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    なりひさ

    @Narihisa99

    二次創作の小説倉庫

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    なりひさ

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    現代転生⬜️🐜(⬜️記憶なし)最終回

    #死瘴

    幸せに名前なんてなかったから7 瘴奸の体調は時間をかけて快方へ向かった。その長い時間を、死蝋は瘴奸と共に過ごした。良い日ばかりではなかったものの、瘴奸の気持ちはすでに未来へと向いていた。
     やがて日常生活が戻ってくる。朝がくれば瘴奸は部屋の窓を開けた。劇的な変化があるわけではない、連続した瞬間が過ぎていく日常の空気を吸い込んだ。初夏の空気は湿度を含んで生暖かく、それでいてどこか優しい。時間通りにラジオをつけると、天気予報が午後からは快晴だと告げた。
     スマートフォンが震え、死蝋からメッセージが届いた。朝の挨拶と、今日の食事会が楽しみだと書かれてある。人気キャラクターのスタンプが、コミカルに動いていた。
     食事会を企画したのは貞宗だった。瘴奸の体調が回復してきたため、久しぶりに家でご馳走を振る舞いたいという。貞宗や常興は各人の誕生日や、何かのイベントごとのときに、盛大に手料理を振る舞うのが楽しいのだという。
     そして今回の食事会には死蝋も呼ばれた。死蝋が瘴奸を見舞いに何度も訪れる間に、貞宗たちとも打ち解けたのだという。死蝋も食事会に呼ばれたのが嬉しいらしく、この日を楽しみにしていた。
     瘴奸は煙草をポケットに入れ、パジャマを手に取った。各人の部屋を回って同じように洗うものを回収していく。それらを洗濯機へ入れた。表示された終了までの残り時間を見て、顔を上げる。不意に滲んだ涙を堪えて、廊下の拭き掃除をしようと、バケツと雑巾を手にした。
     空は薄曇りだが西のほうは青空が見えた。雲はゆっくり流れていく。蛇口を捻ると水が吹き出した。その勢いが心地良く、二階からは新三郎のくしゃみが聞こえた。
     

    「すげぇ、豪華っすね」
     丸一匹の鯛が捌かれて机の中央に鎮座しているのを見て、死蝋は感嘆の声をあげた。立派な真鯛は料亭で出てくるような姿造りにされている。何度か貞宗たちの手料理を食べている死蝋も、机いっぱいに並ぶ料理の出来栄えに驚いていた。
    「ほれ、はよう座れい」
     貞宗はまだお盆を持って料理を並べている。新三郎はそれらの料理をスマートフォンで写真におさめていた。
    「どうやって捌いたのですか?」
     これまでも貞宗が魚を捌いているのは見たことがあるが、これほどのものは見たことがなかった。
    「ユーチューブにな、プロが教える綺麗な捌き方という動画があった」
    「それを見て再現できるのが凄いです」
    「それも凄いけど、鯛を釣るんじゃなくて、弓で射止めたって部分のが凄いと思う」
     新三郎の言葉に、この鯛が四人張りの餌食になったのだと知る。鯛もさぞ驚いただろう。
    「弓矢で魚を獲るのは法的にギリギリアウトですけれどね」
     常興の言葉に新三郎が取りなす。そこへ貞宗も加わると、一気に空間は賑やかになった。
     すると死蝋が瘴奸の隣に座った。死蝋は瘴奸の手に指を絡めると、寄り添うように呟いた。
    「いい家族っすね」
     瘴奸は死蝋の指を手のひらでやんわりと包んだ。そして死蝋の言葉に頷く。自分には勿体無いほどの人々に囲まれていた。
    「さあ、食べるぞ!」
     貞宗が賑やかな声を上げて、各々は席についた。いただきます、の号令のあとでそれぞれの箸が伸びる。
     食事は和やかに進んだ。会話に花が咲き、笑みが溢れる。死蝋は若いだけあってよく食べた。張り合うように新三郎も食べたので、あれだけあった料理もきれいになくなっていく。
     貞宗は開けた瓶ビールを死蝋に向けた。死蝋は空になっていたコップを持ち上げる。
    「料理は口に合ったか?」
    「ええ、もちろん。今日の鯛もめっちゃ美味かったっす」
     鯛の身はきれいになくなり、尾と頭だけが皿に残る。その頭の脳天には矢傷があった。
    「いい鯛が手に入ったから、これは刺身だと思ってな」
     貞宗も上機嫌で、手酌したビールをぐいとあおる。死蝋も合わせるようにビールを飲み干した。
    「いやあ、豪華っすよ。鯛のお頭付きなんて、はじめて食べ……」
     死蝋は言葉の途中ではっとしたように目を見開いた。そのまま瞬きもせずに黙り込んでしまう。
    「どうした」
     瘴奸は突然動かなくなった死蝋を揺さぶる。すると死蝋はゆっくりと瘴奸を見た。
    「お頭付き……お頭……頭?」
     壊れたゼンマイ人形のように言葉を繰り返した死蝋は、瘴奸をじっと見つめてからあっと叫んだ。
    「頭じゃねえっすか!!」
     家を揺らすほどの声をあげた死蝋は手を叩いて笑い声を上げた。新三郎が箸を取り落とし、常興は思わずビールを吹き出した。貞宗は呆気にとられたまま、死蝋の笑い声を聞いていた。
    「……思い出したのか」
     瘴奸の言葉に死蝋は何度も頷いてから、軽い調子で言った。
    「やっべえ、また頭に惚れちまったってこと?え?やべえ俺、頭のこと好き過ぎじゃねえっすか?」
     死蝋はゲラゲラと喧しい笑い声をあげた。そのあまりに軽い調子に、瘴奸は感情が迷子になってしまった。

