「はぁ・・・」
夜も更けてもう人によっては寝る時間かもしれない。
風呂で体を洗って、寝台で横になったのだから自分もさっさと明日のために寝ればよいものを先ほどから本を開いては閉じ、また開いて一頁をなんとか読んでため息をついてしまった。
夜になって眠ろうとしないのもこうして読書で暇を潰そうともできないのは身体の中で欲望が蠢いているからである。
今日は一日中何かを期待してはいたが、リオンとふたりきりになって話す機会がなかったせいで夜の約束を取り付けることができなかったのが致命的だった。それでも最後にしたのはほんの一週間前である。
またため息をつきそうになってのを必死に堪えた。
今、確実に身体がリオンを求めている。相手はこの国の皇子、なんて贅沢なものを求めるようになってしまったのか。
なんでもない相手なら本当に今の気持ちの赴くままに行動するなら、夜這いにでも行ってしまいそうだが相手は悪すぎる。
彼の寝室、私室に行くには警護のため寝ずの兵士が何人かいるだろう。そのあたりのことで約束を取り付けることが必要不可欠なのである。
しかしもうこれはどうにもならない。下手に何も手立てなく自分の身一つでいけば兵士たちに見つかって不審を煽ってしまいもしかしたら犯罪者にされてしまうこともあり得る。それだけはあってはならない事である。
今宵は諦めて自分で自分を慰めるしかなさそうだ。
そう考えて気持ちを納得させたところに扉を叩く音が急に自分の部屋に響き渡った。
考えていたことが考えていたことなので恥ずかしさのあまりにそのまま寝たふりでもして居留守を使おうとしたがまた扉を叩く音が鳴ったので我に返って寝台から飛び起きて黒いフードを羽織って急いで扉を開けた。
「あ。良かった。まだ起きててくれたね」
扉の前にいまの今まで想っていた人間が目の前に立っていて自分の目を疑った。
「あの入っていいかな?」
いつもとは違い大きな装飾品は身に付けておらず、軽装だったが穏やかな口調は相変わらず。夢でも幻でもなく本人なのだとだんだん信じられるようになってきた。
「あの・・・あまり綺麗ではないのですが」
リオンにしてもなんにしても人を通すことが全く配慮されていない部屋であることに気づいて、悲しくなるほど羞恥心でいっぱいになる。
「ぜんぜん構わないから。失礼するよ」
そう言ってリオンがノールの部屋に入る。
「へえ・・・随分と本で溢れて・・・すぎているみたいだね」
本棚はあるにはあったがギリギリまで積めて押しこめられてそれでも全て収まりきらず、床に高く積み上がっているものがいくつか建物のように生えては群集となって存在していた。
「・・・二日ほど前の大きめの地震の揺れで本が崩れてしまって読まない本を人に譲ったり捨てたりはしたのですがまだその・・・ごらんの有り様でして・・・リオン様?」
リオンが寝台の下を興味深そうに覗き込もうとしている。
「あ、ごめん。面白いものはこういうところにあるって・・・ノール?」
「お願いですからそれは勘弁してください・・・それよりリオン様、どのようにしてここにいらしたのですか?人に見つかってしまったら大変なのではありませんか」
ノールがあまりにも可哀想な声で制止したので残念ながら寝台の奥までは見られなかった。
「ちょっと前に話したと思うけど、空間転移の魔法。今日その実験をして今まさに成功したんだ」
「それは本当ですか?!」
ノールはリオンのその言葉に驚愕した。空間転移は闇魔道でも高度な技術が必要となるものだ。
「そう、これを使って誰にも見つからずきみの部屋の前までこられたんだけど。もしこれで物や人を運ぶことが出来たらいいだろうと思うよ。とても難しい話だけどね」
「えぇ、そうですね」
人やものを運べたら確かに一瞬にして運べたら人々の生活は格段と便利になるのではないかと思った。
「今夜は誰にも見つからず、魔道の力できみの部屋に来られたことを喜ぼうかな」
リオンは照れくさそうにノールに向かって微笑みながら見つめる。彼が訪れるまで考えていた邪だと思っていた感情が彼の笑顔によって浄化されて行くような思いがした。
「リオン様・・・」
今すぐにでも抱きしめたいと思った瞬間、小さな揺れが床の底から伝わってきたと思えば積み重なった本の一部が崩れた。
「本棚、もうひとつ手配した方がいいかな?」
崩れた本達を見つめながらリオンが苦笑いを堪えきれず提案を示した。
「はい・・・」
地震が多いからとはいえもう少し床に置いてある本を減らした方がいいなとノールは思った。