2021.09.14
「一騎の好物を教えてよ」
「俺の?」
知ってなにか得をするんだろうか。ロゴを貼り付けた窓のそばに座った来主が俺の動きを追う。首と顔をこちらに向けながら、不思議な感触を知りたいと言うので用意したメロンソーダの表面を指で撫で、なにかの道を作っている。
「そう。君達の情報は皆城総士に与えてもらったけれど、一騎はなにを気に入っているかを彼は知らなかったから。だったら俺が聞いてもいいんじゃないかと思ってさ」
「食べ物でないといけないのか」
「うーん。一騎カレーをもらったから、せっかくなら同系統の好奇心を満たしてみたいじゃない?」
そういうものか。頷きで閉じた瞼を開くと、片肘を付いた来主の前に移動していた。ちょうど、総士と話した時と逆の格好になっている。
「なんでも食うようにしてたから、あんまり、得意とか苦手とか、今はないかな」
「一人の食事も?」
「一人……で食べる想像が、できない」
「もしかして、一騎だけで食べるって、ないの?」
「学校ではクラスメイトがいるし、家でも、朝晩父さんと食卓についてるから……」
窓の向こうから差し込む光が、水だけを入れたグラスの影を不思議な色で満たす。虹色、というほど濃くもない、水で溶かしたような色の中で、唯一俺と来主だけが鮮やかでいる。
夢だ。これは。だって来主と直接話したとき、俺の目にはこいつの髪の色さえうつらなかった。薄茶色のような、グラウンドのすみに生えた雑草よりもあいまいな色だって、ようやく。
「そっか。そういう当たり前の中に、君は生きているんだね」
言って、立ち上がる。メロンソーダはすっかり空だ。迎えを見つけたのか、ガラス向こうを見上げる瞳からは、もう、真正面から睨んだ時の迷いは消えている。
「もう、いいのか」
「まだまだ知りたいから行くんだよ。答え合わせは次の子に残してあげないと」
立ち上がって、隣に行こうとする俺を制するように手のひらを向けられる。あからさまな拒絶に、別れの時間が近付いているのだと悟った。この夢から覚めれば、もう二度と会えないのだろう。
「ねえ、俺がしてみたいこと、見つかったよ。聞く?」
「ああ」
「一騎に、一緒に食べると楽しいって思ってもらえる相手になること」
だと言うのに「次に会うまでに」と言い残した男が、今目の前にいる。そうして再び消えようとしている。
歩こうとしても足が重い。薄まった楽園が形をなくしていく。覚める。夢が。俺はどこで眠っていたんだっけ。
「今度会えたら、一緒に食事をしようね」
もちろんだ。頷いたのだけれど、彼に届いていただろうか。