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    ミトコンドリア

    @MtKnDlA
    捻じ曲がった性癖を供養するだけの場所です

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    POIPOI 29

    『かくのみにありけるものを君も吾も千歳の如く頼みたりけり』

    相互の誕生日に捧げた👹🦊

    ▓隠し 待ちに待った夏祭りの日だってのに熱が出て、ミスタはひとり布団の中で不満げにグスグス鼻を啜っていた。
     昼には38度近かった熱も日が落ちるにつれて和らぎ、暇を持て余してウゴウゴと暴れる。少しダルい感じはあるが動けないほどではなかったので、夕食を持ってきたお手伝いの老婆に行ってもいいか訊いたのだが、案の定宥めすかされて畳の上に逆戻りである。
     壁掛け時計の針の音が畳に落ちる。ボーーン…と間延びした渦巻きリンの鈍い音が午前2時を告げた。全ての生き物が眠るこの時間を丑三つ時というのだと、ミスタは3歳のときに病気で死んだ祖父に教えられて知っていた。
     パチッと目を開けて、庭に面した障子をゆっくり開ける。冷たい沓脱石に縁側の下に隠しておいた草履を履いた足の裏をペタリとつけて、十数えた。それで誰も起きてこないのを確認してからミスタは勢いよく走り出した。裏の勝手口から猛然と家を出て、田舎のだだっ広い畦道を突き進む。真夏の生ぬるい風が火照った頰を撫でた。高い空に幾万の星がチカチカしている。蛙と虫の鳴く声を置き去りにして、珍しい鬼を祀っている神社の長い石段を駆け上がった。人々の喧騒と馬鹿囃子が近くなる。
     黒い雨の筋が幾本もある石の鳥居をくぐったところでミスタは立ち止まった。…一晩中やっているはずの夜神楽の音がピタリと止む。短い参道の両側に色とりどりの屋台が並ぶ様子は確かに楽しげなのに、全く足が動かなかった。

    「おい」

     嗄れた声が這うように響いた。…死装束の祖父が、棺桶の小さな窓から見たまんまの白い顔で参道の真ん中に立っていた。
     提灯の赤い灯りが祖父の身体をビッショリ濡らすように照らしていて、目元と鼻の横に血溜まりのように濃朱の影が落ちていた。

    「じいちゃ、」
    「ここはお前が来るとこやない。これあげるけん早うお帰り。ええか、ぜったいにそれ外すなよ。声も出すんやない。誰に呼ばれても返事したらかん。わかったらとにかくお行き」

     低い押し込めた声音が駆け寄ろうとしたミスタを突き放す。ミスタは走り出した姿勢のままでピタッと止まって、祖父の差し出す狐のお面を困った顔で見つめた。
     祖父はいつだって優しかった。ミスタがどんな悪戯をしても大抵許してくれて、雷雨で家が揺れて眠れなかったときは布団に入れてミスタが寝るまでお話をしてくれた。怒られた記憶といえば祖父の趣味の木彫りの置物を作るのに使う小刀を勝手に触ったときくらいで、それだってミスタを心配してのことだ。2歳で母を亡くし、父親が蒸発したミスタにとって、祖父だけが家族だった。
     かつてない祖父の剣幕に必死にコクコク頷いて、その手から狐面を受け取りシッカリかぶった。
     クルリと振り向いて石段を駆け下ろうとした瞬間、ザッ、ザッと雑踏の音がして、目の前が真っ黒な人混みに塞がれた。否、“人”混みではない…。
     翁、恵比寿、小面、天狗、ひょっとこ、おかめ、猿とにかく色々のお面をかぶった…幽霊たちが境内をゾロゾロ闊歩していた。全員揃って死装束を着て、青白い手首をブラブラさせながら屋台の隙間を漂っている。縊死したのだろう首の折れ曲がった女だの、溺死したのだろうビショ濡れの膨張した男だのがウヨウヨしている。
     ミスタはヒュ、と息を呑んで、爪先を丸めて一生懸命に足を動かした。目の小さな穴から必死に足元を見つめる。ぬるい息がお面の内側にこもって気持ち悪い。

    「ァ、」

     あと一歩で鳥居を抜けるというところで擦り切れた鼻緒がブチリと千切れる。転んだ拍子にお面が外れてしまった。慌てて手を伸ばすもカラカラと軽い音を立てて無情に石段を転げ落ちてゆく。雑踏すら無くなった。

    「くさいな、」
    「ッヒ」

     ガラン、ガランと背後に巨大な下駄の足音が近づいてくる。とんでもなく強い酒の匂いに脳味噌がグワンと揺れた。

    「血の、匂いだ……若い…」

     ミスタは根が生えたように一歩も動けずにペタリと座り込んでいた。擦りむけた膝と手のひらがジクジクと痛む。小さな身体をガタガタ震わせて、完全に思考を止めていた。長い汚い爪の生えた太い指がミスタの激しく上下する薄い肩にかかる。視界の端からにゅうと角が伸びてきて、ガランと一際大きな下駄の音と共に真っ赤な顔に爛々と輝く黄色いふたつ目がカッ!とミスタを見た。裂けた口が開いて中の牙が覗く。
     ア、おれはここで頭から食われて死ぬんだ。じいちゃんが聞かせてくれた昔話みたいに。ミスタはそう思って目をギュウとつむった。

