女子会モンスター その日、乾は芝柚葉の自宅に呼び出されていた。曰く「ヒナちゃんとエマちゃんと女子会をするから来なさい」である。嫌な予感しかしない。しかも「九井は連れてくんな。オマエひとりで来い」と釘を刺された。
なんでオレだけなんだ。っていうか女子会に男が混ざっていいのか。
「アンタにはいろいろ聞きたいことがあるのよ」
嫌な予感しかしない(二回目)。乾は念のために聞いておいた。
「八戒はいるのか」
大寿が家を出ていることは知っている。ならばせめて弟の八戒はいるのかと聞けば「いるわよ」と返答があったので、ぶっちゃけ乾は行きたくなかったが、花垣に「ヒナのこと、よろしくお願いします」と頭を下げられ、マイキーにも「エマの手料理もってくんだ。断らねぇよな?」と言われて、仕方なく芝家にやって来たのだ。
「それでは! 女子会を始めまーす!」
「エマちゃんの料理おいしそー!」
「ヒナちゃんのお菓子もすごいよ!」
「アタシだけなんにも作ってなくてごめんね」
「いいのいいの。柚葉ちゃんは場所を提供してくれたんだし」
「ペットボトル重かったんじゃない? ありがと」
「ぜんぶ八戒に運ばせたから」
女子三人+乾による女子会が始まる。サンドイッチにサラダにクッキー。おいしそうではあるのに、いまいち食欲がわかないのは、華やかな空間に男ひとりという心もとなさからか。
頼りの綱であった八戒はとうぜんのごとく、自室から出てこない。予想の範疇とはいえ怒りがわいてくる。てめぇふざけんなこのやろうと怒鳴りつけても、防音の完璧な芝家だ。八戒の気配ひとつ探れなかった。
「乾、ノリわるいよ」
「……わるくて当然だろ」
なにせ女子会である。キャッキャウフフの女子会である。日向やエマはもちろん、女子会だからなのか柚葉もお洒落をしている。そんな中、なぜ乾が呼ばれたのか、不満しかない。
仏頂面の乾に文句をつけるのは柚葉ばかりで、日向とエマは手土産のプリンをさっそく開封している。
「これ人気のプリンだよね? ヒナちゃんどれにする?」
「うーん。まよっちゃうな~。イチゴもいいけど、マンゴーのもおいしそう。柚葉ちゃんは?」
「アタシは抹茶かなぁ」
日向やエマには笑顔を見せるが、柚葉は乾には冷たい顔をする。「これ、用意したの九井でしょ」とプリンを指さして言う。無論である。乾にそんな気遣いはない。むしろ手土産が必要だとすら思わなかった。
それまでプリン選びに夢中だった日向とエマがぱっと顔をあげた。
「そう! それ! 今日はイヌピーくんからココくんの話が聞きたかったの!」
「イヌピーってココとつきあってるんでしょ」
片や花垣の彼女で片やマイキーの妹である。乾の九井の関係はつつぬけであるらしい。
「女子会って言えば恋バナでしょ」
「……すればいいじゃないか」
「武道くんはシャイなので進展がないんです」
「ウチはドラケンが好きなんだけど、まったく手を出してくれないんだよね」
「アタシはパス。好きな人とかいないし」
「というわけで、イヌピーくんの話を聞かせてください!」
「えぇ……」
花道がシャイでドラケンが硬派なばっかりに、オレがとばっちりを食らっているのか。あいつらぶっとばす。
乾には姉がおり、こういうときの女に逆らってはいけないと骨身にしみていた。
「ぶっちゃけ、初夜はどうでした」
「ぶっちゃけすぎてないか」
「今後の展開の参考にしたいんです。さそったのはどっちからなんですか? どこでやったんですか? ゴムの用意はどっちがしたんですか?」
「くいつきすぎじゃないか」
「それだけヒナは悩んでるんです!」
「ウチもそれは気になってる! ていうか、ぶっちゃけ演技したりする? イクふりとかしたことある? 喘ぎ声とかどうしてる?」
「おい柚葉。こいつらを止めろ」
「なんでアタシが止めなきゃなんないのよ。むしろ九井の性癖とか暴露してほしいわ。今後の脅迫材料にするから。どうなの? あんな奴でもアンタのおっぱい吸ったりするの?」
なるほど八戒がここに居たら死ぬ。閉じこもったのは正解だった。これは女子会の皮を被ったモンスター会だ。
橘日向も佐野エマも芝柚葉もいづれも美少女ぞろいなのに、残念過ぎる。もっとも乾は微塵も彼女たちに興味はない。彼女たちも乾を男だと思っていない。だからこそ乾だけがこの会に呼ばれたのだろう。この女子会が終わったらぶっとばすリストに花垣武道、佐野万次郎、芝八戒にづつき、龍宮寺堅を刻んでおく。
一応ではあるが乾はこの女子会に誘われた時点で、ある程度の覚悟をしていた。九井とつきあった経緯だとか、デートに行った場所だとかを言わされるんだろうと思っていた。それが初夜である。セックスである。ゴムの準備である。喘ぐフリはするのかである。しかもおっぱいを吸うのかと来た。
「ぶっちゃけ週に何回してるんですか? ていうか最近したのいつですか?」
「してない」
