すきすきだいすきつきあって!「好きです!結婚してください!!」
結婚。結婚。ふーんめでたいね。朝特有のぼんやりした微睡みに体を浸している夏油は、頬杖をついたまま始業式、もとい入学式が始まるのを待っていた。急にドアが開いたかと思うと、弾丸のように飛んできた声は、宙につられたまま止まっている。朝っぱらから元気だなあと呑気に考えていた夏油は寝ぼけ眼の視線をちょいと横にずらす。瞬間、年甲斐もなく小さな悲鳴をあげそうになって飲み込んだ。いや、声が出なかったと言った方が正しいか。目線のすぐ横に、同じ制服を着た見覚えのない男が膝を立てしゃがんでいる。ふわふわとした白髪と、サングラス越しに覗く色素の薄い目がキラキラとした光をたたえて夏油を見ていた。15センチぐらい前に御座る顔はちょっとぎょっとするぐらい美しくて、ぽかりと開けた口を閉じる暇もなく白髪の彼から次の言葉が放たれる。
「絶対幸せにするから結婚してください!!」
ぎゅ、と机に置いていた手を両手でつかまれ、輝く青の瞳に目をとらえられる。え、なに、どういうこと?夏油の頭の中ははてな模様でいっぱいだったが、当の爆弾発言をかましたら相手は断られることも予想していないような目の輝きようだ。ガラス細工みたいに透き通った眼に見つめられるのがいたたまれなくなって、そっと机の方に視線をずらした。......えっと。その。
「どなたですか」
まだ桜の散り終わっていない、春のはじめごろ。”自称最強・五条悟”との出会いは、文字通り鮮烈なものだった。
♢ ♢ ♢
「そんで?五条とは仲良くなったの?」
机に頬杖をついて笑っているのは、同じクラスの家入硝子。話を聞く限り、ハンテンジュツシキ?という回復能力があるらしい。顎の上あたりで切られた茶髪が、なだらかに手に沿って落ちている。どうやら今年はこの3人が同じクラスらしい。1クラス40人ほどいるのが当たり前の状況で過ごしてきた夏油にとっては、いささか拍子抜けだった。教室も狭いし。掃除は楽そうだけど。
「いや...仲よくというか...ね......」
気まずげに逸らす目線の先には、子供のように夏油の背中に乗っかった五条がいる。春とはいえ生ぬるい陽気の中、べったりとくっつくヒト1人分の温もりはいささか過剰だった。
「…あの、暑いよ」
「ふーん」
「いやだから暑いって」
ちょっと離れて、と肩に回された手を夏油がのけようとすると、後ろに引っ張るような形で五条が避ける。
「ぐぇ、」
必然的に首が締まって、間抜けな声をあげた夏油が首ごと後ろに引っ張られた。がた、と椅子の滑り止めが床を滑る感覚。慌てて重心を前に戻し、重たい背中ごと前にかがみ込む。ドン、と鈍い音とともに椅子の脚が床に着地し、一度、二度と前後に揺れてから止まった。はァ、と夏油は詰まった息を吐き出す。高専の性質上、生徒は怪我をすることが多いと聞いたが、まさか初めての怪我が教室なんてことはないだろう。ここに入って初の負傷が、教室ではしゃぎすぎたせいです(正確に言えば夏油は何もしていないが)なんて不名誉背負いたくない。未だ首に手をかけている相手を呆れた目で見上げると、仕掛けた本人は首に手を回したまま、意地の悪い表情で夏油を見ていた。
「怒った??」
「......怒ってないよ」
「怒ってるじゃーん!」
ほらほら~と頬を触る人差し指をできる限り優しい力で押し返しつつ、夏油の額には青筋がたっていた。なんだコイツ。頭おかしいのか。まだ名前しか知らない白髪の男を、胡乱な目で見つめる。人の顔をべたべたと触って、相手が嫌がると思ってないのか?夏油の手から逃れている左手の方で変わらず頬をつつくその表情は、明らかにわざと行っているにやけ面だった。なんだコイツ。
「意外とやわらかいんだ。あ、これニキビじゃね?夜更かしはお肌の天敵ぃ」
