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    Pouha09

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    書きかけの比治沖

    人気のない夕暮れの古びた木造校舎の一室で、一台の机を挟み対面する形で椅子に座る一組の男女の姿があった。
     開け放たれた窓から差し込んだ西日に、離れた校庭から聴こえる部活動に励む生徒達の声――セーラー服に長い三つ編み姿の美少女は、着席していた椅子の背もたれに対し身体を横向きへと変えて足を組んだ。橙色の陽の光に照らされた横顔は憂いを帯び、風に靡く前髪を手で撫でつけ、ため息を吐く。まるで巷で流行る少女漫画の主人公になった気持ちで一連の動作を意識的に行い、再度足を組み直し、対角線上にいる男の姿を横目にチラリと見た。
     着崩した学ランを身に纏う高校生にしては精悍な顔付きの少々大柄の男、比治山隆俊はそんな美少女を前にしているにも関わらず、浮かべた満面の笑みを、少女ではなく手にした炭水化物の塊へと向けていた。それが気にくわず、少女は腕も組み、不満げに頬を膨れさせた。
     ――僕にはそんな顔、滅多に見せないくせに――。
     仄かに甘いコッペパンの中心に切れ込みを入れ、そこに焼きそばと呼ばれる蒸した中華麺に甘辛いソースを絡め炒めたものを挟む。なんの工夫も変哲もなければ、今時は大して珍しくもないどこにでも売られている焼きそばパン。成長期の子供の腹を満たすためだけに考えられたような、安直な炭水化物同士の組み合わせを相手に、美少女へと扮した少年、沖野司は自身ではなにがなんでも認めたくはない感情に囚われていた。
     比治山を揶揄うためにと、放課後にわざわざ詰襟からセーラー服に着替えたというのに、待ち合わせに遅れてきた彼は謝罪をするでも、沖野の恰好に戸惑うでもなく、拾い集めた小銭で購入した焼きそばパンを今日は二つも抱え、「小銭を多く見つけた」と、その粗野な風貌にそぐわぬ無邪気な笑顔で報告をしてきた。
     そのときの沖野は「それは良かった」と、若干呆れながらも彼の嬉しそうな顔につられて小さく笑って見せていた。予定していた他セクターの探索を始める前に空腹を満たしたいという比治山に付き合い、手近な教室に入り、窓側の一番後ろの席まで移動する。
    「そんなに待ってはいられないぞ」
     一つ前の席から古びた椅子の足を引き摺り向きを変えて座りながら、沖野は暑いからと窓を開ける比治山のにやけた横顔にそう急かした。
    「ああ、分かっている」
     比治山は机を挟んで沖野の正面に着席し、焼きそばパンを机の上に並べて置いた。そして、どちらから先に食すべきかと、他に類をみない程に馬鹿馬鹿しい悩みを口にした。
     沖野はつい「どうでもいい」とぶっきらぼうに言い放った。しかし、大好物を前にした比治山は沖野の態度をさして気にする風でもなく、青のりが多くかかっている方を後にすると決め、もう片方の焼きそばパンを包むラップを剥がしに掛かり、今に至る。
     つまらない――背もたれに肘を乗せ頬杖を突き、細めた双眸で、「いただきます」とやけに礼儀正しく背筋を伸ばし焼きそばパンを頬張る男を眺め見る。幸せそうなのはなによりで、邪魔をするつもりも水を差すつもりもない。けれど、些か退屈を感じているのは確かだ。
     焼きそばパン、焼きそばパン、焼きそばパン――今の彼の脳内のほとんどを占めているであろう言葉。下がる目尻に上がる口角、手元に向けられた眼差しはまるで恋をしているかのように温かみを帯びている。その目には覚えがあった。セクター五にいた頃の自分……いや、堂路桐子に向けられていた眼差しだ。あの頃の彼の姿を思い出す。その時代に相応しい形で髪を短く刈り上げ、白い軍服に身を包み、堂々と胸を張り歩く様は正に理想の日本男児の逞しさの象徴のようで、精悍な顔立ちに加え凛とした立ち居振る舞いを見せるこの男は女学生達の憧れの的でもあった。
     そんな彼が恋をしたのが、堂路桐子だった。生白い肌とひ弱な体躯である沖野があの時代に無理なく溶け込むための偽りの姿……堂路博士の娘になりすまし桐子と名乗った沖野に彼は一目惚れをした。彼は桐子を見るときはいつも頬を赤らめ、柔和な笑顔を浮かべていた。見られていることに気付けば恥ずかしさを覚えるような眼差し――あの頃も、これからも自分一人だけのものだと思っていたのに――。
     まさか、こんな形で奪われることになるとは……。
    「む……どうした沖野?」
     腹が減ってるのか? 比治山からの問いかけにハッとする。憎らしさのあまりに彼の手に握られた焼きそばパンを睨み続けてしまっていたことに気が付き、そっと目を逸らした。
    「焼きそばパン、食うか? こっちはまだ……」
    「いらない」
     素っ気なく遮り、そっぽを向く。そしてすぐに後悔する……何故、取り繕い「ありがとう」と言えなかったのだろう。今日の自分はどこかおかしい……胸の内がざらつき、喉が痞えて息苦しさも感じる。美味い、美味いと比治山が上機嫌に呟く度に腹立たしさが募り、沖野はため息を吐いた。
    「今日はやけに無口だな? やはり、腹が減っているのか?」
     空腹でいるのはよくないぞ――と、一つめの焼きそばパンを食べ終えた比治山が呑気に首を傾げた。沖野が黙りこくったままでいると、比治山は掴んだ手つかずの焼きそばパンを沖野の前に差し出してきた。
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