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    南扶

    ##天官

    「ほんっとにありえねぇ!なんでまたお前となんか…!」
    「それはこっちのセリフだっての」
    はぁぁ、と大きく溜息をついた扶瑶をみて南風もまた溜息をついた。殿下の手助けのため人間界に降りてくる間に揉めた回数は3回。殿下のもとへ向かう間にさらに3回。そして殿下が連れていた怪しげな青年に関し1回。計7回の口論を経て現在の状況に至る。
    場所は寂れた宿屋の一室、の床の上。枕は二つ並んでいる。そう、なんと二人が通されたのは夫婦が泊まるような共寝用のものだったのである。元を辿れば殿下をあの青年が笑顔で部屋に引きずり込んでいったのがいけない。彼らをみた宿屋の主人が勝手に邪推し二人にその部屋をあてがいあまつさえ他の部屋も全て埋めてしまったのである。残された選択肢はその宿屋を離れるか二人で床につくかしかなかった。謎の青年がくっついている以上殿下を放り出すわけにもいかない。致し方ないと部屋に入ったはいいものの、やっぱりおかしいと叫ぶ扶瑶とそろそろ面倒くさくなってきた南風の間でさらに3回の口論が行われた。合計10回にわたる揉め事の末、彼らが一夜限り共に眠ることが決まったのである。

    「最悪だ…」
    「…」
    諦めて二人で横たわったものの扶瑶の文句は止まらない。聞こえない振りをして南風は目を閉じた。もう寝てしまおう、そして明日にはここを離れればいい、殿下に小言を言うくらいはしてやろう。そう自分に言い聞かせる。幸い寝付きは良い方だから大丈夫だろう。ブツブツと呟かれる扶瑶の愚痴を子守唄代わりに南風の意識は沈んでいった。
    「眠れる訳ないだろこんなの…ふざけるな…明日起きたら一発殴っても許されるよな?コイツと同じ布団だなんて……あれ?」
    南風に背を向けて文句を垂れ続けていた扶瑶は背後から寝息が聞こえることに気付いた。嘘だろ寝たのか?と思わず振り返ると規則正しく上下する南風の背中が見えた。しかも掛け布団は1枚しか用意されていなかったおかげで現在二人を隔てるものはないのである。この状況で眠れるのかよ!と叫びだしたくなるのを必死に抑えていると、ん、という声と共に南風が身動ぎをした。そのままぐるりと寝返りを打った南風の唇が自分に触れた、気がした瞬間扶瑶は彼に向き直り思い切り張り飛ばしてやろうと手を振りかざした。しかし南風もまた眠っていたとはいえ武官である。咄嗟に向けられた手をぱしりと受け止めた。薄く目を開けた南風は真っ赤になって怒っている扶瑶を見てなにを思ったのか、面倒くさそうに再び目を閉じた。
    「おまっ!ふざけっ!?」
    そのまま寝落ちるのかと思いきやなぜか彼は扶瑶を引っ張り胸に抱き込んでしまった。暴れて抜け出そうとした扶瑶の耳に眠たげな南風の声が届く。
    「…るせぇ…明日もあるんだからさっさとねろよ…迷惑、だ…」
    「お前のほうが迷惑だっ!」
    叫んだ声は南風の胸元に消えた。なんということだ。同じ布団で眠るのも腹立たしいというのに。腕の拘束を解くため胸元に頭突きをしようと頭を動かせば寝息が降ってきた。
    「もう寝てるのかよ…このやろ…!」
    この状況に納得がいかないとはいえ2回も叩き起すのも少し気が咎める。どうしようかと固まっていると収まりが悪かったらしくまたぐいと胸元に引き寄せられた。ぴたりと密着する格好になった扶瑶の耳に南風の規則正しい寝息と共にとくりとくりと温かな鼓動が聞こえてきた。それがなんだか安心感を与えてきて。触れ合っているぶん先程よりも暖かくもあって。ふわりと眠気が押し寄せてくる。
    「納得、したわけじゃないからな…」
    誰に向けるでもない言葉を零して扶瑶は目を閉じた。さっきまであんに苛立っていたのに。心音とは奇妙なものだ。腹立たしさと苛立ち以外の感情が頭をもたげるのを見ないふりして。扶瑶もまた微睡みの中に沈んでいった。
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