「痛いって」
「あ、それとも何、昨夜はお楽しみでしたとかそういう感じ?やだ~まだ高校生なのに傑クンったらおませさん~」
思わず押し返す指に力が入る。今すぐこの男をぶちのめしたいという感情と、いやいやまだ一日目で問題を起こすのはまずいだろうという理性のドッカンバトルを繰り広げたところ、すんでのところで理性が勝った。夏油は頭の回る男なのだ。なおむかつくことには変わりないので、眼前にある美しい顔に手を伸ばし、そのままデコピンを食らわせた。この程度で済んだ夏油の寛大な処置と心の広さに感謝してほしいぐらいである。
「いて、」
案の定反撃が来ると思っていなかったのか、額に攻撃を受けた五条は大げさに驚き、夏油の首をロックしたまま一歩下がった。だから危ないって。
「傑が暴力振るったー!」
「......」
にこ、と口端だけあげて笑うと、うげぇ、という言葉が似合いそうな顔で五条が肩をすくめる。
「そんなに怒るなよ」
「じゃあいったん離れて」
「やだ」
「...もう別にそこにいてもいいけど、大人しくしてて」
「はぁい」
カコカコ、と片手で携帯の写真を操作していると、五条の位置からはちょうど光の反射で見えないのか、背中で右に行ったり左に行ったりともぞもぞ動く感覚を感じた。最初は夏油の結んでいる髪をいじったりして時間を潰していた五条もとうとう飽きたらしく、ぐだりと身体の全体重を夏油にかけて携帯をのぞき込む。
「なぁ何見てんの?エロ写メ?」
「教室でそんなの見るわけないだろ」
「私もいること忘れるなよ」
「だから見てないって!」
両側からいじられた夏油は釈明のように見ていた写真を二人に見せる。見せたはいいものの、2人ともそれには興味がなさそうだった。片方は一瞬目をやってはまた夏油の髪いじりに戻り、もう片方はつまらなそうに髪をくるくるといじっている。渋い顔をした夏油は長いため息をついてまた携帯の写真へと視線を戻した。なるほど家入さんも意外と冗談を言うタイプらしい。白髪の男がとびきりヤバいから霞んでいるだけで、実はこの女性もヤバい人なのかもしれない。ちょっと注意しておこう、と夏油は認識を改めた。
ようやく夏油の背中から離れた五条が隣の席に座る。時刻は日が沈むのも遅くなってきた午後5時すぎ。遅めの始業式が終わってからプリントを取りに戻った担任は、まだ来る気配もなかった。
ちら、と視線の端にうつる五条の顔には汗1つ浮かんでおらず、勿論ニキビなんてものも存在しない。というか毛穴すら見えなかった。どうなってるんだ。神様もあまりの美しさに、性格で均衡を取ろうとしたのかもしれない。ここまで完璧に作ったら性格もどうにかしてくれたらよかったのに。いつのまにか、じ、と見ていた夏油の視線に気付いたのか、ぱち、視線が一瞬噛み合い、夏油はさっと携帯に目を戻す。その一瞬を見逃さなかったようで、にや〜っと表情を緩めた五条は、椅子を引っぱってきて、頬を机にのせて下から夏油をのぞき込んだ。
「すぐるぅ」
「..何」
「結婚して!」
「...またそれか」
「へえ。ほんとに言ってたんだ」
「むしろ私が嘘ついてると思ってたの?」
「まあ半分ぐらいね」
少し意外そうな顔をした家入が片眉をあげて応じる。まあそりゃ初めて会った同性の同級生に告白されました、なんて言われたら悪い夢でも見た?とでも言いたくなるよなと思う。私だって実際そう言うだろうし。きら、と目に星をまたたかせている同級生を尻目に、なんで私なんだろうなぁと渋い顔で返した。
「今までの会話のどこに結婚したい要素があったかわからないんだけど」
「悪戯をしても怒ってこない懐の広いところに惚れました!結婚してください!」
「これは怒ってないんじゃなくて諦めてるんだよ。10点。却下です」
「それでも10点あるんだ」
「顔でね」
