ココイヌデート⑥牛丼屋 唐突だが、オレはいちゃつくカップル滅べの会の同志である。というわけで、アルバイト先に、およそカップルが来ないであろう牛丼屋を選んだ。選んだのだ。だがしかし、おそるべきことにカップルの魔の手は牛丼屋にも及ぼうとしていた。具体的に言うならば、目の前にいる黒髪イケメンと金髪美人である。オレはカップル滅べ同好会の会員でもあるが、イケメンはすべからく滅びよの会員も兼任しているので、非常にこの黒髪が憎い。ちなみに美人に弱い特性を持っているため、金髪の方はまっとうに顔も拝めない。そう、オレは童貞なのだ。クソ。
つーかイケメン美人カップルなら、スタバ行けよ。カロリーなら同じだろ。そして太れ。
「イヌピー、なんにする?」
「……ハンバーグ定食」
「ふーん。じゃあ、オレは生姜焼き定食にしよ。あと豚飯と。豚汁もつけようかな」
ここは牛丼屋ですけど?
まぁ、牛丼屋ではあるが、定食は人気メニューであるので、けして可笑しなことではないのだけれど。
オレは甲斐甲斐しく美人をエスコートするイケメンから食券を受け取る。
その間もイケメンは美人から上着を受け取ったり、水を渡したりとじつにマメである。ああいうやつがモテるんだろうな。くそう。
一方の美人はイケメンの肩にもたれかかっている。
ここは牛丼屋ですけど?? キャバクラじゃねーんですけど???
「イヌピー、おねむかよ」
と思ったら、どうやら眠かったらしい。そこでオレは気づいてしまった。いまは朝十時。つまり朝である。ここから導き出される答えは朝帰りである。オレが仕事をしているあいだ、こいつらはあんなことやこんなことをしていたわけだ。妄想たくましくてスイマセンね童貞なんで。
カップル滅びよ! イケメン滅びよ!
呪文空しく、美人はますますイケメンにもたれかかる。
「イヌピー、起きろって」
「ん……んん」
「おーい。起きねぇとキスするぞ」
ここは牛丼屋ですけど??????
ちなみに客は他にもいる。おっさんとおっさんとじいさんとおっさんである。みなの心はひとつだ。イケメン滅びよ!
なんてことを思いながら仕事はきっちりとこなす。カップル滅べ同好会はあくまで仮の姿で、しがない大学生バイトだからだ。
「こちらハンバーグ定食です」
「ん、はい」
もぞもぞと美人は体勢を持ち直し、定食のトレイを受け取った。その瞬間美人と手が触れる。うわ。意外と手がでかいな。つーか、まじきれいな顔してんな。その瞬間、蛇に睨まれた蛙のように硬直する。イケメンがこちらを睨んでいた。
あ、オレ死んだ。
しかしオレを救ったのは美人だった。
「……ココ、箸割って」
「はいはい。イヌピーは箸を割るの苦手だよな」
よ、よかった。命拾いした。
つーか、イケメンでも嫉妬したりするんだな。新たな発見である。だがしかし。
「ココ、もう食えねぇ。オレの分も食ってくれ」
「イヌピーはしかたねぇなぁ」
カップル滅びよの思いを新たにするのだった。なぜならオレは童貞なので。