それぞれの思い出青い空に雲が浮かんでいる。見渡してよく見ると遠くには大河が流れているのが見える。
「ノール、ここにいたのか」
振り返るとこの空と同じ系統の水色の髪を靡かせて駆け寄るエフラム王子が立っていた。
「エイリーク側についている友軍にも聞いたが闇魔道を扱えるものがいないそうだ。お前に案内されて手にしたものだが、お前に渡しておくのが良さそうだ」
そういってエフラムはノールにグラド帝国の聖石を安置していた場所の下に隠されていた魔典グレイプニルを差し出した。
「そうですか」
断る理由はなかった。しかしグラド帝国を建国したというグラドが使っていたという武具のひとつを一介の魔道士が手にしていいものかという思いがある。
今は有事である。使えるものは使わなければこの大陸ごと魔王に人々が滅ぼされてしまう。
エフラムに手渡されてた魔典グレイプニルはずっしりと重い。ミィルやルナも重いと思っているがそれを超える重さだった。
手癖で本のページをめくってみる、痛みや破損がなく本当に八百年前のものかと見違えるほど綺麗な本だった。
(聖石の影響?)
亡くなられたヴィガルト陛下の遺体を聖石の安置してある場所にリオンの命令で置いていたがその亡骸はいつまで経っても腐ることなく保存されていたのを思い出した。
視線を感じてエフラムの顔を見た。どうやら今までのノールの行動をじっと見ていたらしい。
「あぁ、すまん。本を大切に扱う動作がリオンに似ていてつい見入ったしまった。では確かに渡したぞ」
気まずい何かを感じたのか、罰が悪そうにエフラムはノールの前から去っていた。
「本の扱い・・・」
ノールはエフラムの言葉の一部を切り出してポツンと呟いた。
机に数冊、乱雑に置かれている。
これを読まないとまたマクレガー司祭に怒られるのだ。どうも昔から本を読んで勉強するのが苦手だった。
それはルネスの王子として、後継として必要な教養だと厳しく躾けられていたがもうこればかりは自分の性分で仕方がないことなのだと思った。その点ではこういったことに関してはエイリークの方が得意そうだった。
(出来がいい妹がいると肩身が狭いな・・・)
「失礼するよ、エフラム。その調子だと進んでないみたいだね」
部屋に入ってきたのはリオンだった。机を枕にしてやる気をなくしているエフラムを見つけた。
「どうもこういったものは昔から不得意だ・・・本は動かないからつまらない」
エフラムはリオンが来たのを察して顔をあげた。
「・・・エフラムにとってはつまらないだろうけど、ぼくにとっては昔からいろんなことを話してくれる大切な友達だったよ」
エフラムが乱雑に置いてあった本のひとつを大切に手にした。
「それに厳しくなさるにはマクレガー司祭もエフラムのこと期待してるんだよ」
「お、俺はリオンの話ならいくらでも聞くぞ!」
エフラムが照れくさそうにそういうとリオンも花が咲いた様に微笑んだ。
「ふふ、じゃあぼくと一緒にこの本の話を聞いてみようかエフラム」
優しい手つきで本を開きながらリオンは本の話をエフラムに話し出す。
「本はいろんな話をしてくれる友達だけど、ぼくの話は聞いてくれるものじゃないから。だからぼくはエフラムとエイリークの友達になれてよかったよ」
そうやって嬉しそうに笑うリオンをエフラムは思い出す。
もうそんなふうにして笑う友達はいないことを苦々しく噛み締めることしかできなかった。
魔典グレイプニルを優しく表紙を撫でる。
「のーる、本にらくがきしてごめんなさい」
リオンが持ってきた本を見ると確かに絵が描かれたページがあった。
「本の遊び紙は何も描かれていませんからね・・・・これは竜でしょうか」
ノールは最初のページの遊びの紙に描かれているものについて尋ねた。
「そう・・・。その、大きな岩の下に咲いてる花が気になってる竜を見つけてね・・・」
確かに竜の下には小さな花が描かれている。リオンは怒られると思って緊張してこわばっていた顔が少し緩んだ。
「お父上がおこられると思うけどちゃんと正直にあやまりなさいって・・・」
ノールはため息をついて、パタンと本を閉じた。
「本は私たちに知識をもたらしてくれる大切な先達人です。もう二度としないと誓ってくれるのならこれ以上咎めだてしません」
「はい・・・」
リオンは素直に謝った。
「・・・この本はまだあなたが読むには難しいでしょう。もう少し優しい本で勉強いたしましょう」
ノールはリオンに提案して本棚を二人で物色し始めた。
その本はしばらく手元に置いておいたがいつの間にかどこかに行ってしまった。
もう遠い昔の、自分の記憶にしかない。
エフラムが去り際に見せた表情を思い返すと、彼にもまた彼の思い出と想いがあるのだろうと思った。
今となっては哀しくもあり美しい思い出の数々に思いを馳せてグラド城から消え去ったリオンを追いかけてここから旅立つのだ。