とあるモブの告白 オレは芝大寿に憧れて黒龍に入った。そんな奴は星の数ほどいるだろう。けれどオレが他の奴らと違うことは、未来?の記憶があることである。それとも過去に戻っているってやつなのか? 逆行なのか? 転生なのか? 家にはたくさん漫画があり、それを読んでみたりしたこともあったが、今だ自分に起こっていることはよくわかっていない。
最初は夢かと思ったが、あまりにもリアルだし、展開が壮絶すぎる。
ある時は東京卍會の幹部側近となり殺され、ある時は天竺の幹部側近となって殺され、ある時は梵天幹部側近となって殺された。
あれ? オレ殺されすぎじゃね?
そもそもオレは黒龍のメンバーであって、敵対するチーム東京卍會のマイキーに会ったことはないはずなのにマイキーの顔を知っているし、やっぱり会ったこともない八代目の黒川イザナに殺されているし、その方法も、銃殺、轢死、溺死とバラエティに富んでいる。想像力がたくましいにもほどがある。
というわけで、オレはもう何度も黒龍に入り、潰され、合併され、どこかのチームの幹部側近になって死ぬということを繰り返していた。
最初こそ死にたくないと足掻きもしたが、どうせやり直すことになるんだろうしと高をくくっているところもあった。
なんど見てもやっぱり芝大寿はかっこいいし、こんどこそは生き残ってチームを引っ張ってくれるじゃないかと思ったが、やはりあえなく芝大寿は黒龍を引退した。残念だが想定内である。そうするとオレはたいてい九井さんの側近になる。今回もやっぱり九井さんの側近になった。自分で言うのもなんだが、わりとエキサイティングかつスリリングな人生を送っていると思う。
しかし、このことを誰にも言ったことはなかった。未来がわかる(?)とか言っても、馬鹿にされることは分かり切っていたからだ。
そんな時、ふと思いついたのだ。そうだ。誰も信じてくれないなら、創作として発表してみようかな。
転生なのか逆行なのかと悩んでいた折に、ひととおりの漫画やアニメは見ていたし、なんなら嫌いではなかった。子供のころにハンターハンターの落書きをしたことがあり、それなりに褒められたこともあった。
つまりオレにはそれなりの素養があり、そして何より時間があった。オレの今の仕事は九井さんの運転手である。忙しいときは二十四時間駆けずり回るが、暇なときは暇だった。
廃屋前で九井さんを待ち続け一時間。暇に飽かせて書いてSNSにアップした漫画が『九瀬と犬養』である。
言わずもがな、オレの上司である九井さんと、その友人乾さんのことだ。
この何十回という繰り返しの中で、エピソードは腐るほどあった。金儲けの天才的黒髪シャープ系イケメンと、姉を亡くした顔に傷がある金髪正統派イケメンはビジュアルも設定も強すぎたし、なによりふたりは幼馴染でニコイチで、要するに書くに事欠かない最高の題材だった。
片手間に書いたのでクオリティはさして高くないが、まぁフォロワーが見てくれて、イイネをしてくれたらいいだろうくらいの、軽い気持ちだった。
これがバズった。
死ぬほどバズった。
あっという間にイイネが一万を超えて、いまも回りまくっている。怖い。怖すぎる。
飼い猫の画像しかアップしていなかったフォロワーが、実は有名な漫画家だったらしく、リツイートした途端にバズったというのが真相だった。
恐い。怖すぎる。
オレはSNSをそっ閉じした。そっ閉じしたはずだったが、またしてもや山中での待機があった。待ちの間にすることがなく、ついうっかり続編を書いてしまった。
それからはお察しである。
無名絵描きのオレがあっという間に人気絵描きになった瞬間であった。
ちなみにSNSはあくまで片手間で、オレの本業は反社であるので、絵と漫画以外はまったく呟かない。リプにも答えず、フォローも返さず、DMにも返事をしない。だって反社だもの。そんな活動がいつしかクールな絵師と言われるようになっていた。ただの反社ですけど。
なんやかんやありつつ、反社をしながら、暇なときはSNSに漫画をアップする。イイネをしてもらえるのはやっぱりうれしかった。つまりオレは図に乗ったのだ。
九瀬と犬養にキスをさせていた。
なにを言っているかわからないと思うが、オレにもわからない。筆が乗って? 勢い余って? なんとなく雰囲気で? キスをさせていた。ぶっちゃけ酒も入っていた。
朝起きたら、イイネ二万はいっていた。『九瀬と犬養』略して『ココイヌ』がトレンドにもなっていた。
……。
やばくね?
