Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    くじょ

    @kujoxyz

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Gift Yell with Emoji ⛲ 🚿 🌋 🛁
    POIPOI 9

    くじょ

    ☆quiet follow

    ・れいくんが既婚者。子どもあり。子どもの名前が「優」
    ・不倫モノではない
    ・途中でR18になるかも。そのシーンだけ乗せないかも。未定
    ・のんびり亀更新(できたらいいな)

    #降新
    dropNew

    【降新】パパと先生のLove Storyパパと先生のLove Story

     どこにでもあるような、特にこれといった装飾もない無機質な部屋。そこに何十というこれまた何の個性もない無機質な事務机が所狭しと押し込まれている。どのどれもにPC用のモニタが設置されていて、さらにその脇には、少し触れるか、そうでなくともいまにも崩れそうな量の紙の束の数々が、絶妙なバランスをとってうず高く積み上げられている。そんなモニタや書類のおかげで、机は対面しているというのに、椅子に座ろうものなら正面で向かい合っている同僚の顔を見ることはできない。
     案件がひとつ終わると、すぐに新しい案件が舞い込んでくる。そのサイクルは年々早くなっていて追いつくのも必死だ。このままでは人員が足りなくて破綻する未来もさほど遠くないかもしれない。それだけ切羽詰まっていた。
     せわしなく部屋を出入りする者こそいないものの、部屋の中にはカタカタとキーボードを叩く音が響いている。部屋のあちらこちらで相談する話し声が寄り集まって、ざわざわとした喧騒へと変わり部屋の中の音を牛耳っている。
     そんな中に、無機質な電子音が響いた。
     人々の話し声の中に機械が奏でる音はよく通る。その音に、皆が一斉に机の上に置いた、または、ポケットやカバンの中に入っているであろう自らのスマートフォンを探す。すぐに確認して自分のではないと知るや、すぐにまた元の仕事へと戻る。大半の人間が確認を終えたというのに鳴り続けているその音の持ち主が、ようやく自身のスマートフォンに気づいた。
     降谷が自身のポケットの中で鳴り続けているスマートフォンを取り上げる。
     着信画面に表示された番号を見て首をかしげる。かかってきたのは降谷のスマートフォンにある連絡帳アプリには登録されていない番号からで、しかしどこかで見たことがあるようなそれだ。見つめたままどこで見ただろうかと首を傾げて、頭の中にある記憶をたどる。十桁の数字をひとつずつ指でなぞって、その数字をどこで見たのか、深い場所から記憶を掘り起こした。
    「この番号は、まさか──」
     降谷の記憶が確かなら、それは東都内にある、とある保育園の電話番号。彼の実の娘である優が通っている園の番号だ。長い間ずっと記憶の奥深い場所にしまい込まれていて、それこそ、この番号を見たのはたった一度きり。優の入園が正式に決まった日に、万が一があったときに必要な番号だからと言って見せられた、ただそのときだけ。だから思い出すのに時間がかかってしまった。