    「ム。童よ、そなた……」
    「勝手をするな。それは俺のだ」

     突如、ボキンと角が折れ参道に転がる。鬼はギャッと言って煙のように消え、涼しい荷葉の香りがした。糸に引かれるように顔を上げると、まるい月を背に男が立っている。射干玉の髪が男の顔に影を作り、月の光をそのまま透かしたような瞳がひとつだけ、ミスタをジッと見下ろしていた。
     ────一つ目とは逢うたらかん。ありゃ魔性のモンや。お前が7つになったら…次は見逃してくれん…。
     いつかの祖父の声が鼓膜の奥から響く。ミスタはすっかり動転して、ただ冷や汗をダラダラ流していた。

    「坊や。どうした、こんな時間に。怪我までして」

     低い艶やかな声で問われ、ちょっと俯いてからパッと顔を上げる。

    「……。お祭りに、行きたくて…」
    「だとしてもこんな遅い時間に出歩くものではないよ。それに熱があるだろう。サ、乗りなさい」

     男は優しくそう言って、しゃがんで広い背中を差し向けた。オズオズと肩に掴まり、絹糸の髪に頬を寄せる。ゆっくりと石段を降り、もと来た道を帰ってゆく。虫も蛙も眠りに落ちて、藍色の影が足元を浸していた。

    「齢はいくつになる」
    「7才」
    「もうそんなに大きくなったのか。人の子の歩みとはかくも速い…」
    「……俺とあったことあるの?」
    「どうだろうなあ」

     喉の奥で笑って煙に巻かれた。男は上機嫌に知らないメロディを口遊む。幾万の星の輝きが男のつむじに降り注いでいた。
     …おかしい。待てど暮らせど家に着かない。見慣れた田んぼと畦道、黒々とした山々が連綿と連なっているのみである。子どもの足でも走ればすぐ着くような距離のはずなのに、来たときの2倍、3倍の時間が経っても家の一軒も見えやしない。

    「も、もうここでいいよ。帰れる」
    「まだ家は遠いだろう」
    「で、でも」
    「坊や」

     どこまでも穏やかな口調なのに首筋に冷たく研がれた刃物を当てられたような気分になって、瞼が細かく震える。男が今どんな顔をしているのかわからないのが一層恐怖を煽った。

    「…初めて逢ったのは、坊やが3つのときだったか」
    「なに…」
    「母御が往き、父御が消え、あの社で泣いていたなあ。連れて行ってくれだなんて愛いことを頼まれたが、あのときの坊やはこの世の理を超えるにはあまりに幼すぎてな。代わりに祖父御を…」
    「…………」
    「覚えていなくとも無理はない。…あのとき逢ったのは、お前ではないのだから」

     風が止む。

    「……………。なんだよ」

     “リアス”はダランと脱力してつまらなそうに目を細めた。

    「気づいてたのか」

     後頭部をガリガリかいて、皮肉げに口角を吊り上げる。7歳の少年の顔に似つかわしくない苦い表情だった。男はゆるりと微笑んだままゆっくり瞬きをする。

    「俺はコイツがアンタと逢ったときにはすでにコイツの中にいた。アンタと逢ったのが俺じゃない保証がどこにある?それが俺でないと、どうして言い切れる?」
    「坊や、」
    「リアスだ!」

     鋭く悲痛に叫ぶ。背負った細い身体が震えていて、男は驚いたように振り返った。眉根を寄せ、分厚い涙の膜の張った目を見開いて殺そうか泣こうか迷っているような顔をしたリアスは、擦り傷のある血の滲んだ手のひらで目元を覆って小さな消え入りそうな声で呟いた。

    「誰、も、俺を見てくれない…」
    「………」
    「俺じゃだめなの、ミスタじゃなきゃだめかよ」
    「…俺はお前も…リアスも愛してるよ」

     背中に染みる水滴があまりにも冷たくて、声があまりにも頼りなくて男は呟いた。リアスは目を隠したまま沈黙して、ゆっくり上を向き、引き絞るような音を出した。

    「なん、なんだよ、それえ」
    「言葉のままだよ」
    「気持ち悪ィ」
    「手厳しいなあ」

     うわあんと声を上げてリアスは泣いた。ボロボロこぼれる涙が幾万の星を反射してキラキラ光る。合間の罵倒にすら男はウン、ウンと頷いて、しゃくりあげるリアスをゆらゆら揺さぶった。
     しばらくして、リアスはグズグズ鼻を啜りながら泣き腫らしたのと羞恥で真っ赤になった顔で口を開いた。

    「……。アンタ、コイツのそばにいてやってよ」
    「ウン」
    「コイツ、すぐ泣くし、ビビりのくせに、バカだから、本当にヤバくなっても、助けてとか言わねえの」
    「ウン」
    「だから、気づいてやって。アンタが。守ってやって。コイツがひとりじゃなくなるまで」
    「…それは、お前の役目じゃないのかい」

