「玲司さん」
自分を呼ぶその声に甘さが混じっていることに気づいたのはいつだろうか。告白された時?いやもっと前かも知れないし、もしかしたらずっと後だったかも知れない。とにかく普段はかしこまってばかりのこいつの声が微かに弾んでいるのを聞くとどうしても口角が上がってしまうのだ。手元の雑誌から目線を上げれば待てをする犬のような純真な瞳が玲司を射抜く。思わず手を伸ばして頭を撫でれば心得たとばかりに頭を下げてくるからおかしい。お前は犬か、と声に出せば玲司さんが望むなら犬にでもなりますよ、との答え。それならと手を差し出せばポンと乗せられる手のひら。お手も出来るのか、と褒めてやろうとした時するりとその指が玲司の手をなぞった。くすぐったくて引っ込めそうになった手を逃がさないとばかりに絡め取られる。
逃げないようにちゃんと見ててください、なんて。前言撤回。甘い声で引き寄せるところも、逃す気がないところも全くもって犬には似つかわしくない。
お前は狼だな、と笑えば緩んだその口元にこちらを狙う牙が見えたような気がした。