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    onsen

    @invizm

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    onsen

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    クロラム

    クロくん大学生の付き合ってるクロラム。
    頑張って先生を甘やかそうとするクロくん。
    「明日が今日に変わったら」の次の日の話です。
    初出 2021/6/14

    ##怪ラム
    #クロラム
    chloroform

    今日が昨日に変わるまで 目を開いたら、クロが至近距離で俺をガン見していた。
    「!?」
    「あ、おはようございます先生。よく眠れましたか」
     ばくばくとものすごい勢いで跳ねる心臓、一瞬で頭まで血が巡って目が覚めた。心の準備なしに目覚め一番に見るには、猫科の猛獣みたいなクロの目は目力が強すぎる。そもそも、なんでクロが同じ布団に入ってんだ。温い、とは確かに思ったけど。
    「お、はよ、クロ……?」
    「おはようございます。もう少し寝てますか? 朝ご飯もできてるので、すぐ食べてもいいですが」
    「朝メシ、作ってくれたのか?」
    「はい」
    「んじゃ起きる」
     泊まっていった次の朝にクロが先に起きることはあるが、朝メシの用意をしてくれることは珍しい。どういう風の吹き回しだとぼんやり考えていると。
    「では温めてきますので、ゆっくり起きてきてください」
     布団から抜け出しざま、おでこにキスされた。
    「!!??」
     一気に顔に血が昇る。思わず顔を両手で覆ったけれど、クロはなんでもないようないつもの顔ですたすたと台所の方に歩いていく。クロがいなくなった分の隙間が妙に寒い。そういえば、あいつ、朝メシ作った後、俺と寝直してたのか?
    「……変なもん食ったのか?」
     昨日の晩メシがなんだったかを必死で思い出そうとしたけど、なかなか出てこない。昨日の夜、なにかあったっけ。
     昨日の、夜。そうだ、昨日は……。それでクロが、たぶん俺の様子を心配して帰らないでいてくれた。晩メシはいつも通り食べさせた、はずだけど、正直ずっとぼんやりしていて記憶があまりない。
    「変なもん、食わせたかも……」
     顔に昇った血がさーっと引いていくのを感じながら、ずるずると布団から這い出た。


