『助けて、誰か助けてぇ!!』
誰かが、助けを求める声が聞こえる
目を開けるとそこは見覚えのあるエントランスだった
「ここは……、どうして……」
あの日、滅菌作戦によって焼き払われた筈のラクーンシティ警察署
俺の終わりと始まりの場所
何故また此処に……?
理解が追いつかず呆然と立ち尽くす俺の足を、ふと何かが掴んだ
『助けて……助けて……』
血に塗れた、おそらく人であったモノ
裂けた腹部からは臓物が溢れ、顔は判別出来ない程に崩れている
そのあまりの凄惨さと鼻をつく独特の鉄の臭いに、思わず吐き気を催す
「うっ…、ッ……!」
口を抑え何とか耐えるが、金縛りにでもあったようにその場から動けない
『助けて……ママ……パパァ……怖いよぉ…』
『ねえお巡りさん、どうして…?身体が痛いの、どうして……?』
ずりずりと足を引きずりすり寄ってくる肉塊"子供"達
『いや、いやいやいやァアァア!!!!』
『食べないで、死にたくなぁァァァア』
すぐそこではゾンビ共が血溜まりに沈む何かに群がっている
───嗚呼、悪夢だ
そう、これは夢だ
やけにリアルで、趣味の悪い夢
分かっている、分かっているのに、目の前の光景から目が離せない
ただ見ていることしか出来ない
助けを乞う者、理不尽に襲い掛かる現実に泣き喚く者
生きたまま皮を剥がれ、肉を喰らわれ絶叫する人々
あの日の地獄が、目の前で繰り返されていた
「くそっ……!なんだっていうんだ…!」
『助けてくれるって信じていたのに』
『どうしてお前だけ生きてるんだ』
食われていた者が、食らっていた者が、突如としてぐるりとこちらを振り向き口々に呻く
『警官は市民を守ってくれるんじゃなかったの?』
『どうして俺達がこんな目に遭わなきゃいけない?』
「どうしてって言われたって…、俺の方が聞きたいさそんなの…!」
遠くに見えるのに、すぐ近くから声が聞こえる
(やめてくれ、もうたくさんだ)
耳を塞ぎ、ギュッと目を瞑る
それからどれ程たっただろうか
辺りの空気が変わった気がして、ふと目を開けると
先程までとはうってかわり、エントランスはしんと静まり返っていた
「なんだ……?どうなってる?」
そっと聞き耳を立て辺りを警戒していると、
突如銃声と叫び声が響き渡った
『そんな…クソッ……止まれ!次は当てるぞ!……それ以上来ないで……やめてくださいマービンさん…!!』
『ヴゥ"……ア"ァア……』
声のした方を振り向いてみれば、あの日のまだ未熟だった自分と、その目前に迫る変わり果ててしまった恩人がそこに居た
(ああ……そうだ……
間に合わなかったんだ、そして俺は彼を……)
己を思い、生きろと言ってくれた人を
この手で撃ち殺した
過去の出来事を思い出し
心に暗い影がさした瞬間
『───あぁああッ!!…いっ…ッあ…!はな、せ…!このっ……!!』
突然聞こえた悲鳴にハッと顔を上げると
そこには肩口に食い付かれ藻掻く自分の姿があった
噛み付かれた、自分が
あれはもう助からない、助けようがない
バランスを崩し押し倒された青年に
化け物が次から次へと群がっていく
噛みつかれ、尋常でない力で肉を引きちぎられていく己の姿が視界に映る
『い"っ……いだい"ぃあ"ぁあ"あ"!!あ、あ"ぁあ"……ッ、ぁ………』
青年はあまりの激痛に金切り声をあげ暴れていたが、次第にその瞳からは光が失われていき、ビクリビクリと数回身体を大きく跳ねさせとうとう動かなくなった
(死んだ……のか……)
あの日、1歩間違えば自分もあんな風に死んでいたのかもしれない
そう思うと、一気に血の気が引いていくのを感じた
化け物達は、もう1人の自分の亡骸に食らいついている
するとその数体の視線がふと此方へと振り向き、ゆらりと立ち上がった
「おいおい、嘘だろ…?」
身構えようにも、身動きは取れない
まさか、まさか俺まで…?
そんな、夢だろうこれは……!!
『ガアァアッ……』
手を前に出し、ゆらりゆらりと近付いてくる化け物達
更にその後ろでは、貪り喰われていた筈の己がずるりと地を這い色彩を失った瞳でこちらを眺めていた
そんな、そんな……まさか
そんな……!!
「───ッはぁ!!」
あと少し、化け物の手が喉元へ差し掛かる瞬間、冷たい空気が一気に肺に送り込まれ現実へ引き戻された
見知った風景に、ホッと胸を撫で下ろす
極度の緊張状態にあったと思われる身体は、じっとりと汗をかき震えていた
「…………生きてる」
俺が辿らなかった、もうひとつの結末
有り得たかもしれない過去
まさか、まさか自身が死ぬ瞬間をあんなにもまざまざと見せつけられるなんて思いもしなかった
あの光景が脳裏にこびりついて離れない
何より、死の間際の己の顔が忘れられなかった
激痛に喘ぎ絶望に打ちひしがれる中、最期の最期に
(……俺は笑ってた)
あまりの痛みに狂気に堕ちたのか?
いや、いや違うあれは………
絶えぬ絶望と重責から解放された、そんな安堵の表情の様に見えた
(馬鹿だな。死を選ぶなんて、そんな選択肢は俺にはないだろ……)
夢であったとしても、その様な可能性を見ていた己に嘲笑する
そう、今やこの命は自分だけのものではない
数多の犠牲の上に立ち、無辜の人々を守る為に生かされている
もう後戻りなど出来ない
半ば強制であったとはいえ
そういう生き方を自分で選んだのだ
(そう……だから俺は……)
先の見えない、終わりのない戦いだとしても
この命が尽きるまで、決して銃を置くことは
無いだろう
いつの日か、皆が笑顔で安心して暮らせるように
ただ、それだけを願って