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    洞天の猫を探しに行く蛍ちゃんと迎えに行くアルハイゼンのお話(両片想いのゼン蛍風味です)

    ※物書き初心者なので色々と拙い部分がありますが、楽しんでいただけると嬉しいです。

    #ゼン蛍
    ##ゼン蛍

    【ゼン蛍】恋の下萌(したもえ) しくじったなあ、と蛍は内心後悔していた。
     邸宅にいる猫の脱走を許してしまったこと。今日にかぎって着慣れた旅装ではなく、稲妻の衣である「着物」を身につけていたこと。挙句、そのまま追いかけてしまったこと。
     先の二つはどうしようもないが、残りの一つは完全に自分のミスだ。多少手間でも服を着替えるべきだった。
     他国の伝統衣装を悪しく言うつもりはないが、着崩れが気になっていつものように動けないし、長い裾が足に絡んでうまく走れない。行動が大幅に制限されている状態では当たり前のことも当たり前に出来ず、普段なら難なくこなせる小動物の捕獲にすら手こずっているのが現状である。
     踏んだり蹴ったりだ。思わずため息が漏れ出る。一刻も早く戻りたいが、連れて帰ると豪語した手前、手ぶらで引き下がるわけにもいかない。洞天の中は危険が少ないといえど、なにかの拍子に怪我をしてしまう可能性もある。
     とにかく、何とかしないと。ぐるぐると考えた末、手近な調度品に寄りかかるようにしゃがみこんだ。疲弊したままでは事態の好転は望めない。息を整えて、体力を回復して。話はそれからだ。
    「ふう……」
     ひんやりとした柱に頭を預け、滲んだ汗を拭う。……暑い。洞天内は適温に保たれているはずなのだが、ずっと駆け回っていたせいで暑くてしょうがなかった。内に着込んだ肌着のはりついた感触が不快だったが、思ったところでどうにもならない。
     噴水の水音が遠くに聞こえる。膝を抱えると、額から鼻先へ流れた汗が水滴になり地面へ落ちた。小さな染みとなったそれが瞬く間に乾いていくのをぼんやりと眺めていると、不意にそこへ影が差し込む。
     ――大きな、男の人の形。
    「気分が良くないのか?」
     どうやら完全に気を抜いていたようで、足音に気づかなかった。深く淡々とした声に顔を上げれば、緑に縁取られた紅い瞳孔と視線がかち合う。逆光で顔がよく見えない――見えたとしても彼の感情を正しく読み取れるかは正直あやしい――が、座り込んでいるのを見て心配してくれたのだろうか。
     陽の光を遮るように立つアルハイゼンに、蛍は首を横に振った。
    「ちょっと休憩してただけ。……どうしてここに?」
    「猫を探しに出たきり帰ってこないと、君の相棒が騒いでいてな。迎えに行ってほしいと頼まれた」
     問題がなければ戻ろう。言うなり差し伸べられた手を取ろうとして、躊躇する。自分は何ともないが、結局あの子を見つけられていない。中途半端に手を浮かせたまま考え込む蛍に、アルハイゼンがああ、と思い出したように付け足した。
    「心配せずとも、猫ならすでに戻っている。派手に汚れていたから、今頃丸洗いされているんじゃないか」
    「……ふふっ」
     その言い方に思わず吹き出してしまう。丸洗いって。洗濯物のような物言いだが、同時にこれ以上なくしっくりくる表現だ。抵抗むなしく泡まみれにされた姿や全身濡れそぼってふてくされた顔が次々浮かんで、止まらない。大嫌いなお風呂に連行されたのは大変不本意だろうが、散々手を焼かされた身としては若干胸がすく思いだ。綺麗にしてくれた仲間には、ちゃんとお礼を言わないと。
     ひとしきり笑ったあとで再度差し出された手を今度こそしっかりと握れば、ぐんと強い力で引き上げられた。立ち上がり着物が皺になっていないか確認してから、アルハイゼンを見上げる。
    「ありがとう。……ごめんなさい」
    「……それは、何に対しての謝罪だ?」
    「あなたの時間を無駄に割いてしまったこと、かな」
     蛍が猫を探しに行く時、アルハイゼンはまだ洞天にいなかった。おそらくここを訪れて早々パイモンから話を聞いて、探しに来てくれたのだろう。だが、彼がここを利用する理由の大半は読書と休息のためであって、こんなことに時間を費やすためではない。
     望まぬことに手を煩わせたのではないか。それだけが気がかりだった。
    「……君は失念しているようだが」
     アルハイゼンが口を開く。どこまでも迷いのないエメラルドの瞳に射抜かれて、目が離せない。
    「俺は常に自分のしたいことをする。プライベートの時間なら、尚更。以前にも話したはずだが、伝わっていなかったか?」
    「……ううん。そうだったね」
