WHITE大学の保健室で、個別に仕切られたカーテンを閉め切って白銀はベッドで丸くなっていた。
からからと扉が開く音と、常駐の看護師と誰かが小声で話す声が聞こえる。
離れていることと微睡の中にいることからなんと言っているかまではわからなくて、しかし足音がこちらに近づいてきたために白銀は瞼を上げた。
「白銀」
カーテンをそっと開けて覗き込んできた声は劉黒のものだ。反対を向いて横になっていた白銀は、少し億劫さを感じながらもぞもぞと寝返りを打って劉黒のほうに向きなおる。
「あ、すまない。起こしてしまったか」
「や……喉、乾いたから」
嘘ではない。朝から気分が悪く、大学に来るまでは持ちこたえたものの結局保健室に駆け込み、それから今までずっと眠っていたのだ。
「じゃあ何か買ってこようか」
「いい。鞄に、水入ってる」
「起きれるか?」
「うん……」
劉黒は勝手知ったる様子で、傍のサイドテーブルに投げ出していた鞄からペットボトルの水を取り出しながら、起き上がろうとする白銀を支えてベッドの縁に座った自分に寄り掛からせる。
ペットボトルは朝かろうじて買ったばかりのものだ。未開封のそれを、劉黒が開けて当然のように白銀の口元に持っていく。
眠気が残っていてぼんやりしている白銀は、特に抵抗もなく受け入れてこくりと小さく一口飲んでほっと息をついた。
「劉黒、なんで」
「しろがねから連絡があったんだ。具合悪そうだったのに大学に行ったと言うから」
「……あいつだって、休めって言ったのに登校したし」
ほんの少し不貞腐れる白銀に、劉黒は苦笑して頭を撫でてやる。さらりと流れる白い髪は触り心地がとてもよくて劉黒のお気に入りだ。
「二人とも休まなかったんだな。まったく、頑固なところまで似なくともいいだろう」
「うるさい」
しろがねは彼らの大学の近くにある霧葉高校に通う白銀の双子の弟だ。
未だ高校生なのは、諸事情あって一年留年したからである。
そして双子は生まれつき日光に弱いという体質も似通ってしまっていた。
今日は快晴、季節は夏。常人にとっても抗いがたい気候である今日は、二人にとっては生き地獄に等しいはずだ。
倒れることは予想できたはずなのに、二人とも意地を張って家を出てしまったのだろう。
案の定白銀は倒れそうになって保健室に避難しているし、彼がそうということは高校ではしろがねも保健室に逃げていることだろう。
「あの子には昶がつくから心配するな」
「昶……安心できない」
昶の名を聞いた瞬間、白銀は眉間にしわを寄せる。劉黒はもう慣れたものなので何も言わない。
昶はしろがねと同じ高校に通う劉黒の親戚の子で、こちらも双子と見紛うレベルで瓜二つである。四人はいわゆる幼馴染だ。
そして同じ学校に通う者同士で付き合っている二組のカップルでもある。
幼い頃から、なんだかんだと四人で行動することが多いのだが、何故か白銀は昶と、しろがねは劉黒と反りが合わない。
「昶はしろがねが泣くようなことはしないぞ。まして体調が悪い時にそんなことするものか」
「そうやって油断させておいてみたいな……こう……なんか、あるじゃん」
「想像ついてないくせに無理に結びつけようとするものじゃないぞ?」
ぽんと頭を撫でられ、白銀は何事かごにょごにょと唸りながら劉黒にすり寄る。
昶がしろがねを大事に思っていることぐらい、白銀も重々承知である。
無体を働くようなことをしないこともわかってはいるが、それはそれとして気に入らないのだ。理由なんてあってないようなもので、白銀にとっての昶は大事な弟を取った馬の骨だ。そしてしろがねが劉黒に向ける感情も恐らく似たものである。
「白銀、体調が悪いのはお前も同じだ。というかお前のほうが弱いだろう、講義は代わりに出席しておくから、日が沈むまでここにいろ」
「そんなやわじゃねえよ。お前、俺をしろがねと同一視してないか」
「そういうわけではないが……」
やわではないが、意地っ張りなことは知っている。無理をして体調を悪化させる可能性のほうが高いのだ。そうさせないために劉黒が傍についているし無理をさせるつもりもないのだが、倒れるリスクを回避できるなら大人しく休んでいてもらいたい。
これがしろがねなら、彼も意地っ張りだから一度は嫌がるだろうが、最終的には昶の言うことを聞くのだ。
「前もそんなことを言って無理をして、二週間入院しただろう。今日は普通でも熱中症になりやすいんだ、休むのは悪いことじゃない」
「………………じゃあ、ここにいて」
「え? うわ」
ぼそりと呟いた言葉を聞き返そうとして、劉黒は白銀に引っ張られてベッドに倒れこむ。
自分よりもよほど細くて軽い白銀にぎゅうと抱き着かれ、劉黒は嬉しい反面戸惑いが勝って困惑する。
「白銀?」
「お前も、今日サボれよ」
「ええ? 単位……」
「もう充分あるだろ、一回サボったって変わらねえよ。……どっか行くなら、俺日向の下で一時間くらい突っ立ってるから」
「待て待て」
謎の脅し文句にさすがに慌てる。そんなことをしたら、辛いのは白銀のほうだろうに。
腕の中で恨めしそうに見上げる青い目がほんの少し潤んでいることに気づいて、劉黒はこれが白銀なりの下手くそな甘えだと気がついた。
要はひとりで一日臥せっているのが心細いから、傍にいてほしいだけなのだ。
「わかった。傍にいよう」
「……傍にいてなんて言ってない」
「はは、離してくれないまま言われてもな」
「……」
白い頬が赤く染まっていく。まったく素直でないが、顔に出るから分かりやすい。
そして絶対に離すまいと背に回された手が、いじらしくて可愛らしい。
クーラーの効いた部屋で、愛しい彼氏に甘えられる。贅沢な一日の使い方だ。
劉黒は微笑んで白銀の額にキスをして、長い髪に指を絡ませる。
白銀は不服そうに肩口にぐりぐりと頭を押し付けてきた。
「そこじゃやだ」
「うん?」
「……くち」
林檎のように赤い頬と、消え入りそうな声で呟かれたおねだりを突っぱねる方法など劉黒は知らない。笑って布団の中で器用に屈み、小さな唇に自分のそれとを重ねた。