目をそらすな「お前何やってんの」
「ハイリスクハイリターンだよ」
怒るくらいならおいてけばいいのに、変なの。芋ってたっておなかすくだけじゃん。
V2は振り向きもせずすたすた歩く。
あはは。会話になんないね。これをコミュニケーションだと思ってるのはおまえだけだよ。話しかけてくるくせに会話したくないなんて、ほんと、変なの。
「非常食に救出活動させるな」
「助けてくれるって信じてた」
「そもそも突っ込むな」
「おまえ寂しがりやだもんね」
「非常食って、こういう時に消費するものじゃないのか」
「慌ててすっ飛んできておもしろかったよ」
「お前の手足を毟って非常食にしてもいいかもな」
「でも背中ガラ空きで俺がリカバリしなきゃ全滅だったよバカ」
コイツ一人で喋ってやんの。おもろ。
「いや、置いて行くのが一番楽か」
「それはやだ」
聞き捨てならない妄言に流石に反応する。なんてこと言うの。そんな勿体無いこと絶対許さない。
自分の立場をわかってないようだから、背中にぎゅっとしがみついて絶対に逃さない意を表明した。冷たい体。薄い装甲越しに俺の体温をじわじわ奪っていく。
「…」
黙っちゃった。つまんな。
俺がわかり易い言葉で会話に応じるとコレだ。他者と関わろうとしてる自分が嫌になって殻に閉じこもる。
何かを噛み砕いて咀嚼して理解しようとして結局やめて吐き出して、味のしないガムみたいな現実を世界だと思い込んでいる姿は、モラトリアムに片足を突っ込もうとしている子どものように愚かでいじらしい。
背中に密着して哀れなナルシストに体温を分け与えてやるけど、与えても与えても優秀な冷却機構が逃してしまう。俺の脇腹から絶えず流れる血液も堅い装甲を伝って地面に足跡を残すだけだ。
擦れ合った時に傷付くのは柔らかいほうだと決まっている。
でも今はまだそれでいい。おまえがぐちゃぐちゃに自分の心に爪を立てるさまに水をやって、育んで、真に世界を俺を認知(み)ることができた時。
その時に初めて、V2、俺とおまえは鏖し合うことができる気がするんだ。
雑魚だから半殺しにした。バカの一つ覚えみたいに逃げようとしたからその背中を蜂の巣にしてやった。こがねいろの地面に叩きつけられてあたり一面にV2が飛び散った。バターと鉄がとろけたみたいなおいしそうな香りでセンサーが満たされて、思わずうっとりしてしまう。
血溜まりの中にばちゃんと一歩踏み入れると、一滴の雫が特殊装甲に撥ねた。染み込んで行ったそれは想像より遥かに瑞々しくて、濃くて、論理思考回路を痺れさせて有り余るほどにおいしかった。勝手に足の力がぬけて、腰から下が血溜まりにダイブした。
視線が下がると、目の前のソレと目が合う。搾りかすになった残念なロボット。型落ちに無様に半殺しにされたスクラップ。用無しになったソレをブチ壊そうと、明滅するアイカメラの左右に手を添えた。ずっしりとした赤い頭部を捻り潰せば、トマトが弾けるみたいなフレッシュな光景が見られると思った。
「殺してやる…」
力を込めようとした指が止まる。
まだ喋れるんだ、丈夫だな。
今ここでV2を殺してしまうのは簡単だ。でも殺したらそれきり。ごちそうは食べたら無くなってしまう。かなしい。
「もうちょっと長く味わいたいな」と胃の腑(ないけど)が主張する。
「生かしておいたらまたゾンビアタックキメてくるだろ」と生存本能が声を上げる。
結局勝ったのは食欲のほうだった。
でも大問題、コイツ重いのなんのって!
逃したくないからリードをつけておさんぽする。V2は未だにギャンギャン喚きながら引き摺られている。もう決まったことにずっと文句言い続けるなんて、往生際が悪くてみっともない。目的なんてさっきから言ってるじゃん、「下にいっていっぱい殺す」って。
伸び切ったリードの先でガコンッと打撲音がする。こけたっぽい。足元見て歩かないから。仕方ないからちょっと止まってあげる。ピンと張ったリードを撓ませたその時、
「ふざッけんな!!!!!!!!!!!!」
体に響き渡る爆音。全身の装甲が怒号で振動し、一瞬動くことができなかった。そして視界がぐるりと回った時には背中から地面に押し倒されていた。羽根の付け根が変な音を立てて軋んだ。
「何■だお前■■■■■■如■■■■■■■■■■■、■■■■■軽■■■■■スカスカ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■の■■■■■■なか■■■■ろ。■■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■■考え■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■■■■■■■分か■■■■捨て■■■■■■■て利用■■■■■■■■■■重■■■■■■るよ■■■■■■■■■■黙らせた■■■■■■■■■■構■■■■■■■■■ない■■■■■■■■■■。■■■■■■■■■■■■し■■■■■■■■■■1■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
─俺の、話が、聞こえてたら、返事をしろ」
思考が止まった。クソ長文句なんて1ミリも頭に入ってこなかった。何言ってんのコイツ。
返事なら"ずっとしてる"のに。
演算が加速していく。必要がないとストレージの奥に圧縮してしまい込んでいた遠い記憶すら紐解いて、その言葉の真意を検索する。鮮やかな赤い世界を通り過ぎて、とっくに色褪せた地上の青い空を指先が掠めた。
辿り着いたのはプログラムの底、「知性(インテリジェンス)たれ」と定義された俺という存在の基礎。人が扱い易いように、人と同じ範囲に押し込められた感性・情動。そのうちの一つにコイツの状態が当てはまると解った。
耐えきれなくて、頭の中で大声で笑ってしまった。こんなに笑ったのはきっと生まれて初めてだ。排熱ファンがくるくる回り狂って、姿勢制御がバグりそうになる。
コイツ…!
コイツ寂しいんだ!!!
俺の言葉は聞こえないことにしてるくせに、自分の言葉には返事して欲しくて駄々こねてんだ!馬鹿みたい!赤ちゃんじゃん!
赤ちゃんが鋼鉄の体を手に入れて、知能を手に入れて、弱者を引き裂く刃を手に入れて、自分は一人でこの世界に存在できると勘違いした。
他人は鏡。自分の言葉しか信じられないから、俺に自分が映らないせいで、自分のすがたを見失って寂しくなっちゃったんだな。笑えもしない。なにが知性だ。なにが人だ。
本当に、酷くておかしくてつまんなくて、
「……………うん」
返した言葉は震えていたかもしれなかった。
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