ENN組ゆるワンドロ③(5/14)【バスルーム】荘園のバスルームは各自の部屋に設置されている。
猫足のバスタブと、その上部に設置されたシャワー。シャワーカーテンを挟んで洗面台とトイレがあり、その設計はどの部屋も変わらない。
バスタブはそれほど大きくもなく、大人が一人がゆったりと足を伸ばせるほどではないのだが、日々の疲れを取るには十分だった。
しかし、基本的に一人で使用することが想定されているこのバスルームに、一人、二人と人が増えれば当然疲れを取るどころではない。
誰もがそれを知っているはずなのに、何故ナワーブの部屋のバスルームには今ナワーブを含め三人の男がひしめいているのか。
「順番に入ればいいだろうに…」
「もうさっさと入って寝たいんですー…」
「ノートン、今日は疲れてるね」
湯を張ったバスタブに先に入っていたナワーブを手でどけて、よれよれと入って行くのはノートンだ。
大きな身体を折り曲げて湯に浸かっていくと、みるみるお湯の高さが上がっていく。ザアアとバスタブから溢れ出るのも気にしないので、立っていたイライは咄嗟にバスマットを取り上げ水害から守る。
床のタイルがみるみる冷えた湯に塗れていき、しかし広がりきることもなく湯は排水溝に流れていった。
イライがバスマットを床に戻している間に、男二人はすっかりバスタブに収まってしまう。
ひとり湯の外で仲間外れになってしまったイライは困ったように笑うと、手持無沙汰な様子でノートンの頭を撫でた。
すると、ノートンはまるで猫が威嚇をするようにじとりと睨む。最も、疲労感故か圧はほとんど感じない眼力だったが。
「イライさんががっついたから疲れたんですよ…?」
「ご、ごめん…」
“がっついた”自覚のあるイライがバスタブの側にしゃがんで目を合わせると、ノートンはぷいとそっぽを向いて湯に肩まで浸かる。そのまま湯の温もりに息をつくと、少しずつ足を伸ばしどんどんナワーブの領土を奪っていった。
二人が狭い狭いと足先で戦うので、水面がゆらゆらと揺れる。また零れてしまうとイライが慌てて宥めようとした時、ナワーブがすっと立ち上がった。
「はぁ、俺はもう上がるよ。交代しようイライ」
十分に温まったのか、それとも攻防戦に嫌気がさしたのかナワーブがイライにバスタブを譲った。
しかし、苦笑しつつもイライがナワーブにタオルを渡して、自分が湯に入ろうとした時だ。
ノートンはぐっと足を伸ばして分かりやすく入浴の邪魔をする。
「こら」
「この風呂はボクのものです」
悠々とバスタブを満喫するノートンの頭をナワーブがぺしっと叩いた。それでもノートンが足を引っ込めようとしないので、さらに叱ろうとするナワーブをイライは横から制止する。
「いいよナワーブ、私は後で入るから」
「冷えるだろう、汗かいてるんだし風邪ひくぞ」
何せしっかりと“運動“をした後だ。すでに汗は引いているものの、裸のままでは間違いなく冷えてしまう。
そんなナワーブの心配をよそに、ふと何かを思いついたらしいイライはシャワーヘッドを手に取って軽く湯を出した。
バスタブの外に湯を流すことは基本的にはマナー違反だ。
一体何をするのだろう、とナワーブとノートンが見守っている中イライは湯の温度を確認すると、それをノートンの後頭部にそっと押し当てる。
その水圧と温度の心地良さにノートンの顔が緩んだ。
「あ~…」
「おっさんか」
タオルで身体を拭いていたナワーブがふっと噴き出すように笑った。
悪くないようだと察したイライはそのままシャワーヘッドを動かして、ノートンの髪をまんべんなく濡らしていく。
バスタブの縁にタオルを置いて、その上にあらかた濡れたノートンの頭を載せた。
するとイライはシャワーヘッドを元に戻し、両手で優しく頭皮を揉んでいく。簡単なヘッドマッサージではあるが、ちょうど良い力加減なのかノートンの口が自然と開いていった。
「あー、そこ……あっ、良い…、んん~~……」
かすれた声で力の抜けた喘ぎ声をあげるノートンに、ナワーブはすっかり呆れたような目を向ける。
つい先ほどまでセックスをしていたにも関わらず、そこには色気の欠片もない。
キスマークの浮かんだ喉元を曝しながら、ノートンはもっとと強請るようにイライの手に頭を押し付けた。
「きもちいい?」
「ん~、イライさんにしては悪くないです……」
ごろごろと喉を鳴らす猫のようになっていながらも憎まれ口は欠かさない。しかし、イライからするとそれすらも可愛いと思えるのか、機嫌よくマッサージを続けている。
こめかみ、うなじから髪を洗うように指先でゆっくりと揉んでいき、時には肩のあたりまでするりと手を伸ばして筋肉をほぐしてやる。
その光景をしみじみと眺めながら、ナワーブはすっかり着替えを終えた。すると、
「……ぇっ、くしゅ!!」
「ほら言わんこっちゃない」
ずっと裸のままバスタブの外にいたイライはついに冷えてしまったらしい。
悪寒に体を震わせるイライに呆れたナワーブは、何か羽織るものでも持って来ようとバスルームのドアに手を伸ばした。
それを見たノートンがしぶしぶと言った様子で立ち上がる。イライの手を名残惜しそうにしていたが、そのままバスタブの外へ足を踏み出した。
「どうぞ、マッサージ気持ち良かったから交代してあげます」
「ふふ、ありがとう」
「普通に礼を言えよ…」
ほかほかと湯気を漂わせるノートンに代わって、今度はイライが湯に浸かった。
湯の温かさにほっと息をついていると、タオルで体を拭いていたノートンがおずおずと言った様子でイライの頭に手を伸ばす。
そして、その栗色の短髪をひとなですると、首を軽く傾げて口を開いた。
「お返し、いります?」
その時ナワーブはイライの顔がぱあっと輝いたのを見た。