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    ギギ@coinupippi

    ココイヌの壁打ち、練習用垢
    小説のつもり

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    POIPOI 49

    ギギ@coinupippi

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    アイドルパロココイヌの3話目。
    恐らくあと1話で終わる予定。
    推敲してないので誤字脱字は相変わらず。

    #ココイヌ
    cocoInu

    俺の彼氏はアイドル!?3 青宗には正直高いのであろうステーキ肉の味も、水の代わりに流し込んだワインの味もわからなかった。
    目の前には憧れの大ファンの九井が居て、ニコニコとテレビと変わらぬ笑みを向けて来るのだ何か色々聞かれたようや気もするが緊張で何も覚えてない。
     あまりにも訳の解らない自体の連続で頭が追いつかないから、とにかくこの場から早く出よう。そう決めたらテーブルの上の食事を片付けてしまおうと口に運んだ。
     
     自分の他愛もない話や質問に、うん、とかああ、だとか曖昧な返答する青宗。他人と話すのは得意では無さそうだ。会話を続けようとする気配がまるでないなと思う。
     話をまとめるとバイクや車の整備をする工場で働いてるらしい。どういう職場なのかはよく解らないが、そんなにコミュニケーションを必要とはしない所なのだろう。
     眼鏡を上手い事外させて食事をしながら目の前の顔を眺める。やはり綺麗な顔だなと思う。美形というより、美人なタイプだ。体つきや身長こそしっかり男だと解るが顔立ちは中性的に見える。髪が長いせいもあるだろうか。
     九井は人の仕種や表情からその人間がどういう傾向にあるのかを考える癖があった。誰もが無意識にするそれではあるが九井は詳細まで考えてしまう。
     目の前に居る男は、見た目こそ綺麗で色気の滲むような目をしている。だが話し方や接し方を見る限り恐らく恋愛の類の経験は少ないだろう。若しくは全く無いかもしれない。
     九井は知識欲が強く、知らない事は経験したがるタイプでもあった。
     初体験は中学2年生の頃に通っていた塾のバイトの女子大生だった。何となくこちらを見る目がそういうモノであると気付き、居残り質問をするフリをして…といった所だ。その後は普通に当時付き合っていた同じ歳の彼女だったり、遊びでだったりとそこそこは経験をした。
     初体験こそ、セックスというものに興奮はしたがそれ以降はどちらかと言えば実験的な気持ちだった。
    どうすれば相手がよがり、どうすれば喜ぶのか。そういうものを一通り経験した後。
     九井は今度は同性とのセックスというものに興味を抱いた。別段、男が好きだとか女が苦手だとかそういう考えに拘るタチでは無い。
     芸能界という場所に身を置いていれば同性からの誘いも時にはあったりもする。同じドラマの出演者の歳の近い俳優に誘われ、興味本位でそれを受け入れた。
    とはいえ、尻をどうこうというのは初心者にはハードルが高過ぎる。そんな理由からその時は抱く側に回った。
     女とのセックスとはそりゃあ違ったが、普通ではあった。肌の柔らかさや触り心地を考えると女との方がよいかもな、程度の。
     つまり九井は今まで誘い誘われるような関係を築いてはきたが、自ら本気で落とそうと思ったのはもしかしたら初めてなのかもしれない。
     だから今、楽しくて仕方ない。しかも相手は自分の好みど真ん中の顔をしている。この綺麗な顔が自分の下でどう乱れていくのか。想像するだけで胸が高揚した。

    「あ、あの、御馳走さまでした…お、俺、帰ります…」

     色々頭の中で考えている間に青宗は目の前にある食べ物をどうにか腹に収めたようだ。この場をとにかく立ち去りたいという態度が見え見えだ。人見知り故に、他人と同じ空間に長く居るのが辛いのかもしれない。ましてや、目の前に居るのは仮にもファンであるアイドルなのだ。
     九井はその心境を推し量りながらも、次の手を打つとする為に口を開いた。勿論顔には得意のアイドルスマイルを浮かべ。