     瘴奸は死蝋と連れ立って公園に来ていた。死蝋が前世の記憶を思い出した衝撃は一旦落ち着き、二人で話すために家を出て近くの公園へと来た。
     夕暮れも終わりそうな頃合いの公園には二人の他に誰もいなかった。瘴奸は死蝋の表情がすっかり昔のものに変わっていることに、懐かしさと共に居た堪れなさを感じていた。
    「すまなかった」
     突然に頭を下げた瘴奸に、死蝋は呆気に取られて口をぽかんと開けた。
    「え、なにが?」
    「前世で、お前にしたことだ」
    「だから、どれのことっすか」
     数えたらきりがない。死蝋もそう思っているだろう。瘴奸は頭を下げたまま、目をきつく瞑った。
    「俺はお前を拾って、まともに生きる道を教えなかった。首を刎ねられて死ぬような、そんな生き方をお前にさせてしまった」
     下げた頭にどれほどの後悔があったとしても、償いには足りなかった。それでも、数えきれないほど不幸にした者の中で、唯一詫びられるのは死蝋だけだった。
     死蝋は少し黙ってから、ぽつりと呟いた。
    「あんたに謝られたら、あの頃の俺が馬鹿みたいにでしょ」
     その声には、斬り捨てるような響きがあった。瘴奸の体が強張る。許されるとは思っていなかった。だが、実際に突き放すような言葉を受けると、胸の奥がきしんだ。
     無駄に歳だけを重ねて、傷つくことばかりが上手くなっていく。まだ自分は、死蝋に対してどこかで許しを期待していたのだと、今さら気づいて情けなくなった。
    「あんたがいたから俺は生きてた。あんたが悪かったって言ったら、それさえ否定されちまう気がして、嫌なんすよ」
     死蝋は近くにあったブランコの鎖を掴んだ。鎖がきぃきぃと音を立てながら揺れる。
    「だがその結果、お前を不幸にしただろ」
     声に滲んだ苦さなど聞こえないように、死蝋はブランコに立った。揺れるブランコが街灯の灯りを遮る。死蝋の足がリズムを刻むが、ブランコが古いせいか酷い音を立てた。
    「別に俺は頭を恨んでねえっすよ」
    「死蝋」
    「今のあんたが、あの頃のあんたを否定するなら、俺が何度でも肯定する」
     あけすけな声音に瘴奸は顔をあげた。
    「だって頭は俺に優しかった」
     死蝋は悪事を働くときのように笑っている。あえてそんなふうに笑って見せているのだと気付いて、瘴奸は言葉に詰まった。
     死蝋が瘴奸に優しさを見たとたら、それは勘違いでしかない。利己的な瘴奸の言動を、どうにか肯定的に捉えたくて優しさだと思い込んだのだろう。
     けれど死蝋は瘴奸を見ると急に真面目な顔になった。
    「頭は覚えてないかもしれねえっすけど、俺は頭の優しさを覚えてるんでいいっすよ」
     そう言ってから笑う死蝋の顔は、どこまでも飄々としていた。そしてどこまでも真剣だった。
     ブランコは大きく前後に揺れる。風を切る感覚を急に懐かしく思った。
    「楽しかったでしょ。あの頃だって」
     瘴奸の胸の奥で何かが緩む。言葉の重さも、過去の罪も、そこにある全てが温かな手で包まれるようだった。
    「よっと」
     死蝋は勢いをつけてブランコから飛び降りたが、そのまま勢い余って尻餅をついた。
    「痛ってぇ」
     尻をさする死蝋の前に瘴奸は立った。死蝋が瘴奸を見上げる。
    「頭?」
     瘴奸は黙って死蝋の頭に手を置いた。そのまま、ためらいもなく、指を差し入れて髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜる。
    「ちょ、やめろってば!」
     整えてきたであろう髪型が一瞬で崩れていく。それを見て瘴奸は、声にならない笑いを漏らした。
    「馬鹿だな」
     瘴奸は屈むとそのまま死蝋の肩を引き寄せて抱きしめた。死蝋の体温が、胸の奥の凍った部分にじんわりと染みていく。
    「あんたもな」
     ここからもう一度始めよう。前世の自分たちが見たら羨むような、そんな楽しみを見つけよう。陽の落ちた公園で、古ぼけた街灯が二人を照らしていた。
     



















