夏のサウザンドウィンターズ親睦会 こわいこわいこわいこわい。
モニターを囲んでいる三人、花垣武道、松野千冬、芝八戒は恐怖に震えていた。八戒に至ってはすでに泣いている。
「だから九井はやめろって言ったんだよ!」
「しかたないだろ!イヌピーくんが当たりを引いちゃったんだから!」
「どうするんだよ! このままだと三ツ谷くんが殺されちまうぞ!」
事の発端はサウザンドウィンターズ親睦会から始まる。別に意図して集まったわけではなく、ファミレスで飯を食っている最中に「あ、これ、サウザンドウィンターズ親睦会じゃね」と気づいたのだ。
「ほんとうだ」「すげぇな」と盛り上がり、「なんか楽しいことでもやろうぜ」という話になった。
そこからの流れは曖昧だが、最終的に「どっきり企画をやろう」ということになった。理由は特にない。そういうノリだったのだ。あみだくじを作り、あたりを引いたのが乾だった。
「イヌピーくん、だれを騙します?」
「ココだな」
おお~、とサウザンドウィンターズたちから歓声が上がる。
「どんな風に騙すんですか?」
「オレが人殺しをする」
「えっ」
「えっ」
「えっ」
絶句した年下三人に、アングリーが笑いかける。
「そういうドッキリだよ。さすがの九井もビビるんじゃね」
「お、怒られないですかね」
「怒られるかもな」
尻ごみをした三人に、「じゃあ、オレが殺される役をやる」と三ツ谷が言い出した。たしかに三ツ谷ならば九井も他のメンバーよりは怒りにくいだろう。
不謹慎だが、殺した理由はどうする?どうやって殺す?などと、ドリンクバーのジュースを飲みながら考えているうちは楽しかったのだ。血のりなどは三ツ谷が用意することになった。
「ハロウィンにファッションショーをすることになったんだ。ホラーをテーマにしているから、演出の予行練習だと思ってやらせてもらうよ」
なるほどいつもならば引き留め役の三ツ谷が積極的なわけである。
場所は実家が不動産屋のパーちんが「取り壊し予定のアパートがあるから、なにをしてもいいぞ」と提供してくれたし、ビデオはべーやんの父親から譲り受けたものを使うことになった。
「九井を騙すと面倒くさいことになる」と尻ごみをしていた八戒も、だんだん楽しくなってきたのか身を乗り出してきた。
おおまかに準備が整った頃合いに、乾が九井の電話をかける。
「ココ、たいへんなことになった。いまから言うところに来てくれ」
九井はふたつ返事で向かってくれることになった。
呼び出された九井は、風呂場の浴槽で丸くなっている三ツ谷を見て、さすがに驚いた様子で硬直していた。
『ココ……やっちまった』
抑揚のない乾の言葉はなぜかリアリティがあった。マンションの隣室でモニターを覗き込んでいる花垣は思わず息を飲む。
「三ツ谷くん、あんなに血まみれの浴槽に入るなんて、ガッツがありますよね」
「ていうか、あんなたくさんの血のりをこんな短時間でどうやって用意したんだよ」
「三ツ谷は人脈が広いからな~」
どっきりの看板を持ったパーちんとベーヤンが「いつ行く?」「そろそろ行くか?」と暢気に話し合っていた。その時だ。
『イヌピー……安心しろ』
九井は壮絶な顔で笑った。
安心とは?
武道は千冬を見た。青ざめた顔をした千冬が無言で首を横に振る。八戒はすでに泣きそうになっていた。
『こいつは山の中に埋めて証拠隠滅する』
山の中に埋める?証拠隠滅?
