目が覚めたら、寝た時に隣にいたはずの人の姿は見えず、空いたスペースにあったのはすっかり冷えたシーツだけだった。自分も何も着ておらず素っ裸のままだったが、肩まできちんと布団がかけられていた。ぼんやりした頭でそれらを確認してから、微かに声が聞こえてくるリビングへ向かうため七海はやっと起き上がった。
同衾相手だったその人は携帯で誰かと話しているようだった。そして何故か上半身裸に下はスウェット、というスタイル。多分寝ている時に電話がかかってきて、とりあえず下だけ履いたんだろう、そう推測しながら七海はソファに転がった。まだ重い瞼を閉じ、ずるずると体をソファに滑らせていく。肘置き部分がちょうど後頭部の位置にきたところで気配に気付き目を開ければ、電話中の五条がすぐ側に立っていた。
まだ話は終わっていないようで、喋りながらじっと視線だけを向けてきている。その目とその身長、圧がすごいな。なんて思いながら七海も横になったまま睨むように見上げていた。そのうち五条は足元の方に移動し、勝手に脚を持ち上げ空けたスペースに腰を下ろした。一応脚を曲げてスペースを作ってあげたけれど、やっぱり、なんとなく、七海は曲げていた脚をもう一度伸ばして五条の太腿の上へ遠慮なく落とした。
「いてっ、あ。あーなんでもない」
電話の向こうの相手にそう言う五条に、七海はふんと思いながらストレッチするかのようにぐぐっと脚を伸ばした。めげない五条は今度は伸ばされたその脚を撫で始めた。けれど再び脚を折り曲げてその手から逃げだす七海。それに五条の視線を感じたが目を閉じて無視をした。
「…はいはい聞いてるって。分かったからもー切るよ」
面倒くさい、という態度を隠す気もないようでそうあしらいながら五条はやっと電話を終わらせた。
「…ななみ~」
名前を呼びながら、五条は七海の膝に手を置いてぐっと力を入れた。開こうとしていることに気付いた七海は、少しだけ腹筋に力を入れ手を伸ばし、五条のその手を素早く叩いた。
「いてっ」
本日二度目。学ばない、そんなことを思いながら七海は痛がる五条を知らんぷりして目を閉じ、また体の力を抜いた。
「そんなあざとい格好しといて触るなって?」
「あざと…?」
「パンツ丸見えだよ」
「…スウェットの下がそこにあるせいです」
七海は片目だけ開けて五条の下半身に視線をやった。
「いやそもそもこっちも僕のね」
そう答えた五条は七海の着ているスウェットの上、を指でつまんだ。
「これはベッドにあったので」
「そで余ってるよ」
五条が着ても余裕な大きめサイズ、七海がきたら余計そうなっても仕方がない。そう思いながら七海は腕を組んでそでを隠す。
「またそういうことする」
「…なんですか」
「うーん」
五条は起きてきた七海がはじめから、少しだけご機嫌ななめだな、と気付いていた。七海の膝を抱え込みながらその理由を考える。ちなみに今度ははたかれなかった。睨まれてはいるが。
今五条が抱えている七海の太腿の内側には昨夜の名残の痕がたくさんついている。それか?とも思うが、見えないとこならそこまで怒られない。
「ん~」
「…何唸ってるんですか」
「七海のちょっとご機嫌ななめの理由を考えてる。…起きた時隣にいなかったことか、電話してたことか、ッつめた!」
話の途中で五条が声を上げる。七海が足の裏を、五条の無防備な腹にぺたりとくっつけたのだ。
「末端の冷えって、血行が悪い証拠ですよね」
「…オマエね、言うことはそれだけ?」
五条は今度こそ七海の脚を割って、その間に体を入れた。一気に距離を縮め顔を近付ける。
「なーなみ」
さらに顔を寄せて、唇が触れるまでもう少し、というところで、七海の指が間にすっと差し込まれた。
「んむ」
「五条さん…」
「ん?」
「コーヒーが飲みたいです」
「…」
たっぷり至近距離で見つめ合ったあと、五条はは~とわざとらしくため息を吐きながらゆっくりと立ち上がった。去り際にさっとむき出しの膝小僧にキスをして。
「入れてきてあげるから、その間にちゃんと下も履いといで」
「それ、ください」
「…あざと~」
「それやめてください」
欲しいって言ったりやめろって言ったりわがまま~と、口だけ文句を言いながら五条はキッチンに立ってコーヒーの準備をする。それができ上がるまで、結局七海はソファから動くことなかった。
やっと体を起こした七海が、まだ湯気の立つコーヒーに口をつける。
「僕と付き合って良かったところってこういうところじゃない?」
「…服が着れる?」
「どんだけ僕の服好きなの」
「着心地いいです」
「安モンじゃないからね」
七海の今日の任務は午後から。本当は休みだったけれど急遽である。まだ時間はあるのでギリギリまでゆっくりしてるつもりだった。一方の五条はそろそろ出なきゃいけない。つまり五条の履いてるスウェットの下、がもらえるものもうすぐだろう。
「もう出る時間でしょう」
「はいはいじゃああげるから寂しくないように全身僕の服きててね」
「…寂しくないですよ。終わったらまた帰ってくるでしょう、ここに」
七海としては、特に深い意味無く言っていた。意識の半分は五条が入れてくれた美味しいコーヒーの方にいっていたので。五条はそれが分かってるから、しみじみと言ってしまった。
「あざと…」
「…それ、本来悪い意味ですらね」
「僕は小悪魔って意味合いで使ってるの」
「なお悪いです」
笑い声とともに足元に放り投げられたスウェット。五条はそのまま着替えるため寝室に戻っていった。その背中を睨みながら、七海はそっとコーヒーを置いて拾い上げたそれをのろのろと履いた。くるぶしがすっぽり隠れてしまったのは見なかったことにして。
彼を見送ったらもう一眠りしようか。服の肌触りの良さを堪能しながらそんなこと考えて、ソファの上で丸まりながら七海は目を閉じた。