一堂が見守る中床に魔法陣を描いた中心に水を張った洗面器が置かれている。
ノールが膝をつき、本を片手にそっと呪文を唱えると部屋がカタカタと揺れた。
揺れて何かそれ以上の変化があればいいが何も起きず、グラドではよくある小さな地震がたまたま発生しただけだったか魔道の実験が失敗に終わった。
「少しやり方を変えた方が良かったのかな」
「いや違うな、魔力が足りないんだ。ノールは物知りだがどうも力がないな」
「ジョゼ、そんな言い方よしなさいよ」
数人の魔道士がノールの行なった実験を固唾を呑んで見守ったが一気に緊張が解けて楽しく談笑を始めた。
「ノール、あと片付けを手伝いましょうか?」
ノールを不憫に思ったのか一人、手伝いに名乗りあげた。
「ありがとうございます、特に大きく散乱したものはありませんし、一人で片付けます」
ノールはそういって丁寧に断って魔道の実験跡を見つめて失敗の原因を探りながら片付けることにした。
水の入った洗面器を手にとってみる。本来だったら水面に隣の部屋に置いてある鏡を媒介にその部屋の様子が映し出されるはずだったが特に変化らしい変化はなかった。
「失礼するよ」
今日は他の用事があると言っていなかったリオンが部屋に入ってきた。
「リオン様?今日はこちらには来られない筈だったのでは」
「そのつもりだったんだけど少し時間が出来て・・・残念だったね。通りがけにみんなに会って話を聞いたから」
「失敗からも学ぶべきことが多いので気にしてませんよ・・・リオン様?」
リオンがそっとノールに近づいたと思ったらノールの頬に触れた。
「ノールは強いね。ぼくはそんなに強い人間じゃない・・・」
ノールは自分の頬に触れているリオンの左手に自分の手を重ねた。少し冷たくて頼りない感じがした。
「・・・どうかしましたか?」
「みんなには内緒だよ。まだほとんど決まってないから。・・・もしかしたらルネスから王子と王女がこちらに来ることになるかもしれない」
リオンはノールにしか聞こえないくらい小さな声で話した。
ルネスとはグラドから北の方にある国だ。
「よその国の王子と王女が来るというのは何かあってのことでしょうか?」
魔道の知識ばかりでそういったことは明るくないノールだったが国の王子と王女とはとんでもない要人たちが来るのだけは理解できる。
「・・・こちらに留学するというという名目だけど、お父上も国を思っての判断なんだろうね。今まで好きに色々やってきちゃったけどぼくもこの国の皇子として彼らをもてなすことくらいはしないとね」
「先ほどから聞いていますと、リオン様は不安そうですが」
「そうだね、とっても不安だよ。ぼくはあんまりおなじくらいの歳の人と話したりする機会がなかったから失礼なことしないだろうかとか彼らとうまくやっていけるだろうかとかと思うと不安になるよ」
リオンが珍しく弱音をこぼした。あまりこういったことを言うと周りに弱い皇子という印象を与えるのではないかと思って極力言わないようにしていた。
「政治についてはあまり詳しくはありませんが、仲良くなれるといいですね」
「え・・・」
リオンはノールの言葉に驚いた。
「年も似たような同じ立場の人たちなんでしょうから色々話が合うのではないでしょうか・・・?すみません、見当違いなことを言ってるかもしれませんのでその、私の言うことはお気になさらず・・・」
「そんなことないよ。君のいうとおり仲良くなってくれたら嬉しいな。きっとこの国のとっても自分にとってもいいことだと思うから・・・」
先ほどまで不安そうな顔をしていたリオンの表情には明るくなり希望に満ち溢れていた。