    「何処に泊まってるの?送るよ」

     そんなものは知っているが知らない振りで聞けば、あからさまに狼狽えたような表情をする。同じホテルであると言う事を九井に知られるのを避けたいのだろう。偶然とはいえ、同じホテルに泊まっているという事を。作られた偶然だとは知らず。

    「えっと、大丈夫…一人で帰れる、から」

     不安の表れなのか、着ている上着の裾をぎゅっと握って首を振った。この容姿に生まれついておどおどとした態度なのは何故なのだろうなと思う。目立つのを避けるように俯いて野暮ったい眼鏡で顔を隠し、不快な思いをさせるだなんて。

    「でも、さっき打つかった時に足を捻ってるよね。それで歩いて帰るの大変だよ」

     部屋に入る時片足を少し庇うようにしていたのを九井は目敏く気付いていた。それを指摘すれば、言葉に詰まり目をうろうろと彷徨わせる。その手を取って心配だから、と畳み掛ける。それに頬を赤くしながらも暫し悩んだ挙句、実は…と口を開いた。

    「本当に、そのわざととか狙ってしたわけじゃなくて…俺も、同じホテルの下の階に部屋を取ってある…ほんとに追っかけとかそういうやつじゃなくて」

     そんなものは当然こちらは把握している。むしろ狙って同じホテルを選んだのは九井の方だが、そんなものを知らない青宗は必死で言い募る。気の毒ではあるが種明かしをする訳にもいかない。

    「ああ、そうなんだ。それならちょうど良い。この部屋に泊まっていきなよ」

    「はあ!?」

    「ゲストルームもあるし、一人だと寂しいなと思ってたんだ。それにお礼も兼ねて、遠慮しないで」

     九井からの提案に何を言っているのかと戸惑っている青宗に畳み掛けるように淀み無く話す。相手が気が弱いものであれば考えだす隙を与えず、こちらの良いように持っていくのはマルチ商法や詐欺紛いなビジネスに有りがちな手口だ。

    「着替えは用意しとくからシャワーでも浴びて来なよ。下着も新しいの持ってるから良かったらそれを使って」

     支えるようにソファから立ち上がらせると浴室の方へ押し込むように入れてしまう。でも、とかそんな、だとか言っている青宗を笑顔でごゆっくりと見送りドアを閉めた。ドアの中から暫くどうしよう、なんて呟きが聞こえてきたがやがて観念したのかシャワーの音が聞こえてきた。
     九井はワインの残り具合を確認してから、もう一度フロントに追加の酒を持ってくるようにオーダーをした。それからゲストルームの方を確認するように見れば、綺麗にベッドメイキングが施されたセミダブルのベッドが視界に入る。

    「あっちは使わなそうだけどな」

     凡そアイドルらしからぬ不敵な笑みを浮かべてそう呟く九井。この様子ならもう少し酒を入れてベッドへ引き込んでしまえば良い。男同士なんて無理な奴はそりゃあ無理なんだろうが、相手は自分へファンとしてではあるが好意を持っている。多分押せばいける、そう思った。

    「バスローブでとりあえず大丈夫?あとで寝る時にガウン出すね」

    「あ、うん…着なれ無いからへ、変だと思う、けど…」

    「そんな事無いよ。イヌピーなら何でも似合うと思うけどな。あ、ほら髪濡れてるじゃん。ドライヤーの場所わからなかった?」

     シャワーから出てきた青宗は濡れた髪のままに、所在なさ気に立っている。温まってほんのり色付いた肌や濡れて雫の溢れ落ちる髪はそれはもう色っぽかった。このまま口付けてベッドへ押し倒してしまいたいくらいに。
     性欲が無いなんて事は勿論無いのだが、九井は自らこんなに気持ちが高揚するような、欲を覚えるような感覚は滅多に無かった。それぐらい乾青宗という男は魅力的に映る。