予想外のワードがとびだしてきたことに、どっきりの看板を持って、行こうとしていたパーちんとべーやんがモニターの前に戻ってきた。
九井はおもむろにポケットからゴム手袋を取り出した。
なぜ常備しているかの疑問には、九井自身が『イヌピーがオレを呼び出すなんて珍しいだろ。こんなこともあろうかと、車で来てよかったぜ』と答えてくれた。
「ココくんって免許もってましたっけ」
「持ってないはずだけど……」
「じゃあ、車はどこから……?」
つまり無免許運転……。
そっと外を覗きに行ったアングリーとスマイリーが「スモークガラスの車が停まっている」と報告してくれた。しばしの沈黙が訪れる。
しかし問題はそこではない。
涙目の八戒が「だから九井はやめておけって言ったんだよ!」と小声で叫んでいる。なにしろ九井たちがいるのは隣室なのだ。
『車から掃除機を持ってくる。イヌピーもつきあえ』
どうやら今から本格的に証拠隠滅を図るようだ。
九井と乾はいったん浴室から立ち去り、車の方に行ったらしいが、しばらくすると乾だけが大きなトランクを持って浴室に帰ってきた。アパートに設置しているビデオカメラ一台だけで、浴室に固定されている。そのため室内の様子はわからないが、先ほどの台詞からすると九井は部屋の掃除をしているのだろう。
乾が浴室に持ってきたのは、人が入りそうなほど大きなトランクである。「まさか」と千冬が青ざめた顔で呟く。
「まさか、あのトランクの中に三ツ谷くんを入れようとしてるんじゃ……」
そのまさかだった。乾は浴室に設置したビデオの方に向かい『オイ、三ツ谷をこれに入れろって言われたぞ。どうするんだよ』と囁いてくる。
『このままだとほんとうに山に三ツ谷を埋めることになるぞ』
「まままさかそんな。第一どこに埋めるっていうんですか」
「別荘を持っているから、そこの裏山だな」
「ココくん、マジじゃないっすか!シャレにならねぇ!」
「イヌピーのことに関しては、オレはいつだって本気だぜ」
「だから九井はヤバイって言っただろ!」
「お褒めに預かり光栄だぜ、若」
「え?」
「え?」
「え?」
恐怖から手に手を取り合っていた武道と千冬と八戒が、顔を見合わせて、ぐるりと振り返る。
「テッテレー!!どっきり!!大成功!!!」
看板を持ったパーちんとスマイリー。携帯で録画を撮っているべーやん。アングリーはおろおろしながら「だいじょうぶ?」と三人の様子を伺っている。
「は?」
「は?」
「は?」
「つまり騙されていたのはおまえらっていうわけ」
なによりの証拠に武道の正面には九井がおり、べっと舌を出した。恐怖から解放された武道はへなへなとその場に座り込む。
「だ、だまされたのは悔しいけど、ココくんが犯罪を犯さなくてよかった~~~~~」
武道の泣きべそは携帯のビデオにしっかりと収められ、東京卍會集会で披露されるのはまた別の話である。
隣室がもりあがっている中、乾と三ツ谷は今だ血のりだらけの浴室にいた。隣の部屋で武道や八戒が叫んでいるのは聞こえてきたので、「どっきり」が成功したのは確かである。
「イヌピーくんはいつのまにココくんにどっきりの説明をしたの?」
「さっき。車に行く途中」
「ファインプレーだったよ。マジでオレ山に埋められるかと思った」
「……ココは冗談の通じないやつなんだが、あんなに通じないと思っていなかった」
「ははは、ココくんも動揺したんだね」
血まみれの三ツ谷が浴槽から出るのを助けながら、乾は首をかしげる。
「だってこれ、ただの血のりだぜ。九井がわからないはずないと思うんだけど」
暗くて見えにくいという理由で発見現場に選ばれた浴槽だが、それでも血のりは血のりでしかない。匂いがしない。偽物だ。九井を一瞬驚かせれば十分だった。すぐに騙されたことに気づいた九井に「どっきり」の看板をもったパーちんとぺーやんがやってくる。その手筈だったのだが。
『山の中に埋めて証拠隠滅する』
だ。どうしてこうなった。さすがの三ツ谷もびっくりした。もっとも一番びっくりしたのは乾だっただろう。
「愛されてんじゃん」
「……愛が重い」
「そう言うなって」
「……家に帰ったら、ココになにされるかわかんねー」
「それは、うん、しょうがないね」
それまで笑っていた三ツ谷だったが、いっしゅん素に戻った。
「いや、マジで殺されるかと思ったわ。ココくん、こえーわ」
「……それはマジですまん」
「もう二度とココにどっきりを仕掛けない」と誓う乾に割と真剣に「うん。それがいいと思うよ」と答える三ツ谷だった。