ひとときの永遠を誓おう 人間とは、このような金属の輪ひとつで永遠を信じられる生き物らしい。
ヴォックスはジュエリーショップの曇りのないショーケースの中にズラリと並んだ指輪を難しい顔で首を傾げてジッと眺めた。愛用のタイピンが壊れてしまったので新調するついでに何か別のアクセサリーを…とちょっと覗いたのだが、なんとなく目についてしまったのである。
「何かお探しですか?」
「嗚呼、いや。少し見ていただけで……」
「ご自分用に?それとも大切な方に?」
「…………。恋人に……」
耳にシンプルだが繊細な細工のピアスを光らせた店員のキラキラしい圧に負けて ヴォックスはぎこちない笑顔で返した。店員は「まあ素敵!」と大袈裟に言って、今年はこういうデザインが流行だとかダイヤモンドが主流だが最近は他の石も人気だとかいうことをツラツラ語った。ヴォックスは半分も聞き取れずに「ええ」 とか 「ハイ」とか適当に相槌を打っていたら、あれよあれよという間にスワロフスキーのカフスボタン と指輪を買うことになってしまった。
美丈夫が眉間に皺を寄せて腕を組んで目の前に並べられたいくつかの指輪を睨んでいる姿は店内で明らかに浮いており、フロア内の客がチラチラと盗み見ていた。
口を薄く開けたまま30分ほど熟考し、3つに絞ってさらに10分長考し、ようやっと小さなアクアマリンが嵌められたプラチナの指輪を選んだ。彼の恋人の瞳の色に似ていて美しいと思った。
店員の明るい「ありがとうございましたー」という声を背中に聞きながら回転扉をく ぐり、ヴォックスは店の前の石畳の路に立ち尽くして、右手に提げたクリーム色のショッ パーを困った顔で見つめた。
そのまま家に帰り、リビングからパタパタ走ってきた恋人に「手を出しなさい」と言って、大人しく差し出された両手の上にリングケースをキャンディでも渡すようにポンと乗せた。
恋人は自分の手の上の小さな箱とヴォックスをゆっくり見比べた。しばし奇妙な沈黙が漂う。ヴォックスは野良猫を拾ってきたことを母親に告白する子どものような顔で箱をパカ…と開いた。ベルベットの中に鎮座する細い指輪を恋人はジッと見て、「お……?」と丸切りバカの顔で固まってからパッとヴォックスを見上げた。アクアマリンと同じ瞳が動揺に揺れている。
「ハッ?なにこれ、エッ、え??」
「指輪…………」
「見りゃわかるわ!!!何、急にこんな、は……??」
「俺にもわからん…。気づいたら買っていた……」
「バカじゃん……」
そう言いながらも恋人の頬がどんどん緩んでゆくのを、ヴォックスはちょっとびっくりして見ていた。かわゆく頬を染めてあからさまに嬉しそうにするもんだから、マ、喜んでくれたならいっかな……という気持ちになって、キャッキャと顔を綻ばせる恋人の左手の薬指にそれを嵌めてやる。恋人は少し潤んだ瞳で手を照明にかざしながら「お前の分は?おれもヴォックスにつけたい」と訊いた。そこでヴォックスは初めて自分の指輪を買わなかったことに気づいた。
「エッ無い……」
「What!?こーゆーのってペアでつけるもんだろ!?!? huh!?」
「そうなのか……」
「そうだよ!ああもう今度いっしょに見に行くぞ!絶対!」
「仰せのままに」
なるほど、中々悪くない。
「ハハ、愛してるよ、ミスタ」
「ンだよ……」
ヴォックスはプンスコ!という風に怒る恋人をクスクス笑って抱きしめた。幸せでおかしくなりそうだと思った。
人間とは、このような金属の輪ひとつに永遠を託す、愚かで愛しい生き物らしい。