     表面がつやつやと光るお粥から、湯気と胡麻と葱の香りが立ち上っては鼻を擽る。中には裂かれた鶏肉と短冊切りの大根がちらばる。添えられた水には氷は入っていなくて常温。
    「すげーうまそう! でも、お前これで足りるか?」
    「肉も入ってますし、量はちゃんとあるんで。ここのところ少し先生の食が細い気がしていたのでこういうものにしてみたんですが、物足りなかったですか」
    「いや、ちょうどいーよ。クロ、ありがとな」
     確かに最近少し胃腸の具合は万全とは言えなかった。歳のせいだろうと思うけど、それをクロに話したことはないはずだ。ただ、昨日は食欲がどうしてもわかなくて、昼は食べてなくて、晩飯はクロの手前少しだけは食べた、んだった気がする。
    「いつも僕に合わせてもらってるので、たまには先生の身体に合わせてください」
     クロの水にはいつも通り氷が入っていて、これも俺に対する気遣いだとわかる。そんなに胃腸弱ってそうに見えたのか。
     いただきます、と声と掌を合わせてひと匙口に含めば、ほどよい塩味と温度と固さのお粥は貝柱の出汁が効いていて、見た目よりしっかりとした味がする。胡麻の匂いが食欲をそそるし、身体の中からじんわりと温まる。なにより、クロが俺の調子を俺より把握して、気遣って作ってくれたことが嬉しいし、そのやさしさがしっかりと舌から伝わってくる。クロが作ってくれた味がした。
    「うまい! 宇宙一!」
    「当然です」
     そう言いつつも少し得意げな表情の中にほっとした色が混ざっていて、どこまで大きくなってもやっぱりかわいい。ありがとな、と礼を言えば嬉しそうにしてくれる。
     クロの心遣いの味がするお粥はいくらでも食べられそうだ。ただどうしても気になりすぎる事があるもんだから、一旦匙を止めた。
    「ところで、今朝はどうしたんだ?」
    「どう、とは?」
    「や、朝メシ作ってくれたり、添い寝してたり、いきなりデコチューしてきたり……」
     朝っぱらから様子がおかしい。クロが斜め上の行動に走るのは珍しくないが、それとも少し毛色が違う。
     そして、返ってきた答えもまた、斜め上だった。
    「先生に、リラックスしてもらおうと思ったので」
    「…………おう?」
     質問と答えが噛み合っていない気がして、首が意図せずに傾いだ。クロの鋭い目が俺をじっと見つめてきていて、どうにもリラックスという言葉と馴染まない。
    「先生はここのところ心身ともに疲れすぎです。なので、今日は一日しっかり休んでもらいます。今日は先生を全力で甘やかすので、好きなだけ甘えてください」
    「お、おう……?」
     疲れてる、それは確かだ。ここのところ睡眠時間もあんまり足りていないし、昨日は軽い怪我もした。目覚めからここまでの怒涛の展開で思い出さないでいられたけれど、昨日の出来事はどうしてもやりきれないし、まだ消化できてないし、一晩寝たら忘れていいようなことではない。どうすればいいのかも、まだ、わからない。思い出してしまうと昨日の男の目のような澱んだ暗がりに、心が引きずられそうになる。
    「それで添い寝してみたり、いろいろ試してみたんですが、的外れでしたか?」
     落ちかけた心が、クロの真っ直ぐな声で引き戻される。口頭試験の評価をじっと待つような顔。合格点がもらえるという自信と、ほんの少し不安を湛えたその目。返事を考えてるうちに、じわじわと、こう、頬が緩む、口の端が上がっていくのを止められない。
     つまりクロは、自分が添い寝すれば俺がぐっすり安眠できると思ってるし、おでこにキスすれば喜ぶと思ってるわけで。
    「……なにニヤニヤしてるんですか? 気持ちわ」
     口を噤んだところでほとんど手遅れだけど、そんなことでこの嬉しさがおさまるもんじゃない。
    「ありがとな、クロ」
     お前、どんだけ俺に愛されてる自信があるんだよ。
     大切でかわいくて愛しくて仕方ない、弟子で、助手で、恋人が、ちゃんと気持ちを受け取ってくれていることに喜ばない奴がどこにいる。クロが俺にしていた長い長い片想いにちゃんと報いることができているなら、こんなに嬉しいことはない。ほっと、クロの顔が微かに緩む。だというのに。
    「今日は先生が喜ぶことしかしませんし、気に障ることがあってもできるだけイライラしないようにします」
    「待って俺普段そんなに気に障ることしてんの?」
    「ここでならどんな格好していても冷たい目で見ないようにしますし、どれだけふざけたこと言ったりうざ絡みしてきても邪険にしたりしません」
    「お前それ一応恋人に言うこと? あとなんでそんなに俺のセンス嫌がるん……?」
    「一応ってなんですか。僕は正式に恋人だと思ってるんですが先生は違うんですか?」
    「いや! ちゃんと正式に恋人だぞ!」
    「それならいいです。あと服装についてはあまりにもセンスも品性も欠如してるから……あ、言っちゃった」
    「もーいいよ……てかお前本当に俺が好きなん……?」
     なんでこんな流れの変わり方するんだ。全力で甘やかすと言いながら、好きなところをひとつも言わずに日頃の苦情を列挙してこられた結果、ノーガードの心に殴られてないところがない気がする。気分の上がり下がりが急激すぎるし本当に俺を休ませるつもりはあるんだろうか。
    「いい加減にして欲しいところも直して欲しいところも正直もう諦めたところも全部含めて先生が好きですよ」
     そんな話をしながらもあっという間にお椀を空にしたクロが、おかわりをよそいに行こうとして、しかし少し首を傾けてから3歩、俺に寄ってきて。
    「好きです。信じてください」
     クロの涼しげな声と、ちゅっという軽い音と柔らかい感触が、耳に直接落とされた。
    「おまっ……どこでんなこと覚えてくんだよ!」
    「先生を見てたらしてみたくなったことしただけです。信じてくれてるとは思ってますが」
     顔が爆発するかと思った。
     やっぱり、俺を休ませるつもりがある気がしない。