    「俺もシャワー浴びて来るから、その間酒でも飲んでて。そこのテーブルに用意してあるやつ。ドライヤーもそこの鏡の前にあるから」

     そう促すと相変わらずおどおどと落ち着かない様子ながら頷いてドレッサーの前に腰掛ける。それを見届けて九井も着替えを用意して浴室へと足を向けた。ドアを閉める時、青宗の後ろ姿に真っ白な項が見えて早くあれに触れたいと思った。

     一方、自分が推しのアイドルから不埒な目で見られているなんて思ってもいない青宗はそわそわしていた。自分がまさかあのココに食事に誘われた上に同じ部屋に泊まれるなんて。
     上手い返しも何も出来ない自分なんかにも九井は優しくて、色んな話をしてくれた。眼鏡を外した素顔を見ても嫌な顔をしたり文句も言わない。やっぱりテレビや舞台で見る通り素敵な人なのだ。そんな凄い人間の部屋に自分が居るなんて信じられない。
     やっぱりこれは夢なのかもしれない。慣れない長時間の外出をして疲労が溜まってそのせいで…と考えてみたが聞こえて来るシャワーの音がその存在を感じさせる。こんな事滅多にある事では無いが、きっと地味な自分の人生史上一番の幸運なんだろうなと思う。

     シャワーから上がると落ち着かない様子で広いソファの片隅で体を縮こめて座ってるのが見える。少しでも緊張を和らげてやろうという目的で、予め頼んでおいたシャンパンのボトルを開けそれを勧めた。

    「これ飲みやすくて美味しいから寝る前にどうぞ」

    「あ、うん…ありがとう」

     フルートグラスを手渡しその中に黄金色の泡立つ液体を注いでやる。同じように自分のにも注ぐと隣に腰掛けて乾杯と微笑んで見せれば青宗はゴクゴクと勢いよく飲み干した。緊張でもして喉が乾いていたのかもしれない。すかさず継ぎ足してやる。
     その調子で暫く酒を勧めつつ自分の酒量はさり気なくセーブしておく。そうしないと明日顔が浮腫んだりしてしまうからなのと、この後の色々を考慮してだ。

    「イヌピー結構お酒強いね」

    「わかんない…あんまりいっぱい飲んだ事無い」

    「そうなの?でもまだ全然酔って無いでしょ?」

    「どうなんだろ…でも顔が、熱い」

    「ほんとだ、ほっぺ赤くなってんね」

     ふわふわとした雰囲気になって来た青宗の色付いた頬に手を触れさせても、ぼんやりとしている。先程までなら九井が触れようものならば相当狼狽えていそうなのに。これは酔って来ているという事だろう。今更だが、酒癖が物凄く悪いタイプじゃなくて良かったなと思う。それに頬が見た目よりももちもちして柔らかくて純粋に気持ち良い。

    「凄い、イヌピーのほっぺ柔らかい」

    「そうか?ココのほっぺは薄い…」

     両手で頬を包み込んでその感触を楽しんでいると、青宗もこちらに手を伸ばして来た。九井の頬を擦るように触れてくれると残念そうな顔をされた。確かに自分は顔に肉が付きにくいタイプではあるが中々失礼な反応に、えい、と頬を摘んでやる。あまりの触り心地に食みたくなる衝動を堪えた。それにふふ、と機嫌が良さそうに笑っている。

    (可愛いな)

     綺麗な顔立ちではあるがあまり表情に出ないタイプなのかと思ったが、酒が入った事で緩い表情になった。年齢よりも幼い顔をするのが可愛いらしくてこのままキスをしたいなと思う。だががっつくのは余裕の無い男みたいで格好悪い。何とか堪えて笑いかけるとココだ、とニコニコした笑みが帰ってきてキュンとしてしまった。それに我ながらキュン、てなんだよと思う。こんな感覚、久しくなって無かった。