    「無駄かそうでないかは君が決めることではないし、君に関することで無駄なことは一つもない。それが俺の答えだ」
     よって、謝罪は必要ない。
     そう淀みなくのたまい背を向けた男の外套を、蛍は咄嗟に引っ張った。これ以上話すことがあるか?とでも言いたげな態度に負けじと見返す。
     ……このまま素直に言いくるめられるのは、何だかくやしい。猫を捕まえられないよりも、ずっと。
    「謝罪が必要ないのは分かったし、理解した。じゃあ、感謝なら受け取ってくれる?」
     要求はないかと問えば、目の前の男は間を置くことなく言葉を返してきた。
    「……驚いたよ。君がそんな屁理屈をこねるとは」
     そう来ると思っていた。煽るような口ぶりで相手を転がし、会話の主導権を握ろうとする。アルハイゼンの常套手段だ。
    「こねてない。あなたと同じことをしてるだけ」
     蛍は自分が相当な負けず嫌いだと自覚している。猫の捕獲に失敗したことで、心の裡は密かに燻り続けていた。そこに新たな火をつけたのは、この男に他ならない。……それに。
    (ほっとしたの)
     あなたが迎えに来てくれて。あの時確かに感じた安堵の気持ちまで、はね除けられた気がして嫌だった。自分に出来ることは限られるが、彼の願いに応えることで返せたらと思った。
     これが、蛍の「したいこと」。アルハイゼンが主義を貫きその自由を主張するなら、こちらも同様のものをぶつけるだけだ。
    「………………はあ」
     何を言われても食い下がる準備をしていた蛍に、深い深いため息が届く。アルハイゼンが致し方なく折れる時の仕草だった。
    「……ひとまず、手を離してくれないか」
     呆れ混じりの指摘に手の所在を思い出し、ごめん!と勢いよく引っ込めた。握り締めていた部分が皺になっていて、どれだけ必死だったのかといたたまれない気持ちになる。
     そうして俯く蛍の耳が、ふ、とささやかな吐息を拾った。
     ――アルハイゼンが、笑っている。
     注意深く目を凝らしても気づけるかどうか分からないくらい、淡い微笑み。
     幻かと思われたそれは本当に一瞬で、すぐ元の仏頂面に戻ってしまった。何事もなかったかのように思案に揺れたアルハイゼンの瞳が、こちらを捉える。
    「ところで君は、珍しい服装をしているな」
    「え?」
     あまりに唐突で、思わず自分の格好を確かめる。
     交差するように重なった布の合わせと、腰に巻かれた幅広の帯。邪魔にならないよう袖をたすきで締めた出で立ちは、雷神の国に住まう女性のそれと大差ない。
    「かの国の鎖国はつい最近解かれたばかりだ。当然、そこに住まう人や文化には馴染みもなく、俺にとっても未知と言えるだろう。だから、興味がある」
    「……うん……?」
    「こう言った方が分かりやすいか。――君の今の姿を観察させてほしい」
     …………なんで?
     何をどうしたらそういう結論になるのか、すぐには理解出来なかった。予想外すぎて頭の処理が追いつかない。暫しの硬直の後、時間をかけて立ち直った蛍は男の言葉を幾度も反芻した。
     つまり、自分の着物姿を見る時間が欲しい、ということだろうか。
    「……本当に、そんなことでいいの?」
     てっきりスメール国外の書籍や酒など、いわゆるおつかいに近いものを求められると思ったのに。博識なはずのアルハイゼンが向ける興味の矛先も、その基準も、分からないことだらけだ。
    「いい。理由は先程答えたとおりだ」
     こちらの反応を見ることなく、アルハイゼンはすたすたと距離を開けていく。取り残された蛍はというと、意味深に残された科白に首を傾げた。
     先程答えた。先程、先程……
    『君に関することで無駄なことは――』
    「…………っ!」
     記憶を掘り起こした蛍は、先を行くアルハイゼンに慌てて小走りで近づいた。彼の隣ではなく、その一歩後ろまで。
     そしていつもより動かしにくい不自由な足で、これ以上離されないよう、逆に詰めすぎないよう着いていく。今日一番の難易度であるのは間違いなかったが、完遂しなければいけない最重要任務でもある。
     懸命に追いかけながら、後ろ姿を見つめる。大きな背中、鍛えられた身体は、彼のぶれない精神性を物語っているようだ。実際、蛍はこの男が迷い惑う姿を見たことがない。
     いつ何時でも己の主義を曲げたりしない。この人は、そういう人。
     だからどうかこのまま、自分に歩幅を合わせないでいてほしい。振り返らないで、前だけ見ていて。
     赤く上気した頬とその意味を、悟られてしまいそうだから。
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