    「……で、なんでホラー映画なんですか」
    「だって……こんなことでもねーと…………」
     一枚の布団をふたりでかぶって、クロの肩にしがみつく。普段だったらここでうざがられて肘でどつかれて跳ね除けられるところだが(本当に俺らは付き合っているんだろうか)、今日はため息をつきながらもされるがままでいてくれる。
     最初、俺に昼寝なり読書なりさせてる間に事務仕事や神社と蔵の掃除、買い物なんかを済ませるつもりだったらしいが、クロが働いてる横でだらだらするのはどうにも抵抗があって、せめて俺が料理の下拵えや作り置きをしている間に事務仕事と掃除をしてもらうだけにした。これじゃいつもと変わらないじゃないですか、とクロは不服そうにぼやいていたけれど、どうしても落ち着かない。
     それらの作業が済んで、でも本を読んだり昼寝するのならいつもの休日と変わらない。せっかくクロが甘えさせてくれるって言うんなら……と考えたら、結論はホラー映画だった。
     不穏な過去のある建物、足を踏み入れる主人公、次々に起こる怪奇現象、不自然に上塗りされた壁、血痕、不気味にまとわりつく濡れた髪の毛……心底鬱陶しそうな、クロのため息。
    「……これ、怖いですか?」
    「怖ぇよ!」
     クロにしがみついてないと逃げ出したいくらいには。でも観たい。
    「僕これ最後まで見たことありますけど、ラストなんかもう」
    「言うんじゃねー!!」
     今も目の前では怪奇現象が絶賛勃発中だ。可愛くて健気なヒロインが悪霊にとり殺されかかっている。
     一応はその場を乗り切り、その建物をあとにした主人公たちだった、が。
    「あ、」
    「!?」
     ふと、クロが焦ったような声をあげて、急に視界が真っ暗になった。何も見えない。頭まで恐怖で真っ暗になる。
    「な、なになになに!!!???」
     怖くて泣きそうで情けない悲鳴を上げながらクロにしがみついて、後頭部を大きな手で撫でられて。ここでようやく、この暗闇はやけに温かくて、柔らかいことに気がついた。
    「ここの部分、先生は見たらダメです」
     クロの左胸の鼓動がはっきり聞こえるほど強く抱き込まれて、耳に軽く手を当てられる。テレビの方からの音を遮って、クロの音だけがきこえるように。
    「は!?」
    「あと1分、目を塞いでいてください。早送りするので」
    「んだよそれ」
     クロの腕をなんとか押しのけて顔を上げれば、はっきりと舌打ちされる。
    「いいから」
     今度は逆に頭を後ろに押されるかたちになって、少し乱暴にキスされた。目まぐるしく変わる状況についていけないうちに、舌を突っ込まれる。わけがわからん!
     跳ね除けたいけど、万が一にもクロの舌を噛んでしまうようなことはしたくない。俺の舌に擦り付けられる慣れたクロの味に、そこから蕩かされる気がする。映画が観たいのに、思考が緩くなってきて、気づけばクロの背に両手を回して縋り付いていて……。
    「……もう見ても大丈夫です」
     いつも通りの涼しい顔で、だけど少し荒い呼吸を整えながら、クロが俺を解放する。舌を抜かれて、軽く唇にもう一度キスを落とされた。まだとろりとした頭が回らない。ここからどうやってホラー映画にテンションを戻せばいいんだ。
    「お前が何考えてっかわかんねえことが、一番ホラーだよ」
    「どうとでも言ってください。続き、観ないんですか?」
    「観る……」
     へにょへにょといまいち力の入りきらない腕でクロの肩に凭れかかれば、そっと背中を抱かれて、見やすい位置に、つまりはクロの足の間に、クロの胸を背凭れにするように身体を置いてくれた。イヌ科の動物がよくするように、頭の上にクロのそれが乗せられる。場面は切り替わっていて、彼らはもう既に次に起きるわざわいのフラグを自ら立て始めているところ。
     それから、次々に起こる怪奇現象、怒涛の結末へ。クロに一度とろかされた体はまた強張り、震えて、それでもクロの鼓動が、ちゃんと俺をこの場に繋いでくれる。
     スタッフロールが流れ始めて、緊張が一気にほどけて、くたりとクロの背中に体重を預けた。お疲れ様でした、との声が頭上から降りてくる。
    「……怖かったですか?」
    「怖かった…………」
     特にあの場面が、この場面が、あのときのヒロインの顔が、などとぼろぼろと思いつくままに口にしてく。クロは多少面倒くさそうにしながらもちゃんと最後まで聞いてくれて、楽しめたならよかったです、とだけ言った。
    「緊張で肩と首酷いことになってますよ。ほぐしてあげます」
     てきぱきと座卓をよけて敷布団を用意して俺をうつ伏せに寝かせて。
    「痛い痛い痛い!!」
    「今楽にしてあげますから暴れないでください」
    「俺殺されるの!? やだクロ正気に戻って!!」
    「そういう意味じゃありません! 先生が死んだら僕だって生きてられないです!」
     さらっとすごいことを言われた気がしたが、ばきばきぼきという俺の哀れな体が立てる音のせいで聞こえなかった。
     主人公が悪霊に取り憑かれて自殺しかかる、という見た記憶のない場面があったことを知るのは、しばらくあとにその映画のネタバレ記事を読んだ時のことだった。