「じゃあずっと10点じゃん」
おもろ、と言いながら家入が薄く笑う。おもむろにポケットから携帯を取り出した彼女が、パシャリとこちらにカメラを向けて写真を撮った。角度を変えて、もう一枚。五条はというと、最初は夏油の首に絡みついたりしていたものの、変顔をしたりと自由に遊んでいるようだった。その顔でそんな顔するなよ。いやでもこれはこれでいいかもしれない。顔が整っている人間は結局何をしても芸術作品のようになるということを学んだ夏油だった。
「なんで写真撮るの」
「ゃ、天下の五条家のやつがこんななってるって知ったら売れそうだなって」
えぇ..。若干引いた目で五条の方に目をやる。
「君もいいのかい、それで」
「別に売ってもいいよ」
「やった」
「...」
なるほどどうやら高専に入るには頭のネジを一本や二本、天に捧げなければならないらしい。そういう感じね、オッケ~。天を仰いだ夏油は思考をやめた。私はまだ頭のネジを売り飛ばす予定はない。というかこいつらの仲間と思われたくない。
「で、何やってんの。引っ付き虫か何か?」
「違いますぅ。こうやってくっついとくことで俺の呪力が傑に流れて、ちょっと強くなるんだよ」
「そうなの?」
「騙されるなよ。そういう効果はない」
「ちょっとしょーこ、余計なこと言わないの」
ジト目で反論する五条に、家入がぱちり瞬きして返す。
「私のことも名前呼び?」
「いいだろ別に」
「前会った時はそんなんじゃなかったじゃん」
「家入さんと五条君は知り合いなの?」
「まぁ、知り合いって言うか、五条家は有名人だしな。顔を見たことぐらいはあるよ」
「そんなにすごい人なの?」
「それを言ったら傑だってそうジャン。呪霊操術持ちの一般人なんてそうそういねーよ」
ジュレイソウジュツ。口の中で言葉を転がしてると、家入さんが補足をしてくれた。呪う霊に操る術。なるほど、呪霊操術。呪霊を操るからか。そのまんまだな。
「これ、呪霊操術っていうの?」
「それも知らないの?ヤガセンから何も聞いてない感じ?」
「ヤガセン...?ああ、夜蛾先生のこと?」
もう愛称をつけるほど知り合いなのか。というか夏油は夜蛾以外の高専の人物を知らなかった。あとは今教室にいる同級生(ともあまり呼びたくない)面々のみである。元々夏油は都内の別の高校に進学する予定で、受験まで済ませていたのだが、急に呪術高専からスカウトが入り、色々あってこちらに入学することになった。それ自体に後悔はしていない、つもりなのだけど、と所在なさげにあごを撫でる。
「そー。高専入る時に色々聞いたんじゃないの」
「いや、なんか忙しいから入学式終わってから教えるって...」
「じゃあ俺が案内してやるよ!」
「え、先生が教室に来るって、」
「その辺は硝子が適当に言っといてくれるって!」
「えぇ...ま、面白そうだしいっか」
「いいの!?」
「ほらいくよ〜!」
「ちょっと、引っ張らないで!」
ほぼ引きずられるような形で夏油は教室をあとにした。
「んで、ここが喫煙室ね」
あちこち歩いて回った先の最後の部屋は、どうやら喫煙室らしかった。灰色のとってつけたようなコンクリートの部屋には、空気清浄機と灰皿スタンド、隅の方に折りたたみ式の椅子が置いてある。案外広かった。意外と喫煙者がいるのかもしれないし、山の中だから土地が余っているのかもしれない。
「はい、どーぞ」
「は?」
突然差し出された手の上には、見覚えのある赤と白のパッケージが鎮座している。どこから出したの、だとか、なんで赤マルなの、だとか聞きたいことはいろいろあったが、何より驚きだったのは自分が喫煙者だと思われていることだった。
「なんで?」
カマでもかけられているのかと訝し気に相手を見つめると、むしろ五条が不思議そうな顔をして小首をかしげた。