    「そろそろ眠くない?ベッド行こうか」

    「ううん…お酒、もっと飲める…」

    「そうだね、ベッドで飲もう」

    「わかった」

     物分りよく返事をした割に酔ってるせいか、なかなか立ち上がれない様子の青宗の両腕を掴んで立たせる。そのまま腰に手を回して支えると主寝室にあるクイーンサイズのベッドへと連れて行く。
     ふらふらとした覚束ない足取りでベッドの縁に躓くようにして青宗の体が投げ出される。それも難なく受け止めるベッドの感触にふわふわだ、と笑っている青宗。これから何をされるか全く解っていない無邪気なものだ。
     その上に覆いかぶさるように乗り上げてその顔を覗き込むと、眠たそうに瞬きを繰り返しているのが見える。白い肌に色付いた頬や唇、虚ろにも見えるエメラルドの瞳が極上の食べ物に見えて喉を鳴らしてしまう。

    「んー…無理…」

     口付けようと顔を近づけた所で頬に指先が触れてきてそう呟くものだから驚いて動きを止めた。大分酔ってるように見えたが正気だったかと体を離そうかと思った。だが青宗の口から飛び出た言葉はそういう類のものではなかった。

    「ココの顔がぁ格好良い〜世界一イケメンが近くて無理〜」

     九井の顔をすりすりと撫でながらも酔っ払い全開の青宗。なんだ酔ってるのかと、安堵して今度は遠慮なく唇を寄せた。重ねるだけのそれではあったが、柔らかく少しカサついた唇の感触に自ずと高揚していく。

    「…ん?」

     キスをされた事に不思議そうな顔をしてこちらを見上げる瞳に大丈夫、俺に任せてと安心させるように髪を撫でてやる。大丈夫も何も目の前のその男こそが青宗に取って今最も危険な存在ではあるのだが。

    「そっかぁ、ココが言うなら大丈夫」

     だが酔っ払っている為に判断力が鈍りに鈍った青宗は、ふにゃりと力の抜けた様に笑う。可愛い…と、おもわずガラにも無く再び胸がときめいてしまった。こういう笑み一つで他人を籠絡させる人間が居るのだなと思った。

     「あのね、俺はココがアイドルで良かったなぁとおもってるんだ。だってココをすきになってからすごいたのしい…」

     拙い幼げな様子で話し出す青宗にうんうん、と適当に相槌を打つ。ファンからの好意や賞賛は有り難いし嬉しいものではあるが、今そのファンに手を出そうとしてるのだ。あまり純粋な気持ちを向けられると罪悪感が湧いてしまう。

    「おれ、ほんとになんにもないつまんない奴なんだけど、ココの歌とかドラマ見てるときだけ、すごく楽しくて…ずっと友達もなんも居なくて、みんなきらいだった、おれの顔もキライ…」

     言いながら顔の左側を隠すように腕で覆った。そういえば痣がある。目立たないとはいえない大きい痣ではあるが、そんな事は気にならないくらい顔立ちが好みだったから触れて来なかったが。

    「その顔の痣どうしたの?」

    「…ガキの頃火事んなって、そんで…こんなみにくい顔ココだって、いやだよなごめん…ごめんなさい…」

     さっきまではご機嫌な様子で話してたのに、途端に顔を曇らせ瞳を潤ませる。もしかしなくても触れてはいけない話題だったのかもしれない。しくじったな、と思った。
     こんな展開、面倒だしメンヘラなら手を出すと厄介だからと、いつもなら投げ出してるくらいなのに。何故だか青宗の辛そうな表情を見ていると、胸が痛くなった。目の前の彼をこのまま放っておけない気持ちになる。

    「大丈夫、醜くなんかないよ。凄く綺麗だなって思う」

     宥める為だけじゃなく、心からそう思う。隠した腕を持ち上げてシーツに落とすと、露わになったそこに口付けた。滑らかな他の部分とは違い皮膚の薄さが唇に伝わる。そんな九井の何気ない行動に、青宗は泣きそうに歪む下手くそな笑みを浮かべた。
     それを見て、もうどうしようも無いくらい胸が鷲掴みにされてしまった。恋愛がテーマのドラマや舞台なんて幾つも演じてきたというのに、九井はこの瞬間に自分が『落ちる』という感覚を覚えた。誰かに心を奪われる瞬間なんて、ドラマみたいにロマンチックな訳でも無く突然で、些細な事なんだなと思う。
     切ないような、淋しいような気持ちになって、ぎゅうと目の前の男の体を抱き締めた。

