無題「ヴィクターさんばかりが、悪者みたいに言われるのは、おかしいです。そんなの……いじめと、同じです」
ひとりに全てを押しつけるのは、責めたてるのは、どうして組織という大きな括りになった途端に許されてしまうのだろう。
アカデミーという組織。エリオスという組織。
意見の相違からぶつかることぐらい、どこでもあることだとは思う。でも今回のこれはそんな可愛いものじゃない。
ひとり対組織なんて、ただの迫害だ。
「ヴィクターさんが、一番大変なとき……僕は、何もできなかった。誰が何と言おうと、僕が今能力を得てここにいるのは、ヴィクターさんが希望をくれたからなのに」
あの時差し伸べられた手がヴィクターさんじゃなくイクリプスだったら、僕はきっとアンノウンたちのような使われ方をしていたんだ。現時点でのデメリットにばかり目を向けて非難されている研究だけど、将来、この薬があればアンノウンたちを減らせる可能性は大きいはずだ。
僕みたいに、ヒーローになりたくてなれないひとたちの末路がアンノウンであるなら、それが、ヴィクターさんの研究で解決する。
僕でも思いつくのに、ヴィクターさんがその未来を予想していないはずがない。
「そう言えば、今の措置も緩和してくれるんじゃ……」
「――……必要、ありません」
綺麗だったエメラルドの目はくすんで、僕を見ているようで見ていない。
抑揚のないかすれた声も、傷んだ髪も、最後に会った時よりもやつれて病人みたいな肌の色も、……制服の下に隠した、無数の自傷痕も。
やさしかったかみさまを、エリオスが殺そうとする。
「ヴィクターさ……」
「貴方はきっと、素晴らしいヒーローになれますよ」
貼りつけた氷細工みたいな小さな微笑みに、背筋がぞっとした。
踵を返して、おぼつかない足取りでヴィクターさんは自分のラボへと戻っていく。
ひとときも心休まらない、牢獄へ。
閉ざされた扉に額を押しつけた。冷たい扉はそのまま、ヴィクターさんから拒絶されたような感覚に陥った。
「……貴方をすくえなきゃ、素晴らしいヒーローになんて、なれません」
僕の声も、誰の声も、ヴィクターさんには届かないのだろうか。
ヴィクターさんは全部ひとりで抱え込んでいってしまうのだろうか。
そうやって、僕たちを守ってくれているのだろうか。
「手を差し伸べることも拒絶されてしまったら、僕はどうすれば、貴方のヒーローになれますか……?」
固く冷たい扉から、当然ながら返事はなかった。