特にそういうオチは求めてなかった まだ残暑が残る夏休みの夜。弦巻家にハロー、ハッピーワールド! の五人は集まっていた。
畳の部屋に敷かれた布団の上に正座する五人。真っ暗な部屋の中、彼女達が囲む一本の蝋燭の火だけが揺らめいていた。
「それじゃあ第一回! ハロハピ怪談大会を始めるわよ!」
おどろおどろしい雰囲気に似つかわしくない、弦巻こころの明るい号令が響く。正座して目を輝かせる北沢はぐみが拍手をして、膝を抱える松原花音が苦笑いをして、そわそわと落ち着きの無い瀬田薫が表情を硬くした。
奥沢美咲はこの状況に首を傾げた。ハロハピの普段の雰囲気とかけ離れ過ぎたこの部屋の様相に、戸惑うばかりだった。
「あの、こころ? ……なんで突然怪談?」
「この間モカがね、Afterglowのみんなで怪談大会をしたってお話ししてくれたの!」
「うん、それで?」
「あたしたちもやってみようと思ったの!」
そんな理由だと思った。ここまで準備が整ってしまえば、最早それを止める手立ては無い。怯える薫に同情しつつ、美咲は早々に諦めを決めることにした。
———こうして、若干浮ついたような雰囲気の中、くじで順番を決め、ハロハピの怪談大会が開幕するのであった。
「……これは、あたし自身の話なのだけどね」
おお、意外とそれっぽい出だし。いつもより少しだけ低く、囁くような声で語り出したトップバッターのこころの口調に、美咲達は思わず息を呑んだ。ハロハピらしくない緊張感が漂う。
「あたしの家の地下に、入ることができない部屋があるの」
蝋燭の火がゆらりと揺れ、真剣なこころの顔を照らす。外は真っ暗で、今日は風ひとつ無いようだ。
「…………」
「……え?」
口を閉ざしてしまいそれ以降何も喋らなくなってしまったこころに、痺れを切らした美咲が首を傾げ眉を寄せる。
「えっ」
「えっ?」
「えっ、話の続きは?」
「終わりよ!!」
終わり。たった一文、特にオチも山場も無く突然こころの怪談話は終わりを告げた。これには四人とも、恐怖より戸惑いの感情が強かったらしい。きょとんとした顔のままこころの顔を見つめていた。こころはにこにこと上機嫌だ。この人、怪談ってどういうものか理解してこれ企画してる??? もう疑問を口に出すことはしない。
そんな微妙な雰囲気のまま、順番は隣のはぐみへ移る。
「えっとじゃあ、はぐみはこの間テレビで観た話なんだけど……、」
珍しく神妙な顔をしたはぐみが語り出す。彼女が話すのは、とある家族がドライブで行った山の話だった。夜道を行く車は、段々見知らぬ道へ迷い込み———。
「それでね! その時急に車の前の窓に手がばーーーん!!! ってなってその後他にもばんばんばん!! ってなって車がギュイイィィーーーーンってなってギュルギュルギュルギュル」
「待って待って待って待って」
物語が佳境に入り盛り上がり出したはぐみを、美咲が食い気味に止める。首を傾げるはぐみに、美咲が引き攣った笑みを浮かべた。
「流石に勢いが良過ぎるんだけど……」
「うん、あのテレビの映像すっごく勢いがあったから、そんな風に話そうかなって」
「嗚呼、はぐみ! とても臨場感に溢れた、素敵で儚い話だったよ」
「ほら、薫さんが平気なんだもん。怖くないって」
勢い120%のはぐみの怪談はそこで強制終了となり、そのまま順番は美咲へと移る。
美咲が話すのは、ネットで見たという話。夜道を一人歩く女性が、怪異と遭遇してしまい恐怖の渦へと巻き込まれてしまう話だ。
「———で、この話はここでおしまい」
「あら、もう終わりなの? なんだかお話の途中で無理矢理切ったみたいでモヤモヤするわ」
「あはは、怪談って大体そういうものだもんね。私は結構怖いお話しだったと思うな」
「はぐみも! 怖かった……!」
「美咲は……話すのがとても上手なんだね」
こころの反応は兎も角、他三人はそこそこ怖がってくれたみたいだった。美咲はそれにちょっと安堵すると、隣へと視線を移す。
蝋燭の火だけが頼りのこの部屋では、隣に居る者の表情を見ることさえ困難だ。再び部屋に沈黙が訪れたのを合図に、花音が口を開く。
「じゃあ、今度は私の番だね。……そうだね、私がお友達から聞いた話なんだけど———、」
そう言って花音が語り出したのは、夜の学校へ忍び込んだ女子高校生達の話。話のシチュエーションとしては在り来たりなものだったかもしれない。
しかし花音の、普段よりずっと落とされた声音、抑揚の取り方、息遣い。話の臨場感と緊張感が、恐怖を演出させていく。気付けば四人は、すっかり花音の話にのめり込んでいた。
「———私の知ってる話は、ここまで。どうだった?」
「とーーーーーっても! 面白かったわ!!」
「いや……普通にすっごく怖かったんですけど……」
「は、はぐみも! 怖かったよ〜〜!!」
満面の笑みのこころと、顔を蒼くさせる美咲とはぐみ。薫に至っては返事が無いので、恐怖が限界を突破したらしい。
「どうしよーーっ!? はぐみ、絶対怖い夢見ちゃうよーーっ!?」
「だだだ、大丈夫だよはぐみ。私の手を握って寝るといい」
「そう言うんならまず握ってるあたしの手を離してくれませんかね薫さん。ていうか次、薫さんの番ですよ」
恐怖に包まれた空気を誤魔化すかのように、はぐみ達が一斉に喋り始める。声を震わせながらもいつもの調子で喋り出した薫にほっとしながら、美咲は順番を促した。というか怪談とか話せるのか、この人。
ところが薫が放った一言は、怪談よりも背筋が凍るものとなる。
「いや、私ははぐみの手しか握っていないが……?」
「えっ、じゃああたしの右手は誰が、」
「あら、後ろからあたしの両肩を掴んでるのは美咲じゃなかったの?」
「ていうかはぐみ、誰の手も握ってないよ……?」
「ふぇっ、今誰が私のお布団捲らなかった?」
「「…………」」
五人分の沈黙が訪れる。ゆらゆら揺れる蝋燭一本の火だけでは、このよく分からない状況を確認するには余りにも心許ない。かと言って、部屋の電気を点けるのも何故か躊躇われる。
「———おばけさん、あたし達とお友達になっ「そろそろ寝ましょうか!!! 明日早いですし!!!!」
口を開いたこころの口を颯爽と塞ぎながら、美咲は引き攣った声で号令を掛けた。他の三人は弾かれたように、いそいそと布団へと入っていく。美咲もこころを布団に押し込むと、素早く布団へと潜り込んだ。
やがて蝋燭の火は消えて、室内は完全な暗闇となる。最後の恐怖を誰も口にしないまま、こうしてハロハピの夏休み最後のイベントは静かに幕を閉じたのであった。