    「あったかい、こんなの初めてだ…」

    「俺がいつでも抱き締めてあげるよ」

    「…ほんとう?」

    「うん、イヌピーが寂しい時は側に居てあげる」

     柄にも無い。本当に自分はこんな事を口にするタイプでは無かった筈だ。所詮一夜の遊び。気に入れば数回は会うかもしれない。だけど特別な存在や決まった相手なんて必要としていないから、後腐れなく関係を終わらせるのが常だった。
     そうする為に必要以上に期待はさせないし、後から言質を取ったなんてならない為にも迂闊な事は口にしない。そういう人間だって筈なのに、青宗を目の前にしたら口から勝手に言葉が零れていた。しかもそれを自分は全く後悔もしていないなんて、変な感じだ。
     結局、九井はその夜それ以上青宗に手を出す事が出来なかった。抱き締めて、眠りに落ちるまでずっと髪を撫でてやっただけなんて自分でも信じ難い事だった。

     
     休日でも体は不便なもので、いつもと同じくらいの時間に目が覚めてしまう。少しの頭痛と胃の不快感に眉を顰めながら目を擦った。だんだんと視界が明瞭になっていくと、まるで見覚えの無い部屋に居ることに気付く。

    「!!?」

     寝起きて鈍った頭で隣に温かいぬくもりを感じてそっと視線を向けると、信じられない光景に一気に目が覚める。 
     驚いて声を出しそうになるのを何とか堪えるも、隣で寝息を立てている人物の顔を見て一気に記憶が蘇ってくる。とは言っても、覚えているのは途中一緒に酒を飲んでいた所まででいつベッドに入っていつこんな状態で眠っていたのか記憶が無い。
     借りたガウンは着なれないせいか、帯を残して開けている。そんな自分に対して、隣で眠る彼は殆ど乱れが無い。しかも寝顔も綺麗で格好良い。
     つい数秒見惚れてしまったが、そんな事をしている場合では無いとそっと起こさないようにベッドから抜け出した。
     それから急いで自分の服に着替えると、荷物を掴んで部屋を逃げるように飛び出した。ホテルの廊下を早歩きで進みながら、だんだんとクリアになっていく思考。世話になったのに、九井へ礼も言わずに出て来てしまい、悪い事をしてしまった。そう思ったが青宗はもう限界だった。キャパオーバーになっていた。
     もしかしたら、自分の寝顔を見られたのではないか。ただでさえ辛気臭い顔なのに、ヨダレでも垂らした寝顔だったら最悪だ。もしかしたら酔って気持ち悪い事を言ってしまったかもしれない。
     しかし何故、隣にココが寝ていたのかが全く何も思い出せない。酔った自分が勝手に彼のベッドに潜り込んでしまったとかだったら本当に最悪だ。もう九井に合わす顔が無い。と思ったが、九井からしたら大勢居るファンの内の1人に過ぎないだろう。きっと向こうもすぐに忘れるだろう。
     誰にも言えないし言う相手も居ないが、自分でも信じられないのに九井と自分が食事をして一緒のベッドで眠ったなんて不思議な話だ。
     最後の方は酔って覚えて無いのが不安でもあり、勿体無い気持ちもあるが良い思い出としてしまっておこう。
     そんな事もあったが、数日もするとあれは夢だったの、ではと思うようになった。あの九井一なのだ。まさか自分のような冴えない男とそんな事がある筈も無い。
     そうか、もしかしたらあれは自分の願望で夢とごっちゃになってんだな。自分なりにそう納得する。そうして青宗はまた極普通の日常に戻っていった。

