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    okeano413

    @okeano413

    別カプは別時空

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    甲操 桂花の香るころ

    ##甲操

    2020.12.19
     
     生まれた日を祝う文化があるらしい。テーブルに好物を並べて、ケーキにろうそくをさして、家族や友人で主役を囲んで、おめでとうと歌う。自分以外の仲間を、家族を、好きな人をめいっぱいお祝いする日なんだって、翔子という人を祝うおかあさんが、手作りケーキを切り分けながら教えてくれた。僕のおねえさんに当たる人、らしい。もう一人は、カノン。みんなをこの未来へ連れてきてくれた女の子。
     今日の主役だという翔子は、薄緑のワンピースを着て、写真立ての中で微笑んでいる。
    「ねえ、おかあさん。それって生まれた日以外はしちゃいけないの?」
    「それって?」
     注いだ紅茶と小さくなったケーキを丁寧に置いて、おかあさんは振り返った。ろうそく付きの猫いちごは翔子に、(飾りならあんまり怖くない)犬いちごをカノンの前に。テーブルに二人分の同じものを並べて僕の隣に座る。僕用の青空色のラインが入ったカップと、翔子とおそろいの、クーのかたちに飾られたいちご付きケーキ。僕が教えてほしがる時はこうして、きれいなものやおいしいものと一緒に、辛抱強く僕の選ぶ言葉を聞いてくれる。この家に来てから生まれた習慣だ。
    「お誕生日おめでとうとか、出会ってくれてありがとう、とか。お祝いの言葉って、特別な日に言うんじゃないといけない?」
    「そうねえ、お誕生日祝いは当日に言うのが多いけれど。いてくれて嬉しいって気持ちは、いつ伝えても良いと思うわ」
     砂糖を二つ。おかあさんは、砂糖とミルクを一つずつ。くるくる回す液体の中で溶けていく光景は、異物を、同胞を取り込む僕たちの、本来の在り方と少しだけ似ている。
    「ふうん。口実がなきゃ伝えられないのって、ちょっとへんかも」
    「そうね。いつもは照れくさくって言いにくい言葉も、特別な日ならするする口をついて出ちゃうのよ。不思議よね」
     おしゃべりで喉が渇いたらしいおかあさんは、僕が混ぜた中身をためらいなく啜る。僕を息子として愛すると決めてくれたこの人は、優しくて暖かくて、懐に入れた相手との間に壁を作らない。だから、傍にいると本当に人間として生きているような気持ちになる。それがいいことなのかはわからない。
    「操? まだ熱かったかしら」
     カップを睨む僕を心配する声に、ふるふる首を振って否定した。おなじように一口飲むと、安心したように微笑みかけてくれる。少し甘ったるくて、濃厚な花の香りのする紅茶。翔子やカノンもこれを飲んだんだろうか。
    「いつでも言うのは、だめなの?」
    「だめじゃないわ。だめじゃないんだけど……特別な日を一緒に喜びたいから、いつもは内緒にしているのかも。毎日伝えるありがとうと、特別な気持ちを込めた生まれてきてくれてありがとう、とか。こっそり使い分けていたりしてね」
     さあ、お話はここまで。二人でたくさん食べちゃいましょう。気に入ったお料理を見つけたら、教えてね。黙り込んでしまった僕を励ますように、少し早口で急かすおかあさんは、やっぱり暖かくて、溺れそうなくらいに優しかった。
     
