宿伏ワンライ
お題(マウント/酔っ払い)
酔い潰れ伏がデレデレで、そんな酔っ払いを回収する宿のお話
恋人の休みと重なる久し振りの休日
顔には出さないが内心で楽しみにしていた日の3日前、恋人から申し訳なさそうに手を合わされた。
飲み会が入った…どうしても断れなくて一次会にだけ出席したい。
眉を垂らして見上げてくる顔にグッと奥歯を噛み締めた記憶は新しい。
聞けば大学の頃交流のあった者たちが久し振りに合うらしい。
恋人という関係だがそこまで束縛するのは些かかわいそうに思い、そちらを優先する様に伝えた…
その後の申し訳なさの中に浮かぶ嬉しそうな歯に噛んだ笑みに顔が緩んだ。
休日当日、暇を潰すべく飼っている2匹の愛犬へ手製のケーキを作ってやっていたところだった…
ピロンっと置いてあった携帯に通知が届く。
メッセージを送ってきた人物の名前に内心で眉を顰めて…
"ごめん、伏黒潰れた"
送られてきた文面に舌打つ。
「…チッ」
足元で尾を振りながら大人しく座って完成を待っていた2匹を見下ろして頭を撫でてやる。
「また今度な」
そう言えば賢い2匹は一度情けなく鳴く。
少し可哀想だが仕方ない。
直ぐに手を洗い簡単に片付けてコートに袖を通す。
玄関まで歩いてきた2匹に留守を頼んでマンションを出て直ぐに車へ乗り込む。
恵から伝えられていた居酒屋の店名を探せば同時に愚弟から位置情報が送られてくる。
示された住所に行けば落ち着きのある居酒屋があり、暖簾をくぐる。
引き戸を引いてガラリと音を立てて入店すれば店員がすぐに近寄ってきて、連れだと伝え一番奥まった所にある個室へ進めば店員によって綺麗に並べられた靴群に以前俺から贈ったハイカットのスニーカーを見付けて口元が緩む。
磨りガラスの嵌め込まれた引き戸の奥では酔っ払い特有の大声が聞こえて来てあの空間に脚を踏み入れると思うと辟易とする。
店に入った時とは違いからりと軽い音を立てた引き戸を開けば、待ってましたとばかりに声が上がる。
茶化す声を流しながらも換気が甘いのかムッとした熱気と紫煙とアルコールの匂いにグッと眉間に皺が寄る。
ああ…忌々しい…
広く無い空間にすぐ目を流して一番入り口に近い場所で机に突っ伏している恋人を見つけて近寄る。
恵の奥隣には愚弟、恵の正面には小娘…釘崎野薔薇が座っており申し訳無さそうにしてみせる愚弟をぎろりと睨み付ける。
「ごめんって、目離した隙に硝子さんに捕まっちゃっててさ…気付いたら潰れてた」
「…はぁ、使えん愚図だな」
愚弟の言葉を聞きながら座敷の奥へ目を向ければニヤついた笑みを浮かべながら此方に手をあげて酒を煽る家入硝子と横で潰れた五条悟が見て取れる。
内心で溜息を吐き、座敷に上がって突っ伏す恵の肩を揺すろうとして手を止める。
揺すって気分が悪くなりでもしたら可哀想だ…
耳まで紅く染まっている肌を手の甲でするりと撫でて名前を呼ぶ。
「恵」
「ぅ…んん」
「恵、起きろ…帰るぞ」
黒のニットから覗くすらりとした首筋が目に毒で恵に声をかけながら着てきただろうコートを手繰り寄せて背中からかける。
顔を隠す前髪を掬って寝顔を覗き込めばもぞりと身動いた恵の瞼がぶるりと震える。
「んぅ?」
ゆったりと持ち上がる瞼からアルコールで蕩けた翡翠が覗いてゆるりと揺れる。
「なんで…すくな?」
「迎えにきた」
薄らと開いた視界で俺を捉えたのか、恵が酔いと睡魔とでろくに回らない頭で疑問を口にする。
問いに直ぐ答え、小僧に水を持ってくる様に言えば頬を撫でていた手に温かい恵の手が触れて掴まれる。
「ん、家で大人しく待ってろって…言っただろ」
少し眉間に皺を寄せて唸る恵が俺の手の平にすり寄りながら小さな子供を嗜める様に言うものだから思わずハッと短く息が漏れる。
