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    somakusanao

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    somakusanao

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    イヌピーが年少を出た後、ふたりがつるむまでの話はなんどでも読みたいですね。
    上手くかけた自信はないのですが、夜中なのでひっそりあげます。

    #ココイヌ
    cocoInu

    かわいそうなふたり もう金を稼ぐ必要なんてなかった。


     乾赤音の死から、九井一はすっかり金稼ぎの目的を失っていた。それでも仕事は舞い込んできて、惰性でこなしていれば、金は溜まっていく。こんなに金を貯めたところで、なんに使えばいいんだ。金を稼ぐために手段は選ばなかった。もう後戻りはできない。その覚悟はしていた。だが目的を見失っていた。
     その日はたまたま実家に荷物を取りに戻っていた。親は何も言わない。息子がしていることに気づいていながら、何も言わない。この数年ずっとそうだ。親子の縁は切れたも同然だった。
     部屋にあった本や雑貨を鞄に詰め込んで、家を出たところで、玄関先にうずくまっている人物に気づいた。

    「イヌピー」
    「あ、ココ」

     顔をあげたのは、九井のおさななじみの乾だった。彼は年少から出てきたばかりだ。迎えに行ったのは九井だけだったが、家に帰ると言っていたはずだが。
     乾はいつからいたんだろう。おそらく一週間と九井は実家に戻っていなかった。そのあいだ毎日通っていたのか。そんなことはないと乾は首を横に振ったが、数日通っていたことはしぶしぶと認めた。

    「居場所ねぇのか。だったら」

     オレがマンションを手配しようか。金ならあるんだ。そう提案する前に、乾が口を開いた。

    「ココに会いに来た」 
    「……」
    「ココに会いに来たんだ」

     乾は二度同じことを言った。まるで最後に会いに来たとでも言わんばかりじゃないか。
     
    「先輩のところに世話になろうと思って。そうしたら、ココに滅多に会えなくなるから」
     
     嘘つけ。先輩の世話になる奴が、まいにち九井の家に通うなんておかしいだろう。

    「携帯に連絡くれりゃよかったのに。イヌピーに番号は教えただろ」

     九井はできるだけ明るい声を出した。乾はきょとんとした顔をする。

    「イヌピー、忘れちゃった?メモを渡しただろ」
    「あ、ああ、そうか。そうだったよな。わるかった」

     立ち上がろうとする乾の腕を咄嗟に掴んだ。痩せた。そう思った。

    「イヌピー、飯食いに行こう」
    「え」
    「オレもこれから飯なんだ。だから」

     必死に掴まれている腕を、乾は茫洋と見つめた。乾が親とうまくいっていないことは承知していた。だから出所の日に迎えに行った。乾の両親のことは知っている。乾を家から追い出すようなことはしないだろう。乾が年小に入る元凶になった黒龍は存在しない。乾が頼りにしていた先輩も散り散りになった。年少に入ったとはいえ、前科がついたわけではない。親子三人どうにか折り合いをつけて行くのではないか。そう願ったが、うまくいかなかったのだろう。
     乾が答えないのをいいことに、九井は強く手を引いた。

    「なにが食いたい?俺は昨日イタリアンだったから、エスニックかな」
    「……」
    「イヌピー辛いのだいじょうぶだったっけ」

     もとより饒舌ではないが、今日の乾はほどんど喋らない。

    「イヌピー、オレのマンションに行こうか。出前でも取ろう。それともオレがなんか作ろうか。パスタくらいなら作れるんだぜ」
    「ココが作んのか」

     ちいさな声だったが、ようやく反応があったことにほっとする。

    「本格的なのはムリだけどな。出来あいのソースを絡めりゃ、それなりの味になるぜ。じゃあ、コンビニに寄っていこう」
    「コンビニでいいのか」
    「なんとかなるだろ」
    「そうか。ココの飯を食ってみたいな」

     乾はさみしそうに笑った。ちっとも赤音さんに似ていなかった。彼女は朗らかな人だったから。
     先輩のところに行くなんて嘘だろ。そう指摘してやりたかった。
     佐野真一郎は死んでしまった。殺されてしまった。初代黒龍の面子は荒れているはずだ。乾をうけいれるどころではないだろう。
     手近なコンビニに入っても、乾はどこかぼんやりとしている。他に何か食べたいものある?アイスとかなんでも入れろよ、と言っても首を横に振るだけだ。九井がカゴにプリンや杏仁豆腐を入れても無反応だ。わざとペットボトルを買って、レジ袋をひとつ乾に持ってもらった。乾がどこかに逃げないように。


     マンションに乾を招くのは、はじめてのことだった。さすがに興味深そうにきょろきょろしていることに、すこしほっとする。適当に座ってよ、と言えば、乾はソファーにちょこんと座った。そんなところは昔のままだ。
     九井には仕事があったが、すべてキャンセルだ。あとで文句を言われるだろうし、売り上げにも影響するだろうが、すべてどうでもよかった。いまは乾だ。乾が大事だった。
     とりあえずキッチンに行き、鍋にお湯を沸かす。実のところを言えば、自炊なんてしていなかった。鍋もフライパンも今日はじめて使う。いちおう一式とりそろえたものの、不要なものかと思っていたが、買っておいてよかった。
     手持無沙汰だったのか、ソファーに座っていたはずの乾がキッチンにやってきた。じっと九井の様子を伺っている。

