「硝子、何読んでんの?」
ガタガタと音をたてて自分の椅子を引き寄せると、五条が覗き込んでくる。その距離の近さにややウンザリしながら、彼の子守役の男を探したが、教室内には見当たらなかった。
「ファッション誌。付録が欲しくて、コンビニで買ったんだけど、五条見る?」
「俺が見てどーすんの?」
と言いながらも、どうやら手持ち無沙汰だったようで、五条はペラペラとページをめくり始めた。この服は硝子に似合いそう、だの、猫カワイイだの、新発売のこのお菓子が美味しそうだの、他愛もない話で盛り上がる。
「どうでもいいしすぐ忘れちゃうんだけど、最後のほうの星座占い、つい見ちゃうんだよなぁ。ちなみに五条、何座?」
「俺?誕生日12月7日だから…何座?」
「んーと、射手座だな。私とちょうど1ヶ月違いなんだ。」
1ヶ月違いって俺のほうがお兄さん?と小首を傾げる五条に、「私のほうがお姉さん。だから敬え、ってか傅け!」と言い放ち、ついでに射手座に書かれていることを読み上げてやる。
「えーっと、今月の運気は不安定。でも周りを気にする必要はなし、は、いつも通りだな。あとは、時折感謝の気遣いが出来るようになると良いでしょう。ラッキーアイテムはハサミ。ラッキースポットはトイレ、だって。ウケる。」
「どーすりゃいいんだよ、それぇ。」
愉快げに笑う家入の前で、五条が机に突っ伏す。
「ハサミ持って、トイレに籠もっとけば良いんじゃないトイレの五条クン。あと、感謝の気遣いは、お前にはハードル高そうだよな。」
待て待て、硝子はどうなんだよ、と、五条は顔を上げ雑誌の向きを変えて占いに目を向ける。
「えーっと、1ヶ月違いってことは、11月7日…え、さそり座の女なの、硝子。思い通りに進んでいる時こそ謙虚になりましょう。ケガや火傷に注意、だって。あとは、ラッキーアイテムが手提げかばん、ラッキースポットはアパレルショップ。…なんか、つまんねーの。」
「つまんないとか言うな。でもまぁ、ケガとか火傷は自分でどうにかなりそうだし。結局のところ、星占いってこんなもんだよ。あ、そういや夏油は?」
「傑?え、誕生日?星座?」
「どっちでもいいけど、知らないの?『親友』のくせに。」
入学後、文字通り拳を交えて『親友』となったらしい二人は、家入から見るとなんとも形容し難い関係に見えた。お互いがお互いを『親友』という言葉で括りたがっているのは、そんな言葉では括れないと気付いているが故なのか、傍から見ているぶんにはその様子は可愛いを通り越して滑稽だとさえ思っていた。
「ガキじゃあるまいし。いや、くそガキだったな、両方とも。」
家入のニヤニヤは止まらない。五条はと言えば、夏油の個人情報を探るべく机の中を漁り始めた。
「何してるの、悟。」
教室の扉が開いて、噂の親友当人が入ってきた。
「あ、傑、誕生日いつ?何座?」
「私?水瓶座だね。」
星座を即答する夏油に、「へぇ、早生まれなんだ」と口にして、家入が水瓶座の占いをたどる。
「水瓶座は、自信喪失気味。ボディメンテナンスを始めるなら今。あとは楽しいことを考えることが幸福への鍵。ラッキーアイテムはボールペン、ラッキースポットはコンビニ。」
「ボディメンテナンスねぇ。確かにこの『最強』見てたら、自信喪失もするよ。ところで、女の子は占い好きだよね。相性占いでもしてたの?」
早生まれって何、なぁコンビニ行こー、と騒ぐ五条の隣りに立った夏油は、なだめるように五条の頭をなでて、早生まれの説明を簡単にしながら少し大人しくさせる。
「違うけど。お前らとの相性占ってどうすんだよ。占い以前にお前たちとは話が合わないのは再認識したわ。」
口直しに歌姫センパイのとこに行ってくる、と雑誌を閉じて立ち上がった家入を見送ると、じゃ、私達もコンビニ行こうか、と夏油が五条をうながした。
「ちょっと待て。傑の誕生日は?」
「誕生日聞いてどうするの。」
「俺たち親友じゃん。情報共有ダイジでしょ?傑。俺は12月7日、硝子は11月7日。」
可愛い顔をして下から見上げる五条を見て、夏油は小さくため息をつく。
「…2月3日。」
「2月3日、ね。節分の日だ。うん、覚えた。」
「それだけ?で、誕生日聞いてどうするの。」
「とりあえずどうもしないけど、誕生日にサプライズパーティーとか楽しそうじゃん。まずは硝子からだな。」
楽しそうな五条の顔に、てっきり誕生日で誂われると思っていた夏油の肩の力が少し抜ける。
「悟といると、毎日退屈しなくてすむよ。」
「あ、今お前、俺のことバカだと思ってるだろ。」
「そんなことないよ。悟は素直で良い子だな、と思っただけ。さ、コンビニ行くんだろ。」
二人の会話は止まることなく、教室の外へとつづいていく。
この思いをなんと呼ぶのだろう。
占いなんて、相性なんて、気にする暇もないくらい、いつの間にかそばにいる。
これからも、お互いの好きなものや嫌いなもの、得意なものや苦手なもの、楽しいことや悲しいことを知っていって、そうして大人になっていくんだ、と思っていた、あのなんでもない日常を、今なら尚更に愛おしいと感じていた。