     映画で疲れ、クロにばきばきの身体を力づくでほどかれ、敷いてもらった布団にそのまま横になっていると、枕元でからん、と音がする。薄いガラスコップの中で麦茶と氷が揺れていた。
    「水分、摂ってください。そのまま夕飯まで寝てていいですよ」
     グラスを置いたその指先で、髪を梳かされる。髪の隙間から頭皮に直接触れる指が気持ちよくて、誘われるように瞼が重くなる。
    「……クロは、なに、すんの?」
    「本読んだり夕飯作ったりします」
     昨日のやり残しの書類仕事、午前中にとっくに片付いていたのか。相変わらず超優秀だな、なんてことをぼんやりと遠ざかる意識の中で思う。
    「そんなら、一緒に、寝よー……」
     離れていこうとする手を、そっと捕まえる。夏のはずなのに、妙に、寒い気がする。
    「夕飯はどうするんですか?」
    「起きたら、一緒に作ろーぜ……」
     いまはただただ、クロがいてほしい。眠くなって意識が弛むと、今思い出すにはまだ重すぎるものが思考を侵蝕し始めそうになる。考えなければならないことだけど、明日にしたい。明日ならきっと、耐えられるから。ちゃんと、向き合うから。
     寝落ちるまでの数分でいい。クロのことだけ考えていたい。
    「わかりました」
     するりと横に並んで寝そべったクロが伸ばしてきた手を取って、指を絡める。そこから生まれる眠気は、脳の奥から湧き出すものよりも、温かくてやわらかい。
    「……先生」
    「おう?」
    「僕はちゃんと、先生を甘やかせていますか?」
     ぎゅっと、絡めた指に力が籠る。
    「本当は先生みたいに、なにか荒療治で立ち直らせたほうがいいのかもしれませんが、先生と違って僕は……その加減や方向性がわかりません」
     なんだかんだいって先生は腕が良いので、と、それだけは昔から手放しで褒めてくれる言葉を口にする。
    「それに、先生なら自分で答えを出せると思いますので、だったら先生が元気になれそうなことをするほうがいいと判断しました」
     繋いでないほうの指が、目元を辿る。
    「とはいえ、先生に優しくするのにも慣れてないので、上手くできたかどうかわかりません」
    「その気持ちが一番だよ、あんがとな、クロ」
     指先を握り返し、頭をクロの胸に寄せた。温かい、ちょうどいい。
    「……ならいいです」
     ほっとしたような息が聞こえる。
     本人に自覚はないけど、クロは優しい。ただ、敢えて甘やかしてくれることはまずないから、落ち着かない。けど、ここは、クロのそばは、どこよりも落ち着く。
    「なあ、クロ」
     だから、お言葉にもうひとつ、甘えてみた。
    「今日も、泊まってってくれねぇか……?」
     もう少し、あとすこし、今日が昨日に変わるまで、この甘さに浸されていたいと思った。
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    Replies from the creator