「そうだな。お前に会いたくて我慢が利かなかった」
「ふふ、仕方ねぇなあ」
ああ…この、愛おしくて愛くるしい存在をどうしてくれようか…。
眉を垂らして柔らかく笑った恵の表情に自分の感情が分からなくなる。
心臓が締め付けられるほどの愛おしさを感じながらも飲みの席である今此処で、表情を崩す訳にもいかない。
さてと、この酔っ払いを連れて帰るにはどうするかと頭を回転させていく中で、気持ちよく酔っているのか俺の手を触って遊びながら恵が嬉しそうに微笑み続ける。
「すくなの手…あったかくて、優しくて良い匂いするな…」
スンッと鼻を鳴らして手の平を顔に押し付ける恵の言葉に思わず片手で顔を覆う。
きっと明日の朝、恵は後悔するだろうと分かってはいても、恋人の愛らしさの恩恵は受けておくに限る。
「宿儺、呑まないか」
柔らかな心地よさを感じていれば、奥座敷から家入に声を掛けられる。
目を向ければお猪口を二つと徳利を持っておりきっと美味い酒なのだろう。
軽く揺らして上機嫌な家入に断りを入れようと口を開いたところでぎゅっと腕を掴まれる。
「嫌だ…宿儺は俺のだろ…」
俺が家入のところに行くとでも思ったのか、眉を寄せて牽制するように言う恵に思わず固まる。
そんな俺の動揺を見て不安に思ったのか、きゅっと引き締まった小さな唇が少し震えて腕を掴む力が強くなる。
「心配せずとも、お前を置いて行ったりはせん」
感情も表情もアルコールで緩くなっているのか、俺の言葉を聞いて嬉しそうに…花が綻ぶように笑う恵の顔に見惚れる。
出来るならこんな居酒屋でなく、家で…ベッドでその表情を見せて欲しいとも思わなくないが…
「んふ、あんたはカッコいいな…かっこいいし優しいし俺のこと甘やかしてくれる…料理も美味しい、あと撫でられるの好きだ、筋肉も好き、髪の毛が柔らかいのも…あと低い声もすき」
呂律のまわっていないふやけて甘い口調で俺を褒める恵はご機嫌だ。
俺の手の平に何度も頭を擦り付けふにゃふにゃと芯のない様な身体を支えながらコートを着せる間も緩んだ口はなかなか止まらない。
さながら猫の様にゴロゴロと喉を鳴らして懐いて来る様子に早くこの場から離れたくなる。
酔っ払いの目は面白い事案を逃しはしないのだ…
「すくな、すくな…好きだ、あんたが俺のものだってすげぇ幸せ、大好きだ…」
目を伏せてしみじみと呟く言葉…
これまでにない程の誉め殺しに合う。
恵が幸せだと感じる事以上に俺の幸せは無いと断言出来る。
明日、恵の記憶が残っていれば良い
「なぁ、すくな」
ああ…此れは駄目だなと思う。
猫撫で声で俺の耳孔をくすぐる様に強請る声…
この名前の呼び方は其れこそセックスしている最中によく聞く声でぞくりと腰が重くなる。
「恵、後悔するぞ…、良い子だから少し大人しくしていろ」
「んん、俺はあんたを好きになって後悔した事なんてねぇ」
「俺は明日、お前が暫く酒は呑まないと泣く羽目になるのが容易に見て取れるがな?」
コートに両腕を通してやり前のボタンを閉めていく。
その間にも俺の髪の毛や首筋を必要に触りスキンシップを取ってくる恵を言葉で宥める。
「ん、すくな…、キスしたい」
「恵」
ボタンを閉める最中に頭を抱き込まれたかと思えば後頭部を撫でられ耳元で掠れた声で強請られる。
思わず深い溜息を吐きそうになって堪え、頭を抱き込まれたままで恵の背中を撫でる。
「すくな」
「帰ったらいくらでもしてやる…」
「今がいい」
いつになく我儘な恵に理性がぐらぐらと揺れる。
抱き締められる腕の熱さになんとか意識を保たせて背中から首筋を撫で上げ、拘束が緩んだ隙に頭を上げて前髪を掻き上げながら額にキスを贈る。