     朝起きて身支度をして、仕事に行き、大好きなココや卍龍の音楽や映像を愉しむ。そういえば、会場限定で手に入れられた限定版のココのブロマイドはまだ袋に入ったままだ。とても格好良いから他の写真と同じように、また100均で写真立てを買って飾ろう。
     必死の思いで買ったパンフレットについていたCDは直ぐにウォークマンにいれてもう1日中リピートするくらいにはお気に入りになっている。
     あの舞台を生で見れて良かった。勇気を出して会場に行ってみて良かった。早くあの舞台の円盤が欲しいなと思う。
     推し活はある程度金は掛かるが、推しの存在で生かされてるようなものだから何も苦ではない。この調子で年一回のコンサートも行けたら良いなと思う。
     生で歌って踊る卍龍のメンバーが見れるなら絶対見たい。チケットを入手するのがまず困難なのだが。
     その日も青宗は仕事を終えて、ウォークマンでココのソロ曲を聞きながら帰路に着いた。定位置にバイクを止めると、部屋の物も一緒に刺さっている鍵を抜き取る。一階のボロアパートは外観こそ古いが中はリフォームしてあり、風呂は無くて狭いが近所に安い銭湯もあるし、男1人十分に暮らしていけていた。
     だが最近、ココのグッズの置き場で部屋を圧迫し始めている。もう少しばかり広い部屋に引っ越そうか真剣に検討している所だ。
     そんな事を考えながら適当に何か摘もうと冷蔵庫を開けた。そういえば今度卍龍のライブが映画館で上映される。そのチケットの発券は今日からではと思い出す。冷蔵庫を閉めて脱ぎ捨てた上着をまた着込む。
     そのままバイクを置いて、近所のコンビニへ向かう事にした。ついでに何か食べる物でも買ってこよう。
     歩いて5分圏内にあるコンビニに到着すると、真っ直ぐに発券機に向かう。無事にチケットを発券出来て、それを見てご機嫌で発泡酒とツマミを買いコンビニを出る。
     自動ドアの所で他の客とすれ違い肩同士がぶつかり、すみません、と頭を下げた。相手側は足を止めてこちらを見ている。これはもしかして、面倒な展開になるのでは…と恐る恐る顔を上げた。

    「あの、本当にすみませ…えっ?!!」

     駄目押しに謝罪の言葉を言いながら、視線が目の前の人物の顔を捉えた途端に驚きで声が裏返った。何故ならばそこにはココが立っている。あの国民的アイドルグループ卍龍の九井一がだ。
     帽子を被り眼鏡を掛ける程度の変装はしているが、それがココだと直ぐに解った。青宗は九井の大ファンなので。

    「あれ、もしかしてイヌピー?」

     嘘みたいな話だが、九井はこちらを知っている。認知されている。なんでどうしてという言葉で頭がいっぱいになる。自分は認知される程握手会なんかのイベントに積極的に参加する方では無い。それなのに彼にかおを覚えられている上に、あだ名まで。 
     そう、あのホテルでの出来事は全く夢などでは無かったという事だ。信じ難い事であるが、現実であった。
     久し振り、元気にしてた?なんて軽口を吐かれて何て答えたのかも思い出せない。それどころか、何がどうしてそうなったのか。気付けば自分の家にあのアイドルのココがいるでは無いか。
     狭苦しい1Kの部屋。ボロいパイプベッドの上に九井が腰掛けて、自分の写真やポスターが飾られている部屋を興味深そうに眺めている。
     本人を前にそれを見られるのが本当に恥ずかしい。ファンなのだから推しのグッズで部屋が溢れているのは普通の事だとしても、それをアイドル本人に見られるなんてどんな罰ゲームなのか。
     そう思いながらもさっきコンビニで買っておいて良かったと、ペットボトルのお茶を渡す。ありがとう、と微笑まれて顔が熱くなった。こんな至近距離で見ても九井は格好良い。写真と遜色ない。むしろ実物こそが最高。内心パニックになりながらも青宗はそんな事を瞬時に考えた。仕方がないのだ、彼は九井一のオタクなのだから。

    「そんな離れてないで隣に来てよ。」

     煎餅のような布団の上をポンポンと叩きながらと言われ戸惑った。え、そんな自分のような単なるファンが御本人の隣に座るなんて…恐れ多い、と思った。だが九井に請われたら断れるわけが無い。言われるがままに青宗はおずおずと九井の隣に座った。