    onsen

    DONEクラファ仲良し
    クラファの3人が無人島で遭難する夢を見る話です。
    夢オチです(超重要)。
    元ネタは中の人ラジオの選挙演説です。
    「最終的に食料にされると思った…」「生き延びるのは大切だからな」のやりとりが元ネタのシーンがあります(夢ですが)。なんでも許せる方向けで自己責任でお願いします。

    初出 2022/5/6 支部
    ひとりぼっちの夢の話と、僕らみんなのほんとの話 --これは、夢の話。

    「ねえ、鋭心先輩」
     ぼやけた視界に見えるのは、鋭心先輩の赤い髪。もう、手も足も動かない。ここは南の島のはずなのに、多分きっとひどく寒くて、お腹が空いて、赤黒くなった脚が痛い。声だけはしっかり出た。
    「なんだ、秀」
     ぎゅっと手を握ってくれたけれど、それを握り返すことができない。それができたらきっと、助かる気がするのに。これはもう、助かることのできない世界なんだなとわかった。
     鋭心先輩とふたり、無人島にいた。百々人先輩は東京にいる。ふたりで協力して生き延びようと誓った。
     俺はこの島に超能力を持ってきた。魚を獲り、木を切り倒し、知識を寄せ合って食べられる植物を集め、雨風を凌げる小屋を建てた。よくわからない海洋生物も食べた。頭部の発熱器官は鍋を温めるのに使えた。俺たちなら当然生き延びられると励ましあった。だけど。
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    onsen

    DONE百々秀

    百々秀未満の百々人と天峰の話です。自己解釈全開なのでご注意ください。
    トラブルでロケ先にふたりで泊まることになった百々人と天峰。

    初出2022/2/17 支部
    夜更けの旋律 大した力もないこの腕でさえ、今ならへし折ることができるんじゃないか。だらりと下がった猫のような口元。穏やかな呼吸。手のひらから伝わる、彼の音楽みたいに力強くリズムを刻む、脈。深い眠りの中にいる彼を見ていて、そんな衝動に襲われた。
     湧き上がるそれに、指先が震える。けれど、その震えが首筋に伝わってもなお、瞼一つ動かしもせず、それどころか他人の体温にか、ゆっくりと上がる口角。
     これから革命者になるはずの少年を、もしもこの手にかけたなら、「世界で一番」悪い子ぐらいにならなれるのだろうか。
     欲しいものを何ひとつ掴めたことのないこの指が、彼の喉元へと伸びていく。

     その日は珍しく、天峰とふたりきりの帰途だった。プロデューサーはもふもふえんの地方ライブに付き添い、眉見は地方ロケが終わるとすぐに新幹線に飛び乗り、今頃はどこかの番組のひな壇の上、爪痕を残すチャンスを窺っているはずだ。日頃の素行の賜物、22時におうちに帰れる時間の新幹線までならおふたりで遊んできても良いですよ! と言われた百々人と天峰は、高校生の胃袋でもって名物をいろいろと食べ歩き、いろんなアイドルが頻繁に行く場所だからもう持ってるかもしれないな、と思いながらも、プロデューサーのためにお土産を買った。きっと仕事柄、ボールペンならいくらあっても困らないはずだ。チャームがついているものは、捨てにくそうだし。隣で天峰は家族のためにだろうか、袋ごと温めれば食べられる煮物の類が入った紙袋を持ってほくほくした顔をしていた。
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