マカロン「傑、なんか甘いもの持ってるだろ」
「ふはっ、本当にすごいな悟は」
「五条、まじで犬並みじゃん」
束の間の休み時間、もはや溜まり場になりつつある家入の医務室にどこからともなく甘い香りを嗅ぎつけた五条が勢いよく扉を開けて入ってくる。
「今日はホワイトデーだろ、硝子に渡すついでにお茶でもと思っていたんだよ。悟も少し休んで行くかい?」
「あったりまえでしょ、僕がこんな機会逃すわけないじゃん」
「お茶が欲しけりゃ、自分で入れろよ五条」
「はいはい、それくらいはやりますよっと」
慣れた手つきで戸棚を開け、何故か置いてある五条専用のマグカップを取り出し、ケトルで湯を沸かし始める。
「悟、君も補助やら教員やらからバレンタインにもらったんじゃないのか? ちゃんとお返ししなくては駄目だよ」
「僕にくれる人たちはお返しそんな期待してないと思うよ、これまでも返したことないし。野薔薇くらいじゃないかなぁ、3倍返し〜とか思ってんの」
「可愛い生徒なら尚更期待に沿わなくちゃ。美味しいお菓子の一つでもあげなよ」
「それじゃあ、優しい夏油センセイは何かお返ししたんですかー?僕よりもいっつも沢山貰ってますよねー?」
揶揄うように返すが、夏油はさも当然と言った顔で、もちろん皆んなにはもう渡してきたよ、硝子が最後だ、と返す。
「っんだよ、つまんねーの。つーかさ、僕より傑がモテるの意味わかんなくない?絶対僕の方がカッコいいのに」
「その顔の良さをもってしても、ひっくり返せない行いの悪さが出てるんじゃないか?」
興味なさげに家入が言い放つ。
「硝子は何でそんなに冷たいことが言えるの……僕たち仲良し同期じゃーん!」
「仲良しだからこそ、耳の痛い事を言ってやっているんだろう。カートンでいいぞ」
「硝子も、タバコそろそろ本数減らしたほうがいいんじゃないか? 流石に吸い過ぎたと思うよ」
「馬鹿な同期どもが何度も私にカートンでタバコを貢にくるから、禁煙に失敗してしまうんだ」
「……それは、面目ない」
夏油は家入に忠告したつもりが、自分達の(最も五条の方が回数は多いが)悪行を引っ張り出され、口をつぐむしかなかった。いつものようなやりとりの中、ケトルがカチッと音をさせ、お湯の準備万端を告げた。
「傑、んで今日のおやつは何? それによってお茶にするか、コーヒーにするか変えるから」
「夏油が持ってきたのはこれだよ」
家入の手には、綺麗な猫の柄がついた缶に入った小さなクッキーだった。
「クッキーかぁ、それじゃあ甘ーい紅茶にしようかな」
「あ、待って。悟には、こっち」
そう言って夏油は家入の持つパッケージとは異なるボックスを取り出した。
「みんなは悟ほど甘いものが好きなわけじゃないからクッキーにしたんだけれど、悟は吐くほど甘いのがいいだろうと思って」
「吐くほど甘いって、一体何持ってきたんだよ……」
五条は訝しげに飾られたリボンを解き、綺麗な化粧箱をゆっくりと開けた。
「お、マカロンじゃん」
そこには綺麗に並んだ色とりどりのマカロンが詰め込まれていた。
「買いに行った時少し自分でも食べて見たけど、私には甘すぎたよ。でも、悟はこういう高級なお菓子好きだろう?」
「傑はやっぱわかってるなー、僕みたいなお育ちの良い子はお洒落なお菓子が似合っちゃうよね〜。しかも、これ有名店の並ばないと買えないやつ!紅茶フレーバーのは珍しいし僕の一押しなんだよね!」
「ふふ、そんなに喜んで貰えるとは思わなかったけど、買ってきた甲斐があったよ」
「んーそれじゃあ、このマカロンに合うように濃いめにコーヒー入れちゃおっかな〜!」
五条はいそいそと席を立ちコーヒーの準備を始めると、豆を切らしていることに気づいた。
「このマカロンにはコーヒーじゃなきゃ絶対嫌だから、ちょっと買ってくる!二人とも、僕が帰るまで食べちゃ駄目だからね!!」
来た時と同じように嵐の如く五条が去ると、それまで気配を消していた家入がニヤニヤと夏油の顔を覗き込む。じっとりとした視線に堪らなくなった夏油は、視線を逸らしながらゆっくりと家入に問いかけた。
「……何ですか、硝子さん」
「いいや別に。夏油は存外乙女だなと思っただけだよ」
家入は、さっきまで触っていたスマートフォンの画面をちらつかせながら夏油をちらりと見る。その画面には〔マカロン お返し 意味〕の検索結果が表示されていた。
「……なんのことでショウカ……」
「まぁ、そういうことにしておこうか。これでまた私の禁煙は遠のいてしまったなぁ〜」
「っクソ、これだから勘のいい同期は厄介だな」
ほんのりとうなじを赤く染めた夏油はいつもの癖で眉間に手を当てた。
「ま、五条のことだからきっと何にも気づいてないだろうけどな」
「いいんだよ、これは私の自己満足だから」
「夏油は昔から一人でごちゃごちゃ考える癖があるが、こと恋愛においてはロマンチストと言い換えられそうだ。五条にモテる秘訣として教えてやったらいいんじゃないか?」
「悟がこれ以上モテたら私が困るんだから、絶対教えてやらないよ」
「五条が聞いたら喜びそうなセリフなのに」
「想い人の前でくらい、カッコつけたくもなるさ」
バタバタと足音が近づき、五条が戻ってくる。まだ手付けてないよね!?、と確認しながら買ってきたばかりのコーヒーを準備し始める。あ、そうだ、と言って五条はおもむろに二人に近づき、再度マカロンの箱を開けた。
「はい、傑。僕のオススメ一口あげるよ」
そういうとおもむろに青い綺麗なマカロンを一つ夏油の口に放り込んだ。夏油は軽く咳き込みながら、急になんだよ、と五条に言い返す。
「その青いのがさっき言ってた紅茶フレーバーなんだよ。美味しいでしょ、それに色も綺麗でさ〜まるで僕の瞳みたいじゃない?」
「っ、嬉しいけど私には甘すぎるって言っただろう」
「んーでも、僕からも傑に渡したいんだよねマカロン」
そういうと、五条はグッと夏油の胸ぐらを掴み自分の口元に夏油を引き寄せ、小さな声で囁いた。
「俺も、傑と同じこと考えてるから」
バッっと後ろに身を引き起こした夏油の耳は真っ赤に染まり、驚いた顔で口元を覆った。驚きと恥ずかしさに歪んだ夏油の顔を満足そうに見つめてから、さ、もう一度お湯沸かさなきゃ〜、と五条はケトルに向かった。
夏油は両手で顔を覆いながら、へなへなと力なく机に突っ伏した。せっかくのタバコがパーになったじゃないか、他所でやれよ、と呆れ顔の家入から向けられる視線が突き刺さる。
夏油は顔を机につけながら、か細い声で悪態をついた。
「……人から貰ったもので済ますなよ…」