2022.02.06
空を飛ぶ夢を見た。ずっと高い場所にいるのにちっとも寒くないし、息だって白まない。最後の記憶はベッドで途切れていた。だから、夢だ、これは。スカイダイビングとやらを知ったばかりだから、想像が延長して空間を作り上げたんだろう。航空機の扉がうまく想像できなかったものだから、きっと空に撫でられる場面で気が付いたんだ。
どうせならば楽しんでやろうと、どこかを目指して進むたび、強風が僅かに開いた隙間をこじ開ける。あともう少し、自由に動けたなら、望む場所へたどり着けるのに。
視線を上げた。遠く、遠くの、あたたかな雲のなか。四方を包まれたあの場所ならば、誰に見られているとおそるおそるにならなくて済む。自分が自分でなくなるのじゃないかと怯えずにいられる。夢でくらい、誰にも邪魔されず自由でいたい。なるべく早くそこへゆきたくて、羽ばたこうともがいたところで、ようやく気づいた。落ちている。きっと、ずっと、最初から。
当たり前だ。ダイビングの夢なんだから。踏みしめる地面もすがる壁もない上、原案を無視してパラシュートさえ付けていない。
こんなところであがいたって無駄だ。早々にあきらめて目を閉じる。薄雲をへだてた遥か下方が地面だか海だか、もしかすると煮えたぎる灼熱の岩漿だか知らないが、夢なんだから悪いようにはならないだろう。最悪、気分の悪い寝起きを一日引きずる程度だ、きっと。
どんどん落ちて、速度を上げて、はじめよりもきつい風が頬を歪ませる。死ぬ夢ってどうなんだろう。夢占いというものを見かけた覚えはあるが、わざわざ不吉な言葉を引く気にはならない。
そのうちに誰かが腕を掴んだ。痛むだろうとぎゅうっと瞼を強く閉じても、急に止まった事での反動は来なかった。
「……誰だ?」
逆光のせいで、助けてくれた相手の、顔がわからない。案外なで肩の、太陽にも透かされない、闇を飲み込んだように黒い、短い髪を跳ねさせた……。
「……一騎か?」
まさか。夢なのだから一人きりに決まっている。訊ねても返事はない。ただ黙って、繋ぎ直して、引っ張り上げてくれている。こいつは絶対に俺を離さない。落としたりなんかしない。確信が胸を満たす。
「一騎? なあ、どうして……」
答えはないのに、何度も、何度も、名を呼んだ。どうしてだか、目を離す気にはならなかった。