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    浬-かいり-

    @Kairi_HLSY

    ガルパ⇒ハロハピの愛され末っ子な奥沢が好き。奥沢右固定。主食はかおみさ。
    プロセカ⇒今のところみずえなだけの予定。

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    ここみさ

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    「キミと夜明けを迎えたら」と「夜明けを迎えた先」の間くらいのはなし それは、大学1年生の夏。夏休みに入ってすぐのことだった。

     同じ学部の友人が、あたしから借りてそのまま返すのを忘れていた辞書を返したいからと、最寄りの駅まで出かけて行った。そんなすぐ済む用事にいちいち美咲を付き合わせてしまうのも悪いし、人が多い駅にもあまり連れて行きたくないから黒服さんを行かせようと思ったのだけど、「急に黒服さん来たら大学の人びっくりするって。少しくらい待てるから、こころが行きなよ」って言われてしまった。
     それでも美咲を家に置いていくのは心配だったから、黒服さんの一人に付き添いをお願いした。
     友人から辞書を受け取って、お礼に食事でも奢るから行かないかという申し出を丁寧に断って家路を急ぐ。途中、あたしに付いてきた黒服さんに呼び止められた。


    「こころ様。家に残っている者から連絡が入りました。その、奥沢様が、」


     全て聞き終える前に、全速力で走り出した。嫌な予感がする。胸がざわざわする。
     美咲の家、開け慣れたそのドアを開ける。


    「美咲っ!」


     部屋の中は凄惨なものだった。

     綺麗に片付いていた筈の部屋の中は物が散乱していて、まるで泥棒が入った後みたいだった。ペットボトルや参考書、筆記用具が床に散らばっている。
     一番酷いのはテレビ。電源が落ちて真っ暗な液晶画面にはヒビが入っていて、後ろにひっくり返って倒れていた。
     美咲はベッドの上で、うつ伏せになっていた。眠っている、というより倒れているようだった。その傍で、留守を任せていた黒服さんが珍しく戸惑った顔をして立ち尽くしている。
     やっぱり無理にでも一緒に居てあげるべきだった。ベッドに腰掛けて、ボサボサになってしまった美咲の髪を撫でる。


    「美咲」


     名前を呼べば、ぴくりと反応した美咲がそっと顔を上げた。
     眉を下げた頼りない顔の美咲のブルーグレーの綺麗な瞳は、今はゆらゆらと揺れていて、今にも洪水を起こしてしまいそうだった。


    「こ、こころ、」


     震える声でもなんとかあたしのことを認識して名前を呼んでくれたのでほっとする。
     抱き起こして、頭を撫でながら幼い子供にするみたいに背中をポンポンと優しく叩く。
     本来の美咲だったら、恥ずかしがったり嫌がったりしてしまう扱い方。でも不安定な今の美咲には安心できるみたいで、ぎゅうってあたしにしがみついた。


    「ごめん、ごめんなさい、あの、」

    「大丈夫、怒ってないわ。驚いただけよ。何が怖かったのか教えてくれる?」


     首をフルフル振りながら謝罪を繰り返すから、怒ってる訳ではないと教えてあげる。ゆっくり優しく問い掛ければ、暫しの沈黙の後に美咲がもぞりと動いた。


    「…………あれ」


     美咲が指差したのは、ひっくり返ったテレビだった。指を差している今も尚、あたしにしがみついてテレビを見ようとはしない。
     テレビに何か怖いものが映ってしまったのだろうか。記憶を取り戻した美咲の精神状態は不安定だ。何がトリガーになってパニックを起こすか、あたしも、美咲本人でさえも分からない。


    「……真っ暗、だったから、それで、」


     合点がいく。どうやら美咲は、真っ暗な液晶画面が怖かったようだった。
     目隠しをされて襲われたせいで、暗所恐怖症になってしまった美咲。記憶が戻る前も暗い所は怖がっていたけれど、こんなに酷くはなかった。


    「そうだったの。置いて行ってしまってごめんね」

    「ううん、……あたしも、ごめん」


     美咲が謝る意味が分からなくて首を傾げていたら、肩口が濡れる温かい感触。泣いているのだと分かった。


    「……こころに、迷惑掛けてばっかりだ。本当は心配掛けたくないのに、情けないとこばっか見せてて、……もういやだ」


     震える声の弱音は、嗚咽と共に零れて部屋に溶けていく。……これは、相当まいっているみたいだ。


    「……ねえ、美咲。ちょっと前の話をしてもいい?」

    「……なに」

    「楽屋であなたを見つけた時ね、あたし何にも出来なかったの。駆け寄ったのは薫とはぐみで、救急車を呼んでくれたのは花音。あたしは立ち尽くしてるだけだったの」

    「……」


     倒れる身体を薫がタオルで包んで、虚ろな目にはぐみが必死に名前を呼んで、怪我の様子を見て花音が電話口でそれを伝えて。あたしが我に返ったのは、救急車のサイレンが聞こえてきた時だった。
     入院した時だって、あたしは何も出来ていない。やっと、やっと彼女に寄り添えるようになったのだ。


    「自分のことが情けないって思ったわ。でも、……いいえ、だからこそ、今こうして美咲の傍で支えられるのがとっても嬉しいの」


     目の下、大分濃くなってしまった隈をなぞる。


    「美咲、眠いでしょう? 今日はずっと付いててあげられるから、少し寝ましょう」

    「……やだ。寝たくない」


     また首を振る。
     寝付きも悪いし、眠りも浅い。毎日のように悪夢を見るから、寝ることすら怯えて。処方された睡眠導入剤もあまり効いていない。
     あたしは医者ではないから、具体的な解決策やお薬は出せない。けど、ずっと傍にいることはできる。


    「大丈夫、楽しい話をしましょう! そうすればきっと怖くないわ」

    「……そんな、気休めな」

    「あら、気休めなんかじゃないわ! ほら、横になって」


     ベッドに一緒に横になって、布団を掛ける。


    「取り敢えず夕食の時間まで寝ましょうか。何か食べたいものはある?」

    「……食べたくない」


     否定の言葉に対しては「そう」って短く返事をする。本当は何か食べて欲しいけれど、今は眠らせるのが最優先だ。後でお粥かゼリーでも用意してもらおう。

     頭を撫でながら、楽しい話を続ける。最近見たあたしの夢の話。ハロハピの話。夏休みに一緒にしたいことの話。これからの楽しいことに、美咲がワクワクできるように。
     そうして話し続けていると、やがてうとうとと微睡んできたようだった。


    「ねえ、美咲はどんな夢が見たい?」

    「…………あのね、———」


     散らかった部屋の中、穏やかな空気に包まれて美咲はゆっくり目を閉じる。程なくして聞こえる寝息。
     その日はいつもよりも、ほんの少しだけよく眠れたみたいだった。
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