「吸うでしょ、赤マル。あ、ちゃんとミディアムね」
「......何で知ってるの」
もはや驚きとかそういうレベルではない。夏油は五条に喫煙してると言ったことがないし、しかも差し出してきたのは部屋に置いてきた自分がいつも吸っている銘柄だった。一瞬部屋に押し入られた可能性を考えたが、鍵をかけて出てきたことは記憶に残っていたので、それはないと断言できる。あくまで付き合い程度にしか吸っていない煙草の匂いが、この真新しい制服に付いているとも思えない。とはいえ彼は自分が赤マルを吸っていると信じて疑わないようだし(というか実際そうだし)、今更なんと言い訳しても無駄そうなので、おとなしく受け取ることにした。
「...............アリガトウゴザイマス」
「へーい。ぁ、そういや敬語とかいーよ、俺ら同期じゃん」
夏油が煙草を受け取ろうと手を伸ばすと、ひょいとその箱を五条が持ち上げる。何、と目線で問うと、くい、と小さく首を傾げられた。敬語は使わないことに約束しろということか。そこまでしてタバコが吸いたいわけでもなかったが、相手の言うとおりにした方がめんどくさくないだろうと思って小さく頷く。どうやら満足した様子の五条が夏油の手に赤マルを滑らせた。満足そうで何より。乾燥でざらついた手でパッケージを撫でる。蓋を開けて一本取り出し、ポケットの奥底に埋まっていたライターを取り出した。
「五条君も吸う?」
「君とか距離空く感じで寂しいじゃん」
「五条?」
「苗字嫌いだから悟で!」
「...さとる、ね」
ァ〜前言撤回。タバコ吸いたい。超吸いたい。今まで生きてきた人生の中で、こんなに煙草が吸いたいことがあっただろうかと夏油は虚な目でパッケージから出した煙草を取り出す。宇宙人のような男につるまれ、新しい生活に新しい環境、情報の洪水が起きている。夏油は思った以上に疲れているようだった。少し、呪術高専に入学したのは間違いだったかもしれない、と思う。ライターに顔を近づけ火をつけて、燻る煙を吐き出した。煙の向こうで、あいかわらず何を考えているか分からない男がほくそ笑んでいる。どうやらこんなやつでも、最強らしいし?
始めのドキドキビックリ告白邂逅から数分後、ようやく名乗った白髪の男は、『五条悟、最強だよ』となんとまぁ簡潔な自己紹介で紹介を済ませたつもりらしいが、こちとら何もわかっていない。ただ自称最強であることと、どうやら私のことが好き?らしいことぐらいしか分からない。いやただ性格が悪くて私を揶揄ってるだけの可能性もあるけど。むしろそっちの方が納得いく。
それにしても最強、ねえ。自己申告とはいえ、そんな強いようには見えないけど、と失礼なことを考える。細くはないけど、筋肉量がある方でもないだろう。近接戦闘なら負ける気はしなかった。脱いだらすごいとかそういうやつか?続く沈黙に耐えられなくなって、煙を吐くと同時に隣にいる男に話しかける。
「悟は吸わないの?」
「いや?」
「じゃあなんで持ってるの」
「傑と仲良くなりたかったから!」
「...そう」
「ど?俺気が利くでしょ?結婚したくなった?」
「しないよ」
「ええーー」
「そもそもなんで私なんだ。それこそ家入さんにでも求婚すればいいじゃないか。ホラ、なんだっけ、ハンテンジュツシキ?が使えるらしいじゃない」
「俺は傑がいいんですぅ」
「なんでなんだ...」
「ちなみにしょーこはセッターね」
「家入さんも吸うんだね」
「家入さん、じゃなくて硝子!」
「いや、それ本人に聞かないで決めていいことじゃないだろ」
「僕が許す!」
「あっそう」