    「えっ、あっ…」

     青宗が隣に座るやいなや、九井は青宗の野暮ったい眼鏡を外した。そのまま流れるような動きで適当に縛っていたゴムも外し青宗の髪を解く。あまりに自然な手つきだったもので、抵抗すら忘れてしまった。

     「やっぱり、綺麗だな」

     肩に掛かった髪を掬いあげて青宗の顔を見つめてそんな事を言ってくる。何で九井はそんな事を言うのだ。自分のこんな顔を見て、そんな事を言うなんて九井ぐらいだ。それに綺麗なのはそちらの方ではないか。
     居た堪れない心地にやめてくれ、と目を反らした。だが九井はそっと青宗の頬に触れてくるからビクッと肩が揺らいでしまう。他人から触れられのはあまり慣れていないのもあるが、九井から触れられるのは緊張してしまう。

    「なんで顔を隠すの?俺はイヌピーのこの顔好きなんだけどな」

    「お、俺は嫌いなんだ、こんな顔。綺麗なんかじゃない、火傷の痕だってあって醜いだろ…」

     今更それを言われても傷つきはしないが、子供の頃はこの火傷痕を揶揄われたりじろじろ見られるのがおても嫌だった。今だって、他人の目に晒すのは良い気分では無い。

    「そんなの気にならないくらい、イヌピーは綺麗だよ」

     それなのに九井はそんなもの些細な事だとでも言う。それから顔が近づいて来て、されるがまま動けないでいる青宗の顔の火傷痕に唇を落とした。
     突然のその行動は最早奇行だとすら思えた。それくらい青宗には今自分がされた事が信じられない。柔らかい感触と、近くなる香水の匂い。心臓が飛び出してしまいそうなくらい驚いた。

    「それに可愛いくも見える」

     などと笑いながら、今度は唇にキスしてきた。軽い触れるだけのチュッとリップ音のしたそれは正にキスと呼べるものだ。
     一体何がどうして何を血迷って九井が自分にこんな事をして来るのだろうか。驚きと戸惑いと恥ずかしさ、色んな感情でぐちゃぐちゃになってしまう。顔が燃えるように熱い。

    「な、何、なんで…」

     やっと口から出た声は掠れてて小さくてそれは情けなかった。どうして九井が自分なんかにこんな事をするのか。全くの予想外で、何をどうしたら良いのか解らない。九井の考えている事が全く解らなかった。

    「なんでって、だって俺達付き合うって言ったじゃん」

    「へ?」

     全く持って身に覚えが無い。付き合うとはなんなのだ。一体どういう話なのだ。訳が解らない。付き合うって、何処に?なんて間抜けた事は流石に思わない。否、先にキスなんてされたから青宗もそういう意味なのか?と考えられただけだ。キスさえされてなければ間抜けな顔して何処に?俺がココの行きたい所にのんて付き合えるのかな…とかもじもじしてたかもしれない。
     現実逃避さながら思考を飛ばして呆ける青宗だったが、そんな態度に九井が悲しそうな顔をした。

    「もしかして、イヌピー。あの時お酒飲んでたから忘れちゃった?それとも酒の席だけの嘘だった?」

     そんな事を言われても本当に思い出せない。九井が嘘をついているなんて思わないが、正直こんな話は困惑する。
     情けない事に後半の記憶は酒に酔って覚えていないから、そう言ったのだと言われたらそうなのかと頷きそうになる。だがやはり付き合うとは一体、何がどうしてそうなった。

    「本気にしてたの俺だけなんだ…酷いな、真に受けて喜んでたのに」

     目の前で九井がそれはもう落胆したように、がっかりした顔をしている。推しにはいつも幸せでいて欲しい。九井にそんな顔をさせたくなんてなくて、それはもう動揺した。

    「あの、ちが、嘘とかじゃなくて俺は…」

     しどろもどろでどうにか言い訳しようとしたら手を握られた。それから目を見つめてくる。九井のあの黒くて綺麗な瞳が。

    「嘘じゃないの?じゃあ本気にしてもいい?」

     推しの嬉しそうな顔が目の前にある。その顔がとても可愛いくて、尊くて青宗はキュンとしてしまう。
     それにしても本当に何も覚えていないにしても、自分はそんな事を言ってしまったのだろうか。
     だとしたら、調子に乗りすぎだろ…相手はあの九井一だ。付き合える訳が…
     でも今、九井は本気にしてもいいかと聞いてきたなと思い当たる。それはつまりそういう事なのか?と自分の考えに自分でびっくりする。

