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    ハナ🌹オサカ

    腐ったヲタクの文字書き。
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    ハナ🌹オサカ

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    #ジクアグ#

    ◆シェフの気まぐれコース




    その店が開いている所を見たのは二度だけだ。
    オフィス街から少し離れた場所ではあるものの、職場への通り道にあるので平日は毎日その店の前を通るのだ。
    土日になら開いているのか、早朝ならば、深夜ならば、そんな事を思いながら勤続十年を越えた辺りで勝手に閉店したのだと思っていた。
    北風が強く吹く深夜ゼロ時に、私は会社を出た。
    珍しくタクシー代は会社で出してくれると言うので終電は見送った。
    タクシーなら一時間半ほどで家に帰れるだろう、金曜日の夜でも何の予定もない事に寂しさを覚えることもなくなった。
    気が付けば遅い昼飯を取ってから何も食べていないが、駅前まで行かなければコンビニもない。
    最近サイズの大きくなったズボンを見下ろして、タクシーを拾うべく顔を上げて視線を止める。
    閉店したのだと思っていた店に明かりがついていた。
    フラフラと店に近付けば良いにおいが鼻を付く。
    そう言えば、以前に店が開いていると思われる時にも良いにおいがした。
    だから店が開いていると分かったのだ。
    壁一面をアイビーで覆われた店の窓から漏れる明かりをそっと覗いてみる。
    小さな店だ。
    ぼやけたガラスの向こう、四人掛けのテーブルが二つとカウンターらしきものが見えて、カウンターには誰かが座っていた。
    やはり営業しているようで、一瞬躊躇ったがそれでも手は勝手に店の扉を開いていた。
    からん、と古風なカウベルの音が店内に響くとカウンターの向こうに立っていた男が顔をあげる。
    いらっしゃいませ、と低く柔らかな声は心地よい。
    「お好きなところにどうぞ」
    続いた言葉に視線を巡らせれば、カウンターに座っていた客と目が合う。
    モデルのような、美しいヒトだった。
    多分、男性だろう。
    長い金色の髪と、ルビーのような赤い目は一瞬ぶつかった後に、すぐに背けられてしまう。
    白いワイシャツの背中に強い拒絶を感じて、一人ながらに四人掛けのテーブルに座ると直ぐに水が置かれた。
    「何にしますか?」
    「あ、ええと、」
    木目の浮いたテーブルの上にはメニューらしきものがない。
    「お好きなものを何でも」
    「え?」
    戸惑って店員の―――いらっしゃいませと言ってきた男の顔を見上げた。
    柔らかそうな亜麻色の長い髪は纏められ、シェフの様な格好をしているが、その顔はモデルのように整っていたし、その立ち姿さえもすらりと整っていた。
    「この店にメニューはない、とその男は言っているのだ」
    「あ、あぁ、なるほど」
    さっきあれほどまでに強い拒絶を示していた男が突然くちを挟んできた。
    何と言うか、圧が強い。
    それが男の態度なのか、それともその美しすぎる顔ゆえなのか分からないまま曖昧に頷くしかできない。
    「本当に、何でも構わないぞ」
    「そぅなんですか?」
    「つまみでもデザートでも。あとは食べたことがないが、いつか食べたかったものでも―――懐かしいものでも」
    「なつかしい、もの」
    ふと、随分と帰っていない実家を思い出した。
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