消そうにもすでに5時間は経過している。コメントはとんでもないことになっていた。
BLだったのかよとお叱りの声も多かったが、絶賛してくれる人もいた。
そしてとうとう上司から呼び出しを食らった。
基本的に九井さんは部下を部屋に呼び出したりしない。よっぽどのことがない限り、その場で叱咤するのが通例だった。つまり死刑宣告も同然だった。オレの顔は紙のように白くなったし、同僚はすでにオレの死を悼んでいた。
マイキーに、イザナに、稀咲に。何度となく殺されたオレだが、死因が創作活動なのは初めてだった。
覚悟を決めて部屋に入ったオレを、九井さんはゲンドウポーズで出迎えた。
「単刀直入に言うけど、おまえタイムリープの記憶あるの?」
「えっ? 転生とか逆行とかじゃないんですか? アッ」
口を噤んでももう遅い。タイムリープだかなんだかは知らないが、記憶があることを九井さんにばらしてしまった。ていうか、九井さんも記憶があるのか? その可能性については全く考えたことがなかった。
だが、そのことについては、九井さんはさして興味がないようだった。
「これについて見覚えがあるよな」
これと言って差し出されたのはスマートフォンで、オレのSNSがばっちりと映っている。な、なぜばれたんだ。
「オマエしか連れてっていない現場のことを描いたからだ」
あ、なるほど。さようですか。
などと軽口を叩けるような関係ではない。反社の上司と部下である。おまえ死ねと言われたら、殺される立場である。アレッ、なんでオレこの人の部下なんだろ。涙がちょっと出てきちゃうが。まぁ、おいしいところがないわけではなく、長年つきあった情みたいなものがないわけでもない。
「九瀬と犬養という雑な名前については、この際どうでもいい。なんでオレがイヌピーにキスしたことを知ってんだ」
「エッ」
「……え?」
嫌な沈黙が流れる。冷や汗が止まらないし、手も震えている。
「ええと、その、創作の勢いが余っちゃった感じ、です、ね、」
「……は?」
「スイマセン。酒の勢いって言うか、その場のノリって言うか、えっと、なんで描いちゃったんですかね? 盛り上がると思ったんですかね? 何か気がついたら描いてました! 申し訳ありません!」
言うだけ言ってオレは体を九十度折り曲げた。ぶっちゃけオレは死を覚悟したが、九井さんは懐から銃を取り出すでもなく、ドラッグを取り出すでもなく、なんなら刃物も出さなかった。ただぽかんとした顔で「は?」と言っただけだった。
「え? なんか見たんじゃねぇの?」
「え? なんかってなんですか」
「そりゃイヌピーとオレの」
「え?」
「え?」
いくら鈍いオレでも、ここまで来たら分かる。
「え……九井さん、乾さんにキスしたんですか?」
「……」
「え、おつきあいされてましたっけ?」
「……」
「あれ? っていうか、連絡とりあってます? 乾さん、いまは一般人ですよね?」
ぶっちゃけ言いすぎた感はあるが、九井さんはなにも返さず、咳払いをして「それはともかく、おまえの処遇だ」と話をすり替えた。
まさかの片思いなんだろうか。反社が。反社の幹部が。なんてこった。
「おまえ、絵がうまいな」
「えっ、あっ、はい、ありがとうございます」
「3月26日にあげていたココイヌは最高だったありがとうございます疲れ目に効きましたところでpixivにアップはされないんですか」
「あの……その口調もしかして……コメントくれました? フォロワーです?」
「というわけで、オマエのは特別な任務をやろう」
お察しである。
というわけで、しがない反社運転手だったオレは反社幹部のお抱え絵師になった。SNSにもアップしている。「九瀬と犬養」を書籍化しませんかとDMが来ることもあるが、この話はぜったいに九井さんには秘密である。言った瞬間に金を出すことは目に見えているからだ。それよりも
「なぁ、おまえ、絵がうまいんだって? オレと兄貴の絵を描けよ」
「マイキーの肖像画を描かないなんて言わねぇよなぁ?」
「肖像画の依頼は死んだ人でも大丈夫だろうか。写真ならある」
などと面倒くさい依頼が舞い込んでくることに辟易している。
そろそろいろいろ面倒くさくなってきたので、タイムリープ? 逆行? 転生? しねぇかなって、祈っている毎日だ。