     優に関する連絡は、基本的にはすべて母親にするよう手続きがしてある。降谷に連絡が来たということは、彼女と連絡が取れなかったか、もしくは、夫婦ともに連絡が必要なほど重大な問題があったということを意味している。
     どちらにしても、楽観視できない事態だということだけは確かだ。
     とはいえ、何の情報もないいまの段階では、なぜ降谷のスマートフォンに電話がかかってきたのか、全く検討もつかない。ぎゅっと眉をひそめた厳しい表情で画面を睨みつけ、落ち着けと自分自身に言い聞かせる。一呼吸おいてから、通話ボタンをタップした。
    「はい」
     降谷にかけてくるとは、何の用事か。なんとなくの嫌な予感にドキドキとうるさい心臓の音をわずらわしく思いながら、スマートフォンを耳にあてる。
     電話の向こうで名乗ったのは、確かに降谷が予想した通りの保育園の名前。担任と名乗る男の声にも名前にも聞き覚えはなかったが、それは降谷が一度たりとも保育園に顔を出したことがないために仕方のないことだろう。
     しかし、続けて告げられたのは、降谷が予想もしていないことだった。
    「はい。────えっ」
     優の迎えが来ていない。
     電話越しに告げられたその言葉に、頭の中が真っ白になった。
     はっきりと告げられたはずの言葉だというのに、その音がきちんと脳で言葉として処理されない。驚きすぎると思考が停止するという言葉は本当だったんだとか、これはこれで貴重な経験だとか、様々なことを考えて、なんとか頭を働かせ続ける。そのおかげか、呆けていたのは一秒に満たない程度の時間で、なんとか電話の向こうにいる声が乗せる音の意味を理解した。
     降谷が言葉を失っていることは電話越しには伝わっていないらしく、状況について詳細の説明はないまま、次いで保育園の受け入れ時間は十九時までだと説明される。
     言われて、部屋の壁にかけられている時計を見上げる。それから自分の左腕にはめている腕時計を見る。どちらの時計もすでに十九時を回っている。念の為を思って、まだ仕事に励んでいる部下のひとりに声をかけて時間を確認させる。返ってきた答えもやはり、降谷が確認したものと同じで、みな同じ時間を答えた。
     なぜ迎えが行っていないのか。訪ねようと口から言葉が出かかったが、その理由をいち保育園の職員が知っているはずはない。
     まさか、と降谷の頭の中に最悪の事態が頭をよぎる。もしかしたら、事件にでも巻き込まれたのではないだろうか。
     一気に腹の底が冷えてゆくのを感じる。
     安否を確認して、それからもしも事件に巻き込まれたのなら、何かしら手がかりが残っていないか探る必要がある。本当に失踪したのなら捜索のために手続きをして──
     とにかくまずは、早急に保育園へ行って優を引き取るのが最優先事項だ。
    「わかりました、いまから向かいます。そうですね……三十分ほど。──ええ、お願いします」
     庁舎から園までの道のりを瞬時に頭の中でシミュレートして所要時間をはじき出す。今の時点ですでに保育時間を超過しているが、降谷の申し出に間髪入れずにわかったと返事があった。
     電話をしながら帰り支度を整えると、降谷は席を立つ。幸い、降谷が抱えている急ぎの案件はない。軽く引き継ぎをしてあとのことを部下に任せると、愛車である白のRX-7に乗り込む。
     アクセルを強く踏み込んで、庁舎の駐車場から飛び出した。

