師走「クリスマスデートしよう」
鍋を突きながら誘ったひと言に、怪訝そうな表情を浮かべられて、喜んでくれないのとワザと詰った。名案なのに。
「嫌だった」
「嫌じゃないけど、どうしたの」
「野薔薇が」
どうせ五条先生は夏油先生とリッチにクリスマスデートとかするんでしょ。着飾っていい店予約しちゃってさ。リア充はいいわよね。さみしい生徒たちのクリスマスパーティーに、カンパぐらいしてもいいんじゃない。
左手は腰に、右手を目の前に差し出して仁王立ちの勇ましい姿で、一息に捲し立てられた。うんうんと横で頷く悠仁と、明後日を見ている恵が面白くて、カンパしてきた。学生の内は遊ぶのも本分だ。
「だから、デートしたくなったんだよね」
らしいね、なんてちょっと先生らしい微笑みを浮かべた後、マシュマロのように甘くやわらかな声で誘われた。
「悟がしたいならいいよ、クリスマスデートしようか」
ちらちらと白いものが舞い始めた空は、一面鈍色から藍色に変わりつつある。そろそろ日没だ。街燈が灯り、ショーウィンドウも街路樹に装飾されたイルミネーションも、宝石箱をひっくり返したような鮮やかで豊かな色が、煌びやかに彩りを添える。ショップから流れるクリスマスソングは華やかだったり、厳かだったり、切なかったりと、様々な曲が流れてきては遠ざかっていく。
この無秩序とも言えるような空間を、クリスマスという、ただ、それだけの思いがひとつにまとめ上げ、心浮き立つような雰囲気に作りかえていくのは、誰の力なんだろう。
デートらしく待ち合わせをしようと指定した場所は、繁華街にあるカフェだったのに、店舗の軒先に黒髪長身の姿を遠くからでも捕らえた。中で待っていればいいのに。そう思いつつ、黒のロングコートを身に纏い佇んでいる姿は、映画のワンシーンのようで、恰好よくもあり、切なくもあり、目が離せなくなった。
誰にも崩せないワンシーンのようだ、そう思ったのに。
真っ赤なショートコートを羽織ったロングの髪が似合う女性が、するりと傑に近づいた。二、三言葉を交わして手を振って離れていく。はあっ、と苛立ったところに、細身の黒いコートの女性が近付いて、苛立つどころじゃなくなった。大学生らしいファーをふわふわさせた二人組が話し掛けて、遠目からもきゃっきゃっと嬉しそうにしているのがわかる。
雑踏の中を駆け出すと、迷惑そうな視線を投げ掛けられたが、知った事じゃない。どうせぶつからない。視線の先で俺に気が付いた傑が嬉しそうに目を細めて軽く手を振った。
「なんで中で待ってないんだよ」
見知らぬ女子を睨みつつ、不機嫌な声が出たのはしょうがない。なにデート前にナンパされてんだ、こいつ。傑に寄り添うように身を寄せてむくれた顔をしてみせる。
「せっかくツリーも見えるし、クリスマスっぽいなって。君がきたのもすぐわかるし」
いつもと変わらぬトーンに苛立ちが募る。
「ほら、待ち合わせって言ったでしょ。お嬢さんたちも楽しいクリスマスを」
「お兄さんたちふたりなんですか。私たちもふたりなんです」
きゃっきゃっとめげない女子にムカつきながら、野薔薇も真希もめげないもんなとげんなりした。
「でも、クリスマスにダブルデートはしないでしょ。お嬢さんたちがデートかは知らないけれど」
「えっ」
「さっきもデートの待ち合わせって話したし」
くすりと浮かべた笑みは悪だくみのそれだと気付いた時には、首筋にするりと冷えた手の感触に続き、唇にも冷たい感触が重なった。
ちゅっとワザとらしいリップを響かせてすぐに離れたそれに、満面の笑みが溢れたのは当たり前だ。
両手を腰に回して抱きしめ、びっくりしたままの女子に勝ち誇ったように告げる。
「こいつ、俺のだから。君たちには勿体なすぎるし、俺も、こいつのだから。君たちは君たちでいいクリスマスを」
駄目押しのように、もう一度俺からキスをして、腰の回したまま、掌だけでバイバイと手を振った。途端、きぁぁぁなんてアイドルに向けるような黄色い悲鳴をあげ、ごちそうさまでした。よいクリスマスを。と意気良いよく頭を深々と下げて走り去っていった。一部始終を見て固まっていた周りの人たちも、何事もなかったように、またはひそひそと動き出す。そんな中、品の良い老夫婦が、よいクリスマスを、と声を掛けながら立ち去ってくれた。
「傑をひとりで待たせちゃだめだったな。なんだよ、オマエ。次から次へと」
「ふふっ。妬いてくれたんだ」
「当たり前だろ。でも、ちょっと、得したな」
「さっきのキス」
「ああ」
「クリスマスだし、あのぐらいは許されるんじゃない」
それに、悟を待たせたら、悟が声掛けられるでしょ。だから、待たせたくなかったんだ。
耳元で告げられた独占欲に、甘えたくなる。
「もう一回」
「また後でゆっくり、たくさんね」
意味深げに潜められた声は腰に響いて、今言うなんてズルいと睨めば、余裕の笑みで返り討ちにされた。
「でも、華やいだクリスマスの気配の中に身を置いて、楽しむのもいいんじゃない。みんながみんな、お互いや大切な人たちのささやかな幸せだけを願って過ごせたらいいのにね」
目の前であたたかさも感じられる煌びやかに輝くツリーを眺めながら、零れ落ちた思いは雪に溶けて消えそうな儚さで、腕の力を強くした。
「俺たちだって幸せになればいいじゃん。まずは食べに行こーぜ」
「そうだね。もう充分幸せだけど、おいしいごはん食べて、悟も貰って、もっと幸せになろうかな」
「はあっ」
「クリスマスデートなんだから、当然だろう。どこ予約してくれたの。行こうか」
クリスマスツリーの下で満足げに笑う傑は楽しそうで笑い返す。くるりと身を離し、色とりどりの瞬く星の中で差し伸べられた手を取り、恋人繋ぎで握りあって歩き出した。
ハッピークリスマス。