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    Pouha09

    @Pouha09

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    Pouha09

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    2019年9月に発行されたルクササアンソロジー「今日、僕たちデートします」に寄稿したしました作品に修正を加えたものです。
    雪の降る中にたたずむふたりのひととき。

     この年初めてとなる雪が降り出したのは前の日の晩だった。日付が変わり明け方に近付くにつれて雪の粒は大きくなり、人々が目を覚ます頃には視界に映る景色を純白に染め上げた。
     色も、音も、温度も消し去っても、雪は尚も欲張って昼を過ぎても弱まる気配すら感じられなかった。
     ササライは寒さでかじかんだ指先に気休め程度の温かく湿った息を吹きかけた。
     姿を変えた中庭にひとり佇んで鈍色の空を見上げると、乾いた粉のような雪が頬を叩く。
     さらりとした結晶は肌の上に留まるもすぐにササライの体温で溶けていき、冷たい水の感触に身震いして羽織ったマントのフードを被り直す。
    「――さん、兄さんっ!」
     衣擦れの音すらも吸収していく濃密な静寂を切り裂いたのは、聞き慣れた弟の声だった。
     怒鳴り声にも近い声量で呼ばれたササライはマントの下で冷えた身体を擦りながら振り返る。
     膝下まで達する積雪に足を取られながらも懸命に自分の元へと歩むルックの姿を確かめて口角を上げ、「遅いよ!」と雪に負けてしまわぬように大きな声で呼びかけた。
    「……雪には慣れていないからね」
     あなたと違って――。白い息を吐き、呆れた様子で文句を口にして数歩先まで迫るルックの手には、ベッドの上に置き忘れてきたササライの手袋とマフラーが握られていた。
     手を伸ばして先に手袋を受け取り、ありがとう、と声に出さずに伝えてからまた空へと視線を戻した。
     冬になればそこかしこに積雪が白い壁となって行く手を阻む。そんな光景はこのクリスタルバレーでは当たり前で、今更はしゃぐ理由にもならない。
     ではなぜ、満足に身支度も整わぬうちに、井戸の水すらも凍てつくなか、急いてまで色を失くした空間でルックの到着を待っていたのか……そこに誰もが納得のいく理由など存在しない。
     窓の外に広がる銀世界に強く惹かれたからだ。

     雪に阻まれ来訪者の到着が一日ほど遅れると伝えられたのは執務室に着いてからだった。
     その後も市民からの要請に従い除雪のために市内にまで軍隊を出動させたことにより訓練も滞り、すべての予定が狂った結果、力仕事とは無縁の立場であるササライは昼前にはすべきことがなくなってしまった。
     昼食後は自室に戻り、ルックを招いて閉め切った暖かな部屋の中でふたりで過ごしていたが、時間の流れを遅く感じたササライは興味本位に外に出たいと口にした。
     その瞬間、ルックは顔を歪め「正気かい?」とあからさまに拒絶を示した。
     以前は距離を置いていた弟とこうして場所も時間も共有するようになったのは最近になってからだ。
     この反応から彼が暑さだけではなく寒さも苦手としているのを知った。
     けれどもササライは、「こんな日に外に出ないのは勿体ないよ」と、どこか噛み合わない返事をして強引に外に出ることを決めた。
    「せめて雪が止むまで待てないのかよ」
     準備の最中、わざと聞かせるように文句を呟きながらルックが厚手のコートの上にさらにマントを羽織る。
     そんな弟を尻目に、ふと窓の外を見たササライはマントだけを羽織った状態で、用意された防寒具のほとんどを残して、止める声にも振り返らずに部屋を後にした。

    「風邪をひいたらどうするんだい?」
     月並みな言葉を並べて、ルックはササライの首にマフラーを巻きつけてきた。
    「看病は君に任せるよ」
     ササライは冗談めかして軽い調子で笑い、手袋をはめた手を伸ばすと、自分を追う間に脱げたと思われるフードを掴み雪のかかる頭に被せ直した。
    「……あなたの部下にどやされるのはごめんだよ」
     早く戻ろうよ。そう言いたげな眼差しから目線を外して小さく首を横に振る。
    「あと少しだけ」
     ――今、この広い空間に存在しているのは、僕達ふたりだけ――。
     音も色もない。静かに降り積もる雪が起こす奇妙な錯覚。
     ルックと迎えた初めての冬だ。だから、この閉ざされた世界にもう少しだけ浸っていたかった。
    「わかった……」
     そんなササライの意を汲んでか、それとも諦めからか、ため息交じりに頷いたルックがササライの背後に移動する。
    「ほら、こっちに――」
     腕を掴まれ、促されるままにササライが後退すると背中から彼の羽織るマントで包み込むようにして抱き締められた。
     背中越しに伝わる彼の鼓動と温もりに吐息をつく。
     ササライは片手を胸下で組まれた腕に添え、もう片方の手をルックの頬に向けて曲げ伸ばした。少しの間を置いて、やや無理な体勢から首を後ろに捻って瞼を閉じて待つ。
     ルック――と、彼の名を紡いだ唇は、より強く身体が密着したと同時に塞がれた。
     冷たい空気は氷のように肌に染みる。
     けれども、重なり合う唇は互いの境目を曖昧に蕩けさせるほどに熱かった。
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