     法定速度ギリギリのスピードで街の中を走り、宣言した通り三十分きっかりの時間で保育園の通用門へ横付けする。車一台分を止めることができるだけのスペースが空いているそこに、走っているままのスピードでドリフトしながら白い車体を滑り込ませて、強くブレーキを踏んだ。
     車が完全に停止するよりも早くドアに手をかける。停止するのと同時にサイドブレーキを引いて、間髪入れずにドアを開けて飛び出した。
    「優!」
     降谷の声に、帰り支度をして玄関に座っていた少女が視線を向ける。
    「パパ!」
     ぱっと花が咲いたように、少女が笑顔を見せる。そのまま立ち上がると降谷に向かって駆け出した。
     走るのにあわせてふわふわと揺れる黒い髪は、頭の高い位置でふたつに結っている。女の子らしく可愛らしいシャツにふわりとしたスカートは、朝、彼女が母親と一緒に選んだものだ。
     ドンッと小さい身体で勢いよく体当たりをする。一切揺らぐことなく難なくそれを受け止めた降谷は、優の後ろで彼女の荷物を持って立ちあがった男に視線を向けた。
    「遅くなってすみません。降谷です」
     まだ事態を把握しきれないままの降谷の表情は硬い。対外用の柔らかい笑顔を作って貼り付けるだけの余裕はなくて、睨みつけなかっただけ良かったと大目に見てもらいたい。
     しかし目があった男はそんな降谷に一切物怖じすることなく、降谷の招待を知れて安心したように表情を緩めた。
    「ああ、降谷さん。ええと、はじめまして、ですよね? 俺は──」
    「新一先生!」
     降谷の足にぎゅうぎゅうと抱きついていた腕の力を緩めて、頭だけで後ろを向く。早く来いと指示するように新一に向けた手をひらひらと上下に動かす。新一は笑顔のまま彼女の指示に従うと、膝をついてどうしたのかなと目線を合わせた。
     黒い短髪と、くりくりと大きなアーモンド型をした青い瞳。童顔だということも相まって、彼はまさに好青年を絵に描いたような青年だ。青色のシンプルなエプロンの胸には名札が縫い付けられていて、そこにはひらがなで「しんいち」と書かれている。
    「優ちゃんの担任をしてます、工藤です」
     工藤新一。そう名乗った彼は、にっこりと笑顔を浮かべて降谷に向かって右手を差し出す。降谷もそれに答えて自身の右手を差し出すと、互いに握手を交わした。
     新一が言ったとおり、降谷がこうして彼と顔を合わせるのははじめてのこと。優を毎日送迎しているのは母親で、降谷はまだ一度も担任である新一に会ったたことはなかった。それどころか、優がこの保育園に通うようになって数年目になるが、降谷はこれまでに一度もこの保育園を訪れたことがない。
     はじめて見る場所に、ぐるりと周囲を見回す。自分が置かれている状況を把握しておきたいというのは、これはもう職業病だ。とはいえ、周囲に気を張ったところでただの保育園だ。何かが起きるなんてことはまずないだろう。
     ふう、とため息をつく。
     癖になっているなと自嘲したところで、くん、とジャケットの裾が引かれた。
     見下ろすと、降谷の裾を引いているのは優。彼女は降谷が迎えに来たことが嬉しかったようで、早く帰ろうと笑顔を見せる。
    「うん、帰ろうか」
     手を繋いで歩くか迷ったが、腰をかがめるとすかさず優が降谷に飛びつく。ぴょんぴょんと続けて飛ぶ彼女の姿に、はいはいと返事をしてその小さな軽い身体をひょいと抱き上げた。
    「きゃあ!」
     急に身体が浮いて視線が高くなったことに優が目を丸くする。驚きながらも嬉しそうに悲鳴をあげる彼女は、それまで両親の迎えが来ないと不安そうにしていた表情からは一転、楽しそうに満面の笑顔をみせた。園で友人たちと楽しそうに笑っている笑顔ともまた違う、安心して身を任せられるといった表情。
     はじめて見る彼女の父親の姿に、一体どんな人物なのだろうかと多少なりとも警戒心を抱いていた新一は、彼女のその表情を見てほっと胸をなでおろした。
