そういうことでいいよな? オレとイヌピーはいちど離別している。そして今いっしょにいるということは、和解したということになるのだが、なんというか、勢いというか、ノリというか、それらしい言葉があったわけではない。唯一それらしいのは「マブだろ」だと思うのだが、イヌピーがどう解釈しているはわからない。とにかくオレたちはいっしょに暮している。それも言葉にしたわけではない。タクシーで自宅に帰ってきたときに、ほんとうはイヌピーのアパートによればよかったのだけれど、肉体的にも精神的にも疲弊しきっていて、うっかりイヌピーをお持ち帰りしてしまったのだ。オレより動いていたイヌピーも死んだような目をしていたので、とりあえず寝た。眠ったという意味だ。
それから三日くらいいっしょに過ごして、「イヌピーのアパート解約したら」と言い出したのはオレだったし、「そうだな」と返したのはイヌピーだった。
オレたちの関係がくだぐだであるのは、今更だし、なんであろうと離れられないのは事実であるのだから、どうでもいい。問題は。
「オレの他にマブはいないよな?」
ということだった。
イヌピーはぽかんとした顔をしている。あ、これ、かんがえたことありませんでした、って顔だ。
「イヌピーにはたくさん仲間がいたよな。オレの他にマブはいないのか」
「え?」
え、じゃねぇし。
「花垣は?」
「花垣は……ボスだろ」
よし!
オレはガッツポーズをとる。
イヌピーが心酔している佐野真一郎に似ている花垣は、オレがいちばん懸念していた相手だった。しかし、花垣をクリアしても次がいる。
「……龍宮寺は?」
「ドラケンか。あいつは年下だろ」
セーフ!
オレは汗をぬぐう。
イヌピーは気づいているかいないのかわからないが、龍宮寺は五月十日生まれだ。オレと誕生日が一か月と変わらない。オレがマブなら龍宮寺もマブ認定受けるのではないかと思ったが、龍宮寺は年下認定だった。四月一日生まれでほんとうによかった。
このふたりがマブじゃないなら、他はまぁモブみたいなもんだろ。
「あ、」
「あ?」
「大寿にはいろいろと世話になったしな、あいつはダチだよな?」
まさかの芝大寿かよ!
ここで登場するとは思わなかった。たしかに同い年だし、イヌピーが奴を認めていることは知っている。イヌピーがダチと言ったなら、ダチなのだろう。しかし
「大寿はダチだろ。マブじゃねぇ」
「そうか。そうだな」
イヌピーはここでちょっと俯いた。なにかと思えば肩が震えている。
「ふ、ふふ、ふはっ、あはははは」
「え、いま、わらうとこ?」
「ココ、おまえ、自分の顔見てみろよ。ふふっ、すげー面白い顔をしてる」
これを言うのは自分の心を抉るようなものなんだけど、イヌピーと赤音さんが似ているって思うのは、こういう時なんだよな。
「すみませんね、嫉妬深い男で」
「嫉妬だったのか」
くそう。かわいい顔で笑いやがって。ハジメくんのハートは痛いくせに、うれしくもあって、複雑だよ。
「あのな、ココ」
イヌピーが膝を寄せてくる。
「オレにとってマブっていうのは生涯でひとりだけなんだ」
ココ、おまえだけだよ。
イヌピーの顔を見て、声を聴いて、存在を感じると、もうすべてどうでもよくなる。「マブだろ」と言われた時のように、オレは完敗だ。すべてを捧げるべく、床に膝をついてしまう。
「イヌピー、オレとずっと一緒にいて」
「いっしょに暮してるだろ」
「ずっとだよ。いっしょう、ずっと」
イヌピーは穏やかに笑う。オレが一番弱い顔で笑う。
「まるでプロポーズみたいだ」
オレとイヌピーはいちど離別したけれど、いま完全に復縁した。鍵を受け取ってくれたってことは、そういうことでいいよな?