宇宙人みたいな男、というのは言い得て妙で、会話は成り立っているものの、ずっと雲の上を歩いているようなフワフワとした会話だった。自分が言う言葉を予測されているかのような、というか、会話はしているものの、変化球ばかり投げられて撃ち返すことも受け止めることもできていない状態で、なんとも気持ち悪い。またぱたりと会話が止まり、居心地の悪い空気のまま相手の方に視線を向ける。五条は、じ、と煙草の火のついたあたりを見つめていた。彼にしては珍しい、無表情で静かに見つめているのを見て、黙っていれば綺麗なのになと余計なことを言いそうになった。
「吸う?」
「ん?」
「すごい見てくるから気になるのかなって」
「やー、煙草吸ってる傑の顔もかっこいいなと思って」
とたんにニコ、と表情を緩めた五条に対して、げほと夏油は咳き込んだ。予想もしていない方向から殴られ、煙が変なところに入ってむせる。私を揶揄う趣味の悪い遊びはまだ続いているらしい。そんなに人の気持ちを弄ぶのが楽しいか。楽しいんだろうなあ。どことなくイキイキしてるし。性格悪いやつだと夏油は自分を棚に上げて思う。ぴょ、と出してきた手に、何、と言うと、
「じゃあ一本ちょうだい」
とおねだりされた。
「どうぞ。もともと君のだし」
夏油がライターを渡すと、煙草を咥えた五条が目をつぶってあごをしゃくる。
「火つけて」
「はいはい」
「どうやって火つけるの」
「吸うんだよ」
す、と軽く夏油が吸い込んだのを見て頷いた五条は、ずずずと音が出そうなほど吸い込んで目をちかちかさせていた。
「...ウェ、ごほ、なんだこれ」
「そんなジュースの最後吸うみたいな吸い方したらむせるよ」
「わかんないって」
火がつかなかった煙草を持ち、恨めしげにこちらを睨む五条に、夏油は初めて笑った。そんな勢いでタバコ吸うやついる?いや目の前にいるんだけど。
「咥えて」
夏油の指示通りに煙草を咥え込んだ五条に顔を近づける。パシパシと白いまつ毛がまたたくのがずいぶん近くにうつった。
「ぇ、なに」
「吸って」
驚きながらも、先ほどよりゆっくり息を吸う五条。また着火するには早いスピードだ。
「もう少し、ゆっくり」
すう、と五条が吸うのに合わせて夏油も息を吸う。ちらちらとほの赤くなった先端が、五条の煙草にも伝染していく。てら、と光った先端が、五条のタバコの先からも薄く煙を出している。うまく火がついたようだった。当の五条はというと、口の中に煙を閉じ込めたまま、目を白黒させている。
「口開けて」
は、と素直に従って口をあけると、線香のように細い煙が立ち昇っている。指2本分ほど空いた空間に、うすら煙が溜まっていた。
「舌で、ゆっくり煙押しだすみたいに」
赤い舌がふるり、と揺れ、喉奥から前へとのそり動いていく。同時に口の中の煙が空中へと消えていった。
「どう?初のタバコ」
シガーキスなんて柄にもないことしちゃったな、と少し照れながら五条に声をかけるも反応がない。そんなに口に合わなかったか。いや合わないなら合わないってはっきり言いそうだしな。どうしたのかと俯いた顔を覗き込むと、今日一キラキラしい表情を浮かべた五条と目が合う。うわ。思わず息を呑んだ。エフェクトがかかりそうなほど輝く瞳に、ゆるんだ表情、煙草の光でうすら赤くなった頬。そのまま彫刻にでもしたら、パリの美術館にだって大目玉の展示品として飾れそうだった。視線が交じり合った瞬間、ほぼ雪崩のようなスピードで五条が抱きついてきた。咄嗟に上を向いて煙草の日が当たらないように避ける。
「好き~~~~~~~~~」
「はいはい」
コイツの好きだとか結婚しては空気よりも軽いのではないかと夏油は思っている。言葉は空気に溶け、背中に回った手に悪い気持ちはしないなァと思いながら片手で煙草の火を消す。危ないし、ね。空いている手で目の前にある白髪に手を置き、やんわりと撫でる。自分の髪よりも柔らかい。白髪に隠れていた薄く色づいた耳元を見て、なんだ、可愛いとこあるじゃんとちょっと思い直したのだった。