「今はこれで我慢しろ」
コートと一緒に置かれていたマフラーを手に取って諌めれば、不満そうな色が浮かぶ瞳と目が合う。
全く…
手を焼く様な態度は珍しく、世話をする方からすれば楽しくて仕方ない。
本当ならば今此処で恵の腰が立たなくなるくらいに烈烈に愛してやったって良い。
それをしないのは普段から人前での接触を恵が嫌がるからだ…
「すくな」
「なんだ、文句は聞かんぞ」
早く準備を済ませて攫ってしまおうと手を進め、マフラーを首に回す。
甘やかな声で名前を呼ばれて伏せていた目を持ち上げてみれば視界一杯に恵の瞳が映り込み、唇をべろりと舐め上げられる。
舐められたのだと脳で理解したと同時に、してやったりと含みのある笑みを浮かべる恵に"そうか"と納得する。
お前がそういう事をするならば…
恵の首に回していたマフラーを手前に引き寄せてあ、と驚いた顔を見せ小さく開いた恵の口に食らい付く。
驚愕して縮こまった恵の舌を絡めとり、溢れんばかりの唾液を送り込む様に口内を舐め回せば抵抗する様に弱々しく胸元を叩かれる。
奥から聞こえるどんちゃん騒ぎと煽てる声を聞きながら、ぢゅっと下唇を吸い上げて口を離せば酸欠で余計にアルコールが回ったのかふらふらと恵の頭が揺れる。
紅く染まって出来上がってしまった恵が愛らしさと同時に憎らしく感じて唾液で濡れる唇を隠す様にマフラーを恵の口元が隠れる様にきゅっと結ぶ。
「っ…ん、む」
されるがままな身体を抱き上げようとしたところでピロンっと機械音がなり、目を向けたところで此方に携帯を構えた釘崎野薔薇と目が合う。
「…送れ」
「まさかタダとは言わないわよね?」
一言言えばそれで理解したのかにたりと悪い笑みを浮かべた女の目がきらりとひかる。
にへっと笑ってみせた恵の友人に大袈裟に溜息を吐いてみせ、持って来ていた財布から万札を数枚抜き取り机へ置く。
「恵が世話になったからな…送ったら消せ」
「ひっひっひ、あんた分かってんじゃないの〜」
上機嫌に引き笑う強かな女を視界の端に追いやれば、直ぐに通る声で酒や料理の注文数が集計される。
良い酒を飲んでいる分、嵩むだろう値段を考慮したが足りるのかどうか…
まぁ、俺の知ったことでは無いか。
携帯が震えて数分の動画が送られてきているのを確認後、今度こそ恵の軽い身体を抱き上げる。
「随分とご機嫌だな?」
自宅に帰ってきてからふらつく足でよたよたと歩く恵が2匹の愛犬に出迎えられて上機嫌に2匹を抱き締める。
普段させない匂いをさせる恵に少し困惑を見せている2匹から恵を引き離し水を飲ませ一緒に風呂へ入る。
されるがままで全身を洗われる恵が終始楽しげで、髪や身体を綺麗に乾かした後でベッドへ連れて行けばベッドの中から両手を差し出される。
何が楽しいのか、珍しい様子に声を掛けながら差し出された手に吸い寄せられる様にベッドへ乗り上げ横になれば恵の腕がするりと回ってきて抱き付いてくる。
「ん…だって、あんたがなんでもやってくれるから」
「ふ、そうだな…明日に響くと可哀想だからなあ。下拵えは存分にな。」
いつもより高い体温を腕の中に感じながら、眠気と疲労、アルコールで良い具合に蕩け始めた瞳が俺の目を覗き込んでくる。
「ん?、ふふ、よくわかんねぇけど…今日は一緒に寝られるんだな」
煽られた分、明日にはしっかりと頂くつもりだ。
それを案に示したところで回転の緩くなった頭では処理しきれないのか…する気が無いのか、胸元に顔を埋めてきて両脚が俺の脚に絡み付いてくる。
じんわりと移ってくる体温が心地良い…
飛び跳ねる髪の毛を落ち着ける様に撫でていれば、気持ち良さそうな寝息が聞こえてきてつられて目を閉じる。
目が覚めたら何処から喰らおうか…
END.