     降谷が嬉しそうにする優を片腕で抱きあげて、あいた反対の手で新一から彼が持っている優の荷物を受け取る。子どもが持つことができるサイズの小さなカバンと手提げ袋を降谷に渡した彼は、最後のひとつ、優の帽子をどう渡そうか悩む素振りを見せた。見れば、右には優を、左には彼女の荷物を腕いっぱいに持っている。それ以上の荷物を持つだけの余裕はない。
     新一が、手にしている最後のひとつの荷物の帽子を見て、それから降谷の頭を見上げる。仕事柄、相手が何を考えているのか、その意図を大まかに見通すことは得意だ。いまの新一の視線も例外ではなくそこはかとなく嫌な予感を覚えたが、敵意を感じるものではなく、そもそも両手に優と荷物を持っていては何もできない。とはいえ大切な愛娘の優だけは守るようさり気なく新一との立ち位置を調整する。この程度の警戒は、普通の人なら不審に思うどころか気づかれることはまずない。
     警戒を見せる降谷に向かって、新一は手を伸ばした。何をするのかと身構える降谷の、あろうことかその頭に小さな黄色い帽子をそっと乗せる。円盤型のつばがついた黄色い通園帽子がそこから落ちないようバランスを見ながら、その手をそっと離した。
    「……何を、しているのかな」
    「えっ……、あっ」
     胡乱な目を向ける降谷の視線に、新一がまずいと顔色を変える。
     サイズが合っていない帽子をちょこんと頭の上に乗せられた成人男子の図。なんともシュールなその見た目に、つい、じとりと新一に視線をむける。そんな降谷の視線にさすがにまずいと思った新一は、あははとごまかすように笑って降谷の頭の上から黄色い帽子を取って除くと、帽子だけは彼の腕に抱かれている優の頭に被せた。本人のものなのだから当然サイズはぴったりで、かわいらしい頭に黄色い帽子がよく似合っている。
     先生に挨拶をするからと、抱き上げられていた腕から下ろすようお願いした優がぴょんとそこから飛び降りると、降谷の元を離れて新一のもとへ近寄る。優は礼儀正しく頭を下げると、律儀に別れの挨拶を口にした。
     これはあくまでも降谷の目算だが、新一の身長は一七〇センチを超えている。子どもを相手にするには身長が高い方に部類されるだろう。とはいえ、そんなすらりと細身ながら均整の取れた体躯を小さく折りたたんで話をしているところは、さすがの慣れた対応だ。
    「また、月曜日な」
     新一が膝を地面について、優と視線を合わせる。帽子越しにぽんと頭をなでる彼がにっと白い歯を見せて笑いかけると、彼女もそれに答えて笑顔を見せた。
     去ってゆく親子ふたりの背中を見送りながら、新一は笑顔を浮かべたままぼうっと手を振りつづけている。いつまでも、それこそ降谷親子が園の敷地から完全に立ち去ってすっかり姿が見えなくなったというのに、まったくそれに気づいていないようで上の空のまま、ただぼんやりとふらふらと手を振りながら玄関に立ち尽くしている。
     そんな新一の様子を、彼の同僚が目にとめた。
    「工藤先生?」
     間違いなく誰もいない方向を向いたまま、突っ立って動く気配がない。そんな新一へ訝しげに声をかけるものの、彼の耳には一切届いておらず、声をかけられたことにも気づいていないようだ。
     相変わらずぼうっと外を見続けている新一は、いま見たばかりの光景をしっかりと目に焼き付けていた。
     淡い金色の髪に、褐色の肌。まじまじと見るわけにはいかず我慢したが、それでもはっきりとわかる、成人男性にしてはなめらかな肌。新一よりも少し暗くてスモーキーな青灰色の瞳は甘く垂れているというのに、反対につり上がった眉からは彼の意思の強さを感じる。
     こうやって新一が見た降谷の外見的な特徴を連ねてみると、なかなかどうして日本人離れした見た目をしている。思い返してみれば、彼の娘である優は、子どもらしくもちもちとした肌は日本人らしいバター色をしていて、髪も黒色ではある。しかし彼女の母親はセットしているのか天然なのかウェーブがかかっていたのに対してストレートだし、よく見れば瞳の色は父親と同じ青灰色をしていた。
     彼女のあの瞳は父親譲りのものだったのかと考える新一の頭の中は、今日のこのたった数分だけのことで占められていた。