    「ココは、お、俺と付き合う気、なの?」

     まさかそんな、アイドルのココが自分なんかと。あり得ない、と思いながらも恐る恐る聞いてみればうん、とあっさり肯定されてしまった。

    「だって、イヌピーに一目惚れしちゃったから」

     心なしか潤んだ目で微笑まれてあ、この顔好きだ…と思う。一目惚れなんて俄には信じられない言葉は耳からすり抜けていたが、推しの恋をしているような顔は良かった。ドラマと同じだ。凄い。
     ファン目線でついうっとりと見惚れていたら、気付いたら何故か九井と付き合うという事に同意させられていた。
     全くどうしてそうなったのか解らないのだが、九井の話には説得力がありつい、頷いていた。自分へ一目惚れなんて未だ信じられない。だが世の中そういう事もあるのだろうか。よくわからないなと思う。
     
    「あ…でも付き合うって何するもんなの?俺、こんな歳になるまで恋人とか居た事無いし…」

    「じゃあ俺が初めての彼氏なの?嬉しい」

     恥を偲んで打ち明けてみれば、笑ってくれる九井。それに照れながらも九井が喜んでくれるなら年齢⁼恋人無し、オマケに童貞で良かったなと思う。

    「それならキスも俺が初めて?」

     そんな事も聞かれて、こんな年齢でダサいよなと思いながらも素直に頷けばぎゅうと抱き締められる。細身に見えるのに結構力は強い。それに凄い良い匂いがする。こんな事されたらドキドキして心臓が持たないと思う。

    「俺、イヌピーの事大切にするからね」

     優しい声でそう言われ、ココが自分なんかを…と信じられ無い心地だった。ふわふわしていて現実じゃないみたいな。良く解らないながらも、抱き締められてその心地良さにそっと背中に腕を回した。伝わる体温に何故だかそれを知っているみたいな気がしたが思い出せない。
     そういえば何でココはこんな東京の外れのコンビニに居たのだろうか。何かロケでもあったのか、少し疑問に思った。だがそんな事を考える余裕も無いくらい、何度も何度もキスをされて頭が真っ白になってしまった。







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    Replies from the creator

    ギギ@coinupippi

    DONEココイヌだけどココは出て来ない。
    またモブが出張ってる。
    パフェに釣られてイヌピーがJKからココの恋愛相談を受ける話。
    逞しく生きる女の子が好き。
    特大パフェはちょっとだけしょっぱい。乾青宗はその日の夕方、ファミレスで大きなパフェを頬張っていた。地域密着型のローカルチェーンファミレスの限定メニュー。マロンとチョコのモンブランパフェは見た目のゴージャス感と、程良い甘さが若者を中心に人気だった。
     そのパフェの特大サイズは3人前程あり、いつかそれを1人で食べるのが小学生からの夢だった。しかし値段も3倍なので、中々簡単には手が出せない。もし青宗がそれを食べたいと口にすれば、幼馴染はポンと頼んでくれたかもしれない。そうなるのが嫌だったから青宗はそれを幼馴染の前では口にしなかった。
     幼馴染の九井一は、青宗が何気なく口にした些細な事も覚えているしそれを叶えてやろうとする。そうされると何だか青宗は微妙な気持ちになった。嬉しく無いわけでは無いのだが、そんなに与えられても返しきれない。積み重なって関係性が対等じゃなくなってしまう。恐らく九井自身はそんな事まるで気にして無いだろうが、一方的な行為は受け取る側をどんどん傲慢に駄目にしてしまうんじゃ無いかと思うのだ。
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