一方その頃、一人本気で迷子になっていた カウントダウンが始まった。同時、床を蹴って走りだす。ベッドの下、カーテンの裏、彫刻の陰。早く身を隠さねばならない。モタモタしていると追手に勘付かれてしまう。
そんな切羽詰まる状況の中、美咲はクローゼットの扉を開けてそこへ潜り込んだ。扉を内側から閉め、真っ暗の中で息を殺す。ぱたぱたぱた、と忙しない足音が扉越しに聞こえてきた。美咲は息が漏れないよう、口を塞いで身構える。
それは徐々に近付いてきて、外側から扉が開けられた。入ってくる光が眩しくて、美咲がびくりと肩を跳ねさせ目を細めながら、現れた相手をそっと見上げた。
「……薫さん?」
「美咲!」
薫は美咲と目が合うとほっとしたような表情になり、そのままクローゼットの中へと入ってきた。ぱたん。内側から扉を閉める。
クローゼットの中は狭く、とてもではないが女子高生二人が入って余裕が持てるような広さではない。順って、二人は密着する形になる。薫が側面に両手をつくと、彼女よりも背が低い美咲はその中へ閉じ込められるような体勢となった。
「薫さん、あたし一人でも大丈夫だから」
声を潜めながら、美咲は首を振って薫の肩を押した。しかし、ぐっと体重を両腕にかけた薫の身体はびくともしない。同じように声を潜めながら、美咲の耳元に顔を寄せ、
「安心してくれ。美咲は私が守る」
至極真面目な顔で、そう囁いた。暗闇の中でも分かるその真剣な眼差しに、美咲は一つ溜息を吐いて。
「……いや、かくれんぼしてるだけじゃん」
そう呟いた。だだっ広い弦巻邸で行われた第×会かくれんぼ大会(こころ主催、弦巻家全面協力)。屋敷全体を使った5人でのかくれんぼは確かに果てしないが、鬼役であるこころの野生的とも言える勘によって発見されるのは時間の問題である。
「二人同じところに隠れる必要なんてないから! どいて———、」
「しっ、美咲」
薫の手に口を塞がれて、美咲は咄嗟に息を止めた。二人で視線を、閉められた扉へと。
耳を澄ませば、スキップのような軽い足取りの音。恐らくこころだろう。楽しげな鼻歌も聞こえてくる。
確かに歌が遠退いたのを確認してから、薫は視線を美咲へと戻し手を離す。
「……そういうことさ。大丈夫、美咲のことは絶対に守るよ」
「いや、守るって、かくれんぼでどうやって?」
ここを開けられたら、守るも何も二人揃って一発アウトだ。一番最初に見つかって、罰ゲームである“ハロハピの好きなところを一つ言う”(こころ考案)のは出来るだけ避けたいところだ。普通に恥ずかしいので。
とにかく見つからないようにするには、息を潜めて動かないことだ。物音を立てれば、勘の良いこころにはすぐ気付かれる。
そう美咲が思案していると、急に薫に身体を抱き締められた。
「はぁ!?」
素っ頓狂な声を思わずそこそこ大きな声で上げてしまう。ハッとしてすぐに両手で口を塞いだが、特に外からは何も聞こえてこない。どうやら別の場所を探しているみたいだ。助かった。
ほっと息を吐くが、問題は全く解決してはいない。何故自分は抱き締められているのか。ひそひそと囁き声で抗議する。場所が狭く抵抗して暴れたが最後、衝撃で扉が開きそうなので大人しく受け入れるしかない。
「いや、ちょ……、薫さん、何してるの!?」
「言っただろう、君を必ず守ると」
「いやあの、だから、」
「美咲……! この身に変えても、君を守ると誓おう!」
あっこれなんかスイッチ入っちゃってるわ。なんかあたしの知らない世界に入っちゃってますね。
まるで二時間の長編大作映画の主人公のように台詞を紡ぐ薫と対照的に、美咲は呆れ返っている。自分達を探しているのはゾンビでも闇の組織のエージェントでもない。所属しているバンドのボーカルだ。
「嗚呼、怖いだろう? 可哀想に……」
「いや別に怖がってませんけど」
気のせいでは?
抱き締めてくる力が更に強くなり、美咲は息を呑む。
(……っ、こんなん、かくれんぼどころじゃないって……!)
狭い密室の中で抱き締められ、身動ぎも許されない密着した状態。声は近く囁き声はダイレクトに耳へ届き、お互いの体温が伝わり、息を吸えば相手の香りが肺を満たす。
相手の表情を読み取るのがやっとなくらい此処が暗くて、美咲は心底安心した。真っ赤であろうこの顔を、薫に知られる訳にはいかなかったから。
心臓が持たないから早く見つけて欲しい筈なのに。見つけて欲しくないと反する思いを持っているのは、この状態を他の人に見られたくないからか。それとも、まだ此処に居たいからなのか。
———軽快な足音が、また近付く。
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#イラストを投げたら文字書きが引用RTでSSを勝手に添える
https://twitter.com/koshianko323/status/1298572594212253696s=21
こしあんこ様より、イラストお借りさせて頂きました。有難う御座いました!