Good-by, sweet Whiteday. 「お客さん、みんな喜んでくれて良かったですね」
ホワイトデー公演の帰り道。薄暗くなり始めた道の中で美咲がぽつりと零した。公演は大成功に終わり、バレンタインに愛を向けてくれた子猫ちゃん達もとても喜んでくれた。
美咲も公演で披露する曲を作ってくれたり、裏方の仕事を手伝ってくれたりと、去年に引き続き世話になってしまった。本当に感謝が尽きない。
「美咲、まだ時間はあるかい?」
ホワイトデー終了まで残り六時間。美咲を家に送り届けている途中だが、まだやらなければいけないことがある。私は尋ねながら、いつもの公園を指差した。首を傾げてから頷く美咲の手を引いて公園のベンチへ。
既に時報のチャイムが鳴った後の公園に人の姿は殆どなく、春特有の強めで生暖かい風が髪を撫でていくだけだ。
「今日は有り難う、美咲。これを渡したくてね」
美咲がベンチに腰掛けてから、私は鞄からラッピング袋を取り出した。純白の袋に赤いリボン。それを大人しく両手で受け取ってから、美咲は首を傾げた。
「別にお礼なんていいのに」
「いや、感謝はしているがこれは違うよ。今日はホワイトデーだろう?」
美咲からは、バレンタインにチョコレートを貰ったから。お返しを渡すのは当然だろう。そう告げれば、美咲はほんのりと頬を染めて俯いた。
たくさんの子猫ちゃんのために捧げたホワイトデーだけど。最後だけは美咲の為だけに捧げたかったし、美咲だけの私で居たかった。だって私たちは、恋人同士なのだから。
「……うん。ありがと、薫さん」
「いいとも。開けてみてくれるかい?」
「え、今?」
頷けば、戸惑いながらも細い指がリボンを解いていく。中を開けば、薔薇を象った小さなチョコレート。ブラウン、ピンク、ホワイトの三色のチョコレートが沢山詰まった白い袋は、薔薇の花束のようになるのを狙ったものだった。
「うわ、すごい……。これ手作り?」
「ああ、張り切って作ったよ。味は保証するさ」
「……というか、量もすごくない? 何個入ってるのさ、これ」
「101個だよ」
「101個!?」
美咲が驚いたように目を見開いて、それから呆れたように笑った。張り切り過ぎでしょ、と口では言うが赤くなった頬を隠せてはいない。張り切ったのもあるけれど、美咲への想いを形にしたくて精一杯考えた結果だ。
美咲の指がピンク色のチョコレートをつまみ、まじまじと見つめる。私は彼女みたいに器用じゃないから、ただ型に流し込んだだけのものだけれど。それでもこれは、美咲だけの為に想いを込め作った“特別”だ。
「……食べていい?」
微笑んで頷けば、口の中にチョコレートが放り込まれる。ピンク、ホワイト、最後にブラウン。一個ずつ味わうように咀嚼されていく様子に、柄にもなく緊張してしまった。
「うん、おいしい」
「そうか、良かっ———、」
安堵してほっと息を吐く間もなく、言い切る前に美咲の指によって何かが口の中に捩じ込まれた。口内で溶ける甘い味に、ほんのり甘酸っぱいストロベリーの香り。
目を丸くして視線を落とすと、得意げな顔をした美咲が笑っていた。
「お裾分け。こんなに沢山、一人じゃ食べきれないし」
まあ薫さんから貰ったものなんだけどね。そんなことを言いながら眉を下げて笑う君が愛おしい。
もう一個、と強請るように口を開ければ、流石に顔を赤くしてしまった美咲が、それでもブラウンのチョコレートを差し出してくれた。