非実在性『実在』スター 今思えば、フィクションみたいな高校生活だった。言ってしまえば俺はなんてことないただのモブで、それでもあのときは、なんだってできる気がしていた。そういう気にさせてくれる、主人公みたいなやつが近くに居たから。
あいつは本当に実在したんだろうか。味気ない現実を目の前に、そんな馬鹿げたことを考える日が増えた。
高校を卒業してから先、現実と自分の間に一枚の薄い紙が挟まるような、淡く霞んで見えるような感覚を覚えている。俺はたぶん、あまりにも鮮烈な輝きを、そうと知らないまま目にしすぎてしまったのだ。そのせいで、あの輝きのない場所に未だに順応できないでいる。『普通』なんて枠には到底留まらないあいつのことを、あの頃の俺はただ、面白くてたまにやけにカッコいい変なやつとだけ思っていた。自分がそいつの輝きに目を灼かれて、戻れないところに立っているなんて、夢にも思わないままで。
駅構内のアナウンスと雑音が今日はどうにもうるさく思えて、イヤホンで耳を塞ぐ。また一つ現実との間に線を引いて、くたびれた革靴の先を見ながら歩く。ただ繰り返されるだけの毎日に慣れ切った自分と、夢みがちで幼い自分が、どこかちぐはぐなままだ。あんな光に出会わなければ、ここまで噛み合わないこともなかっただろう。どこかで折り合いをつけて、現実に呑み込まれて、それで終わり。そうなっていたはずだ。
あの光は──天馬司という男は、本当に実在したんだろうか。
その答えは、唐突に俺の目の前に現れた。靴の先に立っている柱。下を向いていた視線をそれに沿って上げると、何やら電子広告が流れている。近く、大劇場で行われる予定のショーに関する宣伝のようだった。なんともなしに眺めていれば、知っているよりも大人びて、それでも幼さを残す整った顔が現れて、懐かしい笑顔でこちらを見た。
主演、天馬司。演出、神代類。
高校時代、『変人ワンツーフィニッシュ』なんて呼ばれていたやつらがこんなところでも名前を共にしていて、俺はなんだかおかしくなってしまった。二人揃って、ずいぶん遠くに行ってしまったよな。輝きだけをこっちの胸に残して。俺はそのせいで、何もかもが味気なくなってるくらいなのに。
イヤホンを外して、もう一度流れ出す広告を眺める。遠い昔に過ぎ去った輝きが、そこにある。
観に行ってみようか、あいつらのショーを。きっとショーを観ている間は、何もかも忘れて、目の前の全てが煌めいて見えるんだ。失ってしまった、あの日々みたいに。
それが今の俺にとって、希望になるのか絶望になるのかは、わからないけれど。