     
     *** 
     
     楽園は日没のほんの少し前に看板を下ろした。閉店後の店内には、僕と甲洋の二人だけ。ショコラはこどもとたくさん遊んで疲れたのか、甲洋の部屋で眠っている。一騎はお腹をすかせた総士の為に早帰りしたから、もういない。どんどん大きくなるから服が間に合わなくて大変なんだって、嬉しそうに笑って帰っていった。きっと、あの笑顔にも「いてくれてありがとう」の気持ちがこもっている。
     カウンターに頬をひっつけながら、書き物をする手を眺めるのは、ここに泊まる日の楽しみだ。それ以外のほとんどの日は「羽佐間先生に抱き締めてもらいな」なんて早めに追い出されてしまうから、案外貴重な時間だったりする。僕よりもひと回り大きなゴツゴツした大人の手が、心地良い音を鳴らしながら、紙にいくつもの言葉を書き付けていく。タブレットで管理すれば楽だけど、直接書く方が落ち着くらしい。
    「そんなに気になるなら、字、教えてやろうか?」
    「ううん、いい。甲洋の手見てるだけだし」
     ときどきコーヒーの香りを漂わせながら、新作メニューの売れ行きとか、備品の管理とか。そういうものを静かにまとめていく横顔は、きれいだ。話をするほうが楽しいと思っていたけれど、集中する甲洋を眺める時間も悪くない。
    「来主さ、せっかく羽佐間先生と暮らせてるのに、何度も泊まりに来ていいのか」
    「またその話?」
     紙の音がやんで、音の出処が水を差してくるのを除けば。僕を追い出したいわけでは、ない、と思う。だって、切り出したくせに次の言葉を迷っている。きっと家族という形を大切にしてるんだろうけど、僕を追い立てなくてもいいだろう。おかあさんといられる事がここに来ない理由にはならない。甲洋といたい日だってあるから押し掛けてるのに。なんてのを、気付いてくれない甲洋に、はっきりと言ってあげるつもりはない。
    「来てもいいって返事したのは甲洋でしょ。今日だってもういっこの家に帰ってきただけだもん」
     私物はそんなに多くないけれど、ここにだって僕の部屋があるんだから。この島で一番はじめにもらった部屋がある楽園だって僕の家だ。家主が何を迷おうと、僕がそう決めている。
    「家って、お前ね……はあ、もう。好きにしな」
     もう促しても無駄だと諦めたのか、残りのコーヒーを飲み干してから書き物が再開された時には、すっかり星が瞬き始めていた。ささやかな光を届ける窓から、昨日飲ませてもらった紅茶に似た香りが吹き込んでくるのが少し嬉しい。おかあさんとの思い出をもっと好きにさせてくれる香りだ。なんて名前の花なんだろう。
     嬉しい。曖昧で、不安定で、だけど誰かと共有できるともっと膨らむ感情。世界に生まれた日にも、それを伝えてくれた子がいる。僕とはじめてお話してくれた美羽。「俺」が希望を見た女の子。
     美羽も嬉しいよ、生まれたこと。コアが生まれた日、僕が生まれた日に、そう返してくれたのを覚えている。おかあさんが教えてくれた「生まれてくれてありがとう」は、あの言葉と近いのかもしれない。
    「ねえ、甲洋さ。僕が生まれて来てよかったって、思ったこと、ある?」
    「話し相手に困らないのはいいかもな」
    「全然だめ。素直に嬉しいって言ってよ」
     拗ねてみせると、綴り終えたいくつかのファイルを閉じて、灰色混じりの瞳がようやくこちらを向いた。空いた両手で僕の手を包み込んで、美羽とエメリーがしていたように優しく額を合わせてくれる。
     あたたかい。僕とは違ういのち。僕の仲間の鼓動。
    「嬉しいよ。来主が竜宮島に味方することを決めてくれたのも、来主が共に戦ってくれたから、守れた命があることも。だからこうして来主と話ができる今があるのも、よかったって思う」
     穏やかに伝えてくれるのが嬉しい。嬉しくてくすぐったくて、瞼を閉じた。コーヒーの香りが近くなって、名残惜しげに離れていく。
    「ね、甲洋。まだしばらくは一緒にいてあげられるから、安心していいよ」
    「なんで上から言うんだよ」
     笑い合えば、わだかまりは溶けていく。ほんとに聞いてほしかった言葉は言えなかったけど、今日のところはこれでよしとする。
     生まれてくれてありがとう。目覚めてくれてありがとう。今日伝えられなかったぶんは、一緒にいることで伝えよう。生まれられて嬉しい。きみを大好きになれて、とっても嬉しい。なんて。
     聞こえなくても、伝えられなくなったって、何度でも。きみの心まで届くように。
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