    「あ、えっと、イヌピーはコップとか出しておいてよ」
    「わかった」

     九井の大雑把な指示に、乾は頷いた。案外てきぱきとコップやフォークを並べている。その姿を見て、本来の乾を見たような気がした。火災が起こるまでは乾家は平凡な家庭だった。そのころ母親の手伝いをしていた名残だろう。
     そんなことを考えていたからか、手元がおろそかになっていた。

    「あ、パスタ入れすぎた」
    「あはは、さすがにそんなにたくさん食えねぇぞ」

     乾が笑った。はじめて楽しそうに笑った。
     九井が呆気にとられるうちに、乾は表情を引っ込めてしまった。笑ってはいけないと自戒しているようだった。
     それでやっと気づいた。
     
     イヌピーはおねえさんを、家族を、亡くしたんだ。

     赤音さんを失って、かなしかった。さみしかった。くるしくて、どうしていいかわからなかった。自分ばかりが不幸だと思っていたつもりはなかったが、不幸が起きたのは乾だ。乾だったのだ。


     
     
     一袋分のパスタは多かったが、どうにか二人で食べきった。もうしばらくパスタは見たくない。なんとかなると豪語した割に、パスタはあまり美味くなかったのに、イヌピーは「うまかった」と言ってくれた。

    「さいごにココの飯が食えてよかった」

     さいごってなんだよ。まるで最期と言っているように聞こえるだろ。先輩のところなんて嘘なんだろ。
     
    「イヌピー、死ぬの」
    「死なねぇよ」

     どこに行くかを聞くつもりだったのに、気がついたらストレートに聞いてしまっていた。乾は即答した。まるで答えを用意していたみたいに。

    「先輩のところに世話になるって言ったろ」
    「誰だよ」
    「ココの知らない人だ」
    「黒龍のことなら、調べたからだいたい知ってるよ。言ってみて」
    「黒龍の先輩じゃない」
    「じゃあ、だれ」
    「真一郎くん、の、しりあい」

     嘘だ、と思った。そもそも初代黒龍の先輩にしたって二十代だ。高校にもいっていない子供の世話をするなんておかしすぎる。佐野真一郎の名を口にする乾の声は震えていた。もしかしたら彼ならば、佐野真一郎ならば、ほんとうに乾の面倒を見ると言っていたのかもしれない。けれど彼はもういない。彼は死んだ。彼もまた殺されてしまった。

    「じゃあさ、イヌピー。オレに世話させてよ」
    「……」
    「親元から離れたいなら、先輩じゃなくたって、オレだっていいだろ。金はあるんだ」
     
     赤音さんを救うために手に入れた金ならあるんだ。

    「ココ、その金はオレのものじゃねえ」

     九井が乾を知るように、乾も九井を知っていた。九井がなんのために金を稼いでいるかを知っていた。そして。

    「金はあるけど、金の使い道がねぇんだ」

     九井が目的をなくした事も知っているだろう。

    「イヌピーまで失ったら、オレはどうしていいかわかんなくなる」
     
     伸ばした手を乾は拒否しなかった。肩を寄せる。額を合せる。

    「おまえにまで行かれたら、さみしい」
    「ココ、」
    「いかないでほしい」
    「ココ、オレは」
    「オレをひとりにしないでくれ」
    「……」
    「どこにもいかないで」

     これではどちらが死にそうで、どちらがひきとめているのかわからない。ふたりを失ったばかりの乾をがんじがらめにした自覚はある。死を利用するなんて卑怯な手段だ。けれど乾を失わずに済むのなら、なんでもする。どんなことだってする。泣き落としで留まってくれるのなら、涙なんて安いものだ。
     乾の手の上に涙がこぼれおちたのを見て、久しぶりに泣いたなと思った。涙なんて枯れたと思ったが、案外すぐに泣けるものだ。

    「ココ、わかった」
     
     気がつけば乾は九井の手を握り返していた。心配そうな顔をしている。

    「じゃあ、今日からオレと暮らしてくれる?」

     どうせ親元に帰るつもりもなかったのだろう。乾は戸惑っていたが、うんと頷いてくれた。

    「ココはオレといたら苦しくならないか」
    「イヌピーがいなくなる方が苦しい」
    「ココはうそつきだな」

     乾は赤音さんにちっとも似ていないくせに、ふとした瞬間に酷似することがある。そのたびに九井の心は抉られるのだろう。

    「オレさ、赤音さんがいなくなってから、ちっとも笑えなくなったんだ。なにも面白いことなんてない。でもさっき、イヌピーが笑ったとき、オレも笑えたんだ」

     だからいっしょにいようよ。

     九井の素直な告白に乾は頷いた。
     辛いこともあるだろう。苦しいこともあるだろう。でもオマエがいなくなるよりはずっといい。  



    「……金を稼ぐ理由ができたな」

     これは乾には内緒だけれど。 
     
     
      

     
     
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