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    okeano413

    @okeano413

    別カプは別時空

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    甲操 清閑日和

    ##甲操

    2021.04.28

     日も高いはずの時間から、空が不機嫌に沈んでいる。風雨が沛然と窓を叩き続けているせいだ。気象予定が示すには、昼時へ帳を下ろすように降り続けるこの雨は、明々後日までは続ける心づもりらしい。乱雑に続く重い音にかき消されて生活の賑わいが聞こえないのは物淋しいが、時々ならば、静寂に身を委ねて家にこもりきりになる一日があってもいい。
     環境システムの長期メンテナンスとしての雨は、アルヴィス勤務者、一般島民に関わらず事前告知されていた事もあって、島内ネットワークの更新欄には前日からうちを含めた各店舗の臨時休業の知らせをずらりと並ばせていた。いくつかの施設は宿直で開けているらしいが、少し抜けた誰かの為の雨宿りとしてだろう。
     島の在り方を明かされる以前からも、こういった長雨の時期はあった。この島の形で一日降らせておしまい、というのは不自然だからだろう。もしかすると、本当に降り続けた日もあるのかもしれないけれど。偽装鏡面である以上限界はあるし、自然に襲い来る嵐は避けようもない。
     不便はあるが、雨はそれなりに好きだ。いざ降り始めれば、いくらか屋根にさえぎられたとしてもそこに留まらず、やがて川や海へ合流するのがいい。小雨や狐の嫁入りもいいけれど、俺は長雨を特に気に入っていた。晴れ間をのぞかせる暇もなく途切れる兆しも見えない分厚い雲から、粒の雨がぼたぼたと地面へ染み込んでいくのを見ている間は、細かな事を考えずにいられたから。
     雨粒は、清廉な空気も、薄汚れた煙も拒まず抱き込んでくれる。システムによって機械的に循環させられた水も、命の芽吹くどこか遠い場所から流されてきた雲から逃げ出した雨粒も、過不足なく、等しく島に受け入れられていく。逃げるように部屋に籠もった日も、降りしきる雨音に耳を澄ませるのに夢中になって鉛筆を手放してしまうくらいには、心を落ち着かせてくれていた。
     そんなふうに、誰が拒んでも、当然の顔をして生活領域への侵入を果たしてみせる雨を気に入っている。

    「部屋干しって結構蒸すよねえ」
     パン、と鳴らして布のシワを伸ばしながら来主が言った。持ち上げているのは、開店祝いとして、羽佐間先生が名前を刺繍してくれた俺のエプロン。代わりに俺の手にあるのは、操、の一文字を丸く縫い込まれた揃いの布。丁寧に扱っているつもりだが、毎日のように身に着けているせいで、どちらもそろそろくたびれてしまっている。だめにする前に立上さんに次を仕立ててもらわないとな。羽佐間先生に頼んだら、新しいものにも名入れしてもらえるだろうか。
     太陽を頼れない間は、客間としてしつらえられた風通しのいい一室を物干し場として用いていた。この店に制服はないけれど、人の形で存在している以上、洗濯物と無縁ではいられない。人前に出すエプロンやランチマットを、毎日使い回すわけにもいかないし。
    「湿度を上げてるんだから、そりゃな」
    「乾燥機じゃダメ? 部屋干しほど待たなくてもいいし、乾くのもすぐだよ」
    「エプロンを引っ張らずに機械で回したら、しわくちゃになるだろ。お客様の前でそんなもの着られない」
     一人の日はそれで済ませてアイロンで整えるけれど、こいつに使わせるのはちょっと怖い。それもそうだねと誤魔化されてくれた来主が、俺のエプロンを干し終えた手を次の布に伸ばす。ここへ泊まらせた初日に買い与えた使い古しのパジャマをハンガーに委ねて、壁から壁に渡した物干し竿に掛け、また次を持ち上げる。模倣から始めた生活動作にもすっかり慣れたものだ。教科書と羽佐間先生に教わった方法を丁寧にこなす姿をひとしきり眺めてから、店舗用と別個に洗ってあった下着や洋服をまとめてあるかごからいくつか拾い上げる。振り返って、背中合わせで部屋の空をのんびり埋めていく。
     こうしていると、普通の家族みたいだな。
    「反対に湿度が欲しい日は、どうするの? おんなじように部屋干し?」
    「そういう時は晴れてるだろ。洗濯物の代わりに、わざと濡らしたタオルを掛けたりしたんだってさ。この島で必要になるかはわからないけど」
    「へーえ。使う機会がなくても、知恵を大事に引き継いであるんだね」
     来主の疑問には大抵答えがあった。情報把握はお手のものだし、事実として理解していても、他者の口から答えを聞きたいのだという。回答するまで張り付いてあれこれ訊ねられるのは多少面倒ではあったけれど、今では習慣づくほど日常に溶け込んでいる。それに、本当のこどもよりは扱いやすい。総士の曖昧な疑問に断定で返す一騎を見ていると、俺は来主担当でよかったのかもしれないと思い直せた。俺にあの馬鹿正直は真似できないけど、一騎たちはあれでうまく成り立っている。いろんな形があるよな、うん。
    「干し終わったらさ、甲洋の部屋でアーカイブ見ようよ。咲良が面白そうなの教えてくれたんだ」
    「いいけど、俺も知ってるやつ?」
     情報源が咲良ってことは、こども向けの教育番組辺りだろうか。それとも、人間の恋愛について訪ねて回っているらしいから、こいつでも見やすいメロドラマとか?
     想像を巡らせているうちに、かごの最後の一枚にたどり着く。雨音に気をとられる前に終えられるのは良い傾向だ。耳を向けた窓の向こうで、タイミングを合わせるように、本番はこれからとばかりに雨滴の流れが激しくなった。一体何を見るんだろう。せっかく部屋で見るのなら、家を揺らす音に気分が引きずられて体を冷やしてしまわないよう、熱めの紅茶でも入れようか。
    「なんだと思う? 僕もまだ見てないの。最初から一緒に見たくてさ」
    「……アーカイブなんだよな? 映像記録とかおかしなのじゃなくて、ちゃんと精査されて貸し出してるやつなんだよな?」
     ちょっと嫌な予感がする。不安を煽る、いたずらな瞳でたくらんでるとバレバレの口元を隠すように持ち上げられた、俺の黒のボクサーパンツ。なんでだよ。こいつ、今日は俺のものばっかり干してるな。
    「それも内緒! 流したらわかるわよって言ってたから、甲洋も楽しみにしててね」
     なんでもいいけど、さっさとそれ、離してくれないかな……
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