     男が穏やかに訊ねると、リアスは困ったように笑った。

    「俺ァだめだよ。俺は自由に出てこれないし、身体はイッコだから。それに俺がコイツといっしょにいれンのは、コイツが俺のこと覚えてるまでだから」
    「頼りにされているだろう」
    「それは俺以外いなかったから。必要なくなったら俺のことなんて忘れちまうだろ。…そろそろか、無理矢理出てきたもんな。じゃアな。頼んだぜ。アイツ俺が出てきてる間のこと覚えてねえから」
    「……あいわかった。また」
    「…っ、バカじゃねえの」
    「アイタ」

     最後に男の髪をグイッと引っ張ってリアスは消えた。サアッと翠色の風が吹き、青い稲穂が波打つ。

    「……。ひさしぶり。…ヴォックス」
    「嗚呼。久しぶり、ミスタ」
    「今度は連れてってくれる?」
    「勿論」
    「リアスも、ちゃんといっしょに連れてってね」
    「勿論」

     ミスタはヴォックスの背に頰を預けたままパチリと目を開けてポソポソ呟き、またコトンと意識を失った。ヴォックスは健やかな寝息を聞きながらシッカリふたりを抱え直して、長い石段を登る。

    「土地神風情がよくも邪魔をしてくれたな」

     転がっている鬼の骸がボッと音を立てて火に巻かれて塵になり、ヴォックスはそれを忌々しげに踏み躙った。真っ直ぐに御堂に入り、ピシャリと障子を閉める。どこからともなく現れた上等の布団にミスタを寝かせ、うっそりと笑ってまろい額を撫でて口づけを落とした。


    ……
     ある夏の日、▓▓県▓▓▓村からひとりの少年が姿を消した。少年の祖父が村の有力者だったこともあり大規模な捜索が行われたが、いくら探しても行方がわからず、地元警察はこれを“神隠し”として処理した。
    およそ▓年前の出来事であるが、時たまその少年の特徴に酷似した青年と、▓▓時代末期頃からその地方の文献に散見される長い黒髪の男が村内で目撃されるという。
     これから記す文章はアイク・イーヴランド(以下「僕」)が今後の作品のための資料として▓▓▓村で収集した情報である………
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    ミトコンドリア

    DONE『義人はいない。ひとりもいない』

    職人の👹が✒️にハイヒールを作る話
    You are my, この頃は、男でもハイヒールを履く時代である。
     18世紀、ルイ王朝時代にハイヒールは高貴なる特権の象徴として王侯貴族に広く好まれた。舗装された路を歩き、召使いに全てを任せ安楽椅子に座る権利を誇示するために。今ではそれは、美というある種暴力的な特権を表すためのものになっている。
     ヴォックス・アクマはそのレガリアを作る職人のひとりであった。彼の作るハイヒー ルは華美と繊細を極め、履いて死ねば天国にゆけるとまで謳われる逸品。しかし彼が楽園へのチケットを渡すのは彼に気に入られた人間のみであり、それは本当に、幾万の星の中からあの日、あの時に見たひとつを探し出すよりよっぽど難しいことであった。

     いつものように空がマダラに曇った日、ヴォックスは日課の散歩に出ていた。やっぱり煙草は戸外の空気(そんなに綺麗なもんじゃないが)の中で吸った方が美味いもので。 数ヶ月の間試行錯誤している新作がどうにも物足りずにむしゃくしゃしていて、少し遠くの公園まで足を伸ばした。特にこれと言って見所は無いが、白い小径と方々に咲き乱れる野花の目に優しい場所である。
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    ミトコンドリア

    DONE『お前が隣に居る日々を』

    🦊が👹から逃げる話
    ミスタ・リアスの逃亡/帰還「エッ」

     ヴォックス・アクマは心の底から驚いて言った。昨日の夜中にたしかに腕に抱いて眠ったはずの恋人が、朝日が昇るのと同時に忽然と姿を消していたのである。 びっくりした猫ちゃんみたいな顔のまま空っぽのスペースをしばらくジッと見つめ、ノソノソベッドから降りた。脱ぎ散らかした服を適当に洗濯機に突っ込んで、早足で家中を回る。ベランダにもトイレにもミスタの姿はなく、ヴォックスは右手にティーカップを 持ってリビングのソファにドッカリ座り、なんとなくテレビを付けて、ついでに煙草にも火をつけてキャスターが滑舌良く話すのをぼうっと聞き流した。
     こういうことは前にもあった。朝起きたらミスタがいなくて、ほとんど半狂乱で探し回っていたら当の本人がビニール袋を引っ提げてケロッと帰ってきたのだ。起こすかメモくらい残せと詰め寄ったが、「疲れてると思って」「忘れてた」とかわゆく謝られたもんだから うっかり美味しい朝食を拵えてしまった。他にも小さい喧嘩をしてプチ家出を決め込んだりだとか、漫画だかゲームだかの発売日だったりだとか、マアしばしば あることだった。それでもこうして毎回律儀に驚いてしまうから、ヴォックスからすれば釈然としないこと ではあるのだが。
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