     街も徐々に眠りにつこうといったころ。ようやく仕事を終えた新一は、家に帰り着くなりベッドへ身を投げてダイブした。ごろりと寝返りをうって、今日──つい先程あったできごとを思い返す。
     園の保育時間を過ぎていたし、それを指摘して迎えに来るよう請求の電話をしたから急いでいたのだろう。園の目の前に勢いよく滑り込んできた車の勢いはさることながら、慌てたように開かれたドアが少々乱暴気味に閉じられたところもはっきりとまぶたの裏に映像として残っている。
     迎えが来ないと不安そうにしていた優とふたり、玄関で迎えを待ちながら話をしていた。彼女の口からは「パパはいつもおしごとが忙しそう」「でもたくさん遊んでくれる」と思い出しながら話をしているのだろう、楽しそうな表情を浮かべている。そんな彼女の話をさらに引き出そうと新一が相槌をうつと、それがまるで呼び水になったかのように、次から次へと様々なエピソードが出てくる。そんな彼女の話に、新一の頭の中に想像される父親の人物がどんどんハイスペックになっていった。
     まさか、迎えに来た父親というのが、新一の中で驚くほど膨れ上がったハイスペックすぎる人物像の想像を超えてくるとは。
     白のスポーツカーから降りてきたのは、薄いグレーのスーツを身にまとった男。父親が迎えに来ると知っていなければ、それどころか優から父親の話を聞いていなければ、車から現れた男がまさか園の関係者だとは思わなかっただろう。
     防犯のため閉じられた門の前でどうしたものかと迷いを見せる降谷の姿に、一瞬で目を奪われた。
     職業柄、新一自身はあまりスーツを着ることはないが、しかしスーツを着た人を見ることは多々ある。それは、通勤中の人だったり、送迎にきた保護者だったりと、スーツを身に付けている人というのはさほど珍しい光景ではない。
     きゅっと首元まで禁欲的に締められたネクタイとは裏腹に、一日着ていたのだろうワイシャツも、長いこと着ているのだろうグレーのスーツも、どことなくくたびれて見える。それがまた新一の心にぎゅんと刺さる。
     それだけではない。優を迎えに来てほしいと電話をしたときに背後でざわざわと声が聞こえていたように、十中八九、迎えに来る直前まで、それこそ新一が電話をしてからも急ぎの案件の引き継ぎ等々、仕事をしていたのだろう。厳しさを多分に含んだ彼の雰囲気は、優の顔を見た瞬間、一瞬にしてふわりと柔らかいものへと変化した。
     そんな彼の笑顔がダメ押しとなる。
    「格好良かったな……」
     イケメンというのは彼のためにある言葉なのだろう。
     立って並んだときにわずかに見上げる事になったから、日本人男性としてはごく平均的な新一よりも身長は高い。スラリとした長身の体躯は細身に見えるけれども、あのグレーのスーツの下にはきちんと鍛えられた均整の取れた筋肉があるのだろう。まだ小さいとはいえ、それでも子どもをひとり軽々と、それも片腕で抱き上げる事ができるのだから、それなりには鍛えているに違いない。ちなみに、こうして毎日のように子どもたちを相手にしている新一だが、両手で抱きあげてしまえばなんとか片腕で抱くことはできる。それでもやはり、片手で抱き上げるのはできない。
     涼しい顔をしてそれをやってのけた降谷のスーツの下はどうなっているのか。気にならないかと言われれば嘘になる。嘘になるどころか、今になってそんな降谷の姿ばかりが頭に浮かぶ。
     これはあくまでも新一の想像だが、あまり筋肉らしい筋肉というものが目立たない新一とはまったく違った身体がそこにあるのだろうと、服越しではあるが、つい降谷の身体をまじまじと見てしまった。じっと顔を見つめるのも失礼だろうと視線を落としたのだと言い訳をする。
     名乗ったついでに握手を求めて淡い期待を乗せて右手を差し出したのは、純粋な挨拶という意味合いが二割、それから、もう少し降谷とお近づきになりたいと願ったのが八割と、下心が大半を締めていたことは否定しない。
     思惑通り新一の手を握り返した降谷のそれはごつごつと節だっていて力強い、まさに男の人の手といったところだ。握手を交わすために一歩近づいた彼からは、香水の香りだろうか、ほんのりとしたかすかな甘みの中に、ぴりっとスパイシーな香りがふんわりと香った。
     とはいえ──現実的な事実が脳裏をよぎる。降谷は優の父親だ。だからこそ、新一が務める園まで彼女を迎えに来て出会うことができた。ずっと彼が迎えに来ていたのならまだしも、彼が園まで来たのはむしろ今日がはじめてのこと。たとえ園の行事があっても一度も見たことがなくて、基本的に優を迎えに来ているのは彼女の母親。つまり降谷は正真正銘の既婚者で、妻帯者というわけだ。
    「叶わないってはじめからわかってるのに、なんでそうなるかなあ……」
     はあ、と重い溜息をつく。
     閉じたまぶたを持ち上げた腕で覆うと、じわりと腕に熱が伝わる。まさか既婚者に、それも教え子の親相手にこんな感情を抱くとは。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖☺👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works