良き友に、ライバルとなった。わしはそれを感じた時、嬉しく思ったよ」
オーキド博士はレッドにそこまで言うと、3人をまた見渡した。
「お前さんたちはわしが最初に図鑑を渡した者たちじゃ。その3人が今日で成人を迎えた。大人の仲間入りじゃ。よりトレーナーたちの模範として、切磋琢磨、それぞれ精進を重ねていってほしい。わしはお前たちに望むのはこれだけじゃ」
そう告げると、オーキド博士は壇上を降りて、降りてすぐのテーブルから祝い用酒と升を持った。升を3人にひとつずつ渡して、それぞれ注いだ。
そして、自分の升にも注いだ。
「それでは……お前さんたちの成人祝って、乾杯じゃ!!」
「乾杯!」
3人揃って、オーキド博士の後に唱和した。そして、一口飲む。
「……にっが!!というか、これ、こっ、濃い!?」
レッドは1口飲んだ後にむせた。となりでブルーも手で口を抑えつつ、小さく咳き込んでいた。グリーンはなんも反応せずに飲んでいる。
「グリーン、お前、よく飲めるな」
「ほんと。おじいさまもよくこんなの飲めて……あら、グリーン?」
ブルーはグリーンの様子に違和感を覚えた。
その後はすぐレッドがすぐ彼の肩を素早く支えた。グリーンの顔がかなり赤くなってい
た。
「まさか……お前、かなり酒弱いのか!?」
「あら、意外ね」
レッドとブルーは驚いた表情でグリーンを見る。
「うるさい……くっ、おじいちゃんは強い方で、姉さんも比較的強いんだが……オレはどうもそんなに強くない」
「いや、かなり弱いだろ」
レッドがそう言うと、グリーンはむっとしたらしく、小さく舌打ちした。だが、だいぶ目が回っているのか顔を抑えた。
「レッド、悪いが座らせてくれ。くらくらする」
「まじか」
レッドはグリーンを席に座らせた。グリーンのポケモンたちも彼を心配して、傍による。
「カメちゃんの水でも浴びる?グリーン」
「いや、それはやめとけよ……せっかくの服をびしょびしょにするのも」
レッドがブルーにそう言った。グリーンはややぐったりしつつも、2人に向いた。
「レッド、ブルー」
「なんだ?」
「オレは……いや、オレたちはおじい、いや、オーキド博士が見込んだトレーナーだ。オレたちは図鑑所有者として先を走り続けるぞ。いいな?」
酔いは回っていても、目はしっかりとしているグリーン。それに、レッドとブルーは頷いた。
「もちろん」
「ふふ。あたしが先に走ってるかもよ」
「それはない」
そう会話しつつ、3人は右手を重ね、拳を作って強く誓う。
その姿をオーキド博士は、嬉しそうに見守り、手に持つ升を空に掲げた。
「彼らの未来に……乾杯」