「コスプレとかしたことある? ドラケンも裸エプロンとか好きかな?」
「それはドラケンに聞け」
「九井の性癖を教えなさいよ。あいつのことだからハイヒールで踏ませたりしてるんじゃないの?」
「してない」
「もったいぶってないで教えてください。参考にしたいんで」
「ココとはつきあってねぇ。ただの幼馴染だ」
「え?」
「え?」
「え?」
先ほどまでかしましかった女子三人がぴたりと黙り、困惑の顔を見合わせる。
「幼馴染っていうのは、マイキーとバジみたいなのを言うんだよ」
「タケミチくんとタクヤくんも幼馴染って言ってました」
「幼馴染は手を繋いだり、肩を抱いたり、腰を抱いたりしない」
「そうそれ。っていうか、ふたりは同棲しているんじゃなかったでしたっけ?」
「一緒に暮らしているだけだ」
「え。でも一緒のベッドに寝てるんだよね?」
「寝てるだけだ」
「え?」
「え?」
「え?」
ぽかんとする女子三人を見て、乾も腹をくくる。というか、いいかげん腹も立っていた。なぜなら花垣も佐野も松野も龍宮寺も三井もその他もろもろも、さも乾と九井がつきあっているのごとく話を進めてくる。乾が眠そうな顔をすれば「あ、無理しなくていいよ」と言われ、ぼんやりしていれば「あ、昨日はお楽しみだったのか?」と聞かれ、なにもしていなくても「デートとかどこに行けばいいんですかね? ココくんとはどんなところに行くんです?」と勝手に話をすすめられる始末だ。これで乾にやましいところがなにもなければ無視すればいいだけなのだが、やっかいなことに、乾は九井のことが好きだった。
「え。でもアンタは九井のこと好きだよね」
「オレはココのことが好きだけど、ココはオレのことなんとも思っていねぇ。だから一緒に寝ても欲情なんかしねぇよ」
「え?」
「え?」
「え?」
「ココがオレにやさしいのは赤音に似ているからだ。ていうか、ココは誰にでも優しいだろ」
「は?」
「はァ?」
「はァァアア? 九井が誰にでも優しいィイ? なにバカなこと言ってんのよ!」
「な、なんだよ」
ものすごい剣幕で怒鳴られて、さすがの乾も慄く。本人はぜったいに認めたくないだろうが柚葉は大寿にとてもよく似た仕草で舌を打ち、野太い声で「携帯」と言った。「携帯、出して」
唖然とする乾の携帯を勝手に拾い上げたのは佐野エマだった。すばやく柚葉に放り投げる。柚葉は携帯を受け取り、九井に電話をかける。なにせ乾の履歴は九井しかない。探し当てるのは一瞬だった。
一方の九井は、女子会が終わったら迎えに行くから電話をくれと乾に言っていた。ずいぶんと早いが、乾が勝手に女子会から飛び出したものと思い、電話に出た。
『あ、イヌピー。女子会終わったの?』
「九井、アンタ、乾のこと好きじゃないの?」
『は? オマエ柚葉? なんでイヌピーの携帯使ってんの?』
「そんなことどうでもいいでしょ。乾はオレはココが好きだけど、ココはオレのことなんとも思っていない。ココは誰にでも優しいとか馬鹿なこと言ってるわよ。ほんとうなの?」
『……は? イヌピーがそんなこと言ったの?』
スピーカーから聞こえる九井の声はひんやりととしている。乾にとっては初めて聞く声だったが、柚葉にとってはいつもの九井だ。ひるむことなく「言ったわね」と言い返す。
「九井はいっしょのベッドで寝ても欲情なんかしないって言ってた」
『ふぅん』
「裸エプロンになってもココは欲情しないはずだって言ってた!」
「言ってねぇよ!」
「ゴムの用意をしたのに、ココくんは抱いてくれないって言ってました!」
「なんで知ってんだよ!」
『ふぅん』
「え、いや、その……ココ……怒ってるのか?」
『自分の不甲斐なさに呆れてる』
「難しいこと言うなよ。オレ、バカだからわかんねぇよ……」
『じゃあ、イヌピーにもわかるように教えてあげるから、今から迎えに行くから待ってて』
先ほどのつめたい声が嘘のように九井の声はやさしく甘い。乾に聞こえるよう携帯を向けてくれていた柚葉が「これだから九井は」と舌を打つ姿はやはり大寿に似ていた。さすが血のつながった兄妹である。
一部始終を見ていた橘日向と佐野エマは手に手を取り合って「これから初夜だよ!」「イヌピーくん抱かれちゃうんですね!」とはしゃいでいる。
ほどなくしてタクシーでやってきた九井に、三人は笑顔で乾を送り出した。さすがの乾も恥ずかしさに顔も上げられなかったが、モンスター三人組は「どんな体位だったか教えてくださいね!」「回数も!」「イク演技をしたか教えて!」「九井の性癖を教えなさいよ」と赤裸々だった。
翌日、三人を代表した橘日向からの「初夜はどうだったんですか!」の鬼電に乾は「すごかった」とだけ返して携帯の電源を切った。一部始終を見て、にやにやと笑っている九井を殴ってやったが、あまり効果はなかっただろう。
「これからもっとすごいことしようか、イヌピー」
なにせ同じベッドでひとつのシーツにもぐりこんでいるのだから。