B(L)EEP「お前何やってんの」
別に返事が返ってくるとは思ってないけど。
ガラスみたいに脆いくせに自分の2倍近い質量の飛び道具に突っ込んでいったこのバカに、ほんの少しでも反省の意を表明させたくて問いかけた。
「─」
返ってきたのは短いビープ音。「はなしはきいてる」以外の意味を持たない返答だが、まだ自分たちの間ではコミュニケーションが成り立っている方と言えるだろう。
この鬼畜野郎にブチのめされ、3秒の長考の後非常食として連れ回す事を簡単なモールス信号で通達された。
クソッタレマシンは、何処に向かうのか、何をするのか、何故自分を連れて行くのか。その全ての質問に一切の反応を示さずに進み続けた。左手から伸びるグラップルに細い頚部を絡め取られている為に逃げることすらできない。
喚き続ける自分を意に介さずに、DVロボがほんの少しの段差から飛び降りた。
そのせいでバランスを崩し転倒、後頭部を強かに打ち付けたことで、感情の天秤は困惑から怒りに完璧に振り切れた。
「ふざッけんな!!!!!!!!!!!!」
自分でも驚くほどの音量。装甲がわずかに振動するのを感じる。恐らくV1の薄い装甲なら、挙動を阻害するほどに。
動きを止めたV1の肩を掴み振り向かせる。縺れた脚を払い、軽い身体を地面に押し倒す。
「何様だお前は人を家畜の如く引き摺り回しやがって、どうせその軽い頭ン中のスカスカの人工知能じゃ非常食を消費する"非常時"の定義が分からなかったんだろ。知ってんだよ、お前ら旧型がそんなに複雑なこと考えられないことくらい。持って来てはみたもののどう扱えばいいか分からないし捨てるには資源として利用価値があるしお前より重い俺は引き摺るより歩かせた方が楽だし黙らせたいけどガワ以上に内部構造が違いすぎて弄れないしで思考停止してんだ。こうやって懇切丁寧に説明してやってることだって1割も理解する気がないんだろ。だから手のひらサイズの電子計算機でもわかるレベルで話してやるよ。
─俺の、話が、聞こえてたら、返事をしろ」
「……………─」
微かな、小さなビープ音がした。
そんなことがあってから、不毛な独り言に無意味な相槌が追加されるようになった。
それで何が変わるということは無い。ディスコミュニケーションにトッピングされる小さなビープ音。他者の存在を認識内に留めておく重石。正気でいるためのルーチン。
俺はひとりだ。何も問題ない。
「非常食に救出活動させるな」
「─」
「そもそも突っ込むな」
「─」
「非常食って、こういう時に消費するものじゃないのか」
「─」
「お前の手足を毟って非常食にしてもいいかもな」
「─」
「いや、置いて行くのが一番楽か」
「─・─ ─ ─」
青い手が置かれた肩、頭を預けられた後頚部あたりに若干の外圧を感知する。
V1は"応答"が成り立つようになってからごく稀に、単発の符号以外の文字列を返すようになった。それほど多くはないが、頷きやアイコンタクトなどのボディランゲージも見られるようになってきた。
だがそれだけ、それだけの変化だ。
それで何が変わるということは無い。
俺はひとりだ。
戦闘不能レベルの損傷を負いながら非常食を消費しないことも、置いて行くという言葉に対して発せられた『─・─ ─ ─』も、負われる背中に押しつけられた側頭部の温度も、自分の左肩に淡く照り返すカメラアイの光も、2機の異素材の装甲が擦れるざりざりとした音も。
そして、あの時の、短い沈黙、掠れるように震えたビープ音、見つめあったカメラアイ。
『─俺の、話が、聞こえてたら、返事をしろ』
『……………─』
その全てに意味はないのだ。「はなしはきいてる」以外の意味は。短いビープ音が、聞きたくない事、知りたくない事を掻き消すには十分過ぎるほどに思考回路に響き渡っていく。
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