     



     

    「なんだこれ」
     瘴奸はあまりの光景に口を開けたまま固まった。
     ケーキの上に林立する蝋燭は、もはや祝福の火ではなく、焦熱地獄の業火のようだった。その火力はどう見ても安全の範囲を超えている。
     窓の外には粉雪が舞っていた。ガラス越しに見える風景は薄らと雪化粧をしている。玄関の隙間風が、ほんのわずかに廊下に冷気を連れてきた。
    「知らないんすか、頭。誕生日ケーキには、年齢と同じ本数の蝋燭を刺すんすよ」
    「知ってて聞いているんだ。これはお前、火事だろ」
     今日は瘴奸の誕生日である。それを祝うために貞宗がケーキを焼いてくれて、死蝋がデコレーションを担当した。
     どうやらそれが間違いだったらしい。便利な世の中には数字の形をした蝋燭があるというのに、死蝋は年齢分の蝋燭を全てケーキに出したらしい。そもそも、いい歳をして誕生日ケーキに蝋燭を刺すとは思わなかった。
    「頭、早く消して。蝋が垂れてケーキについちまう」
     目の前に置かれたケーキについた火は熱いくらいだった。瘴奸はあわてて息を吹くが、四十本もの蝋燭の火は中々消えない。何度も必死に吹き消すうちに、瘴奸は頭がくらくらしてきた。
     蝋燭の火が消えたケーキの横で瘴奸は顔が真っ赤で突っ伏した。死蝋はというと、床に転がって笑いすぎて酸欠になっている。深呼吸を繰り返す瘴奸の額に青筋が浮かんだ。
    「お前、前世より馬鹿になってないか」
     死蝋は笑いすぎて滲んだ涙を手の甲で拭っていた。見ればその背後で同じように笑っている新三郎がこちらにスマートフォンのカメラを向けていた。どうやらずっと録画していたらしい。
    「ほれ、料理を運ぶぞ」
     貞宗の声に全員がキッチンへ向かう。大皿に盛られた手料理を運んだ。箸だビールだと言い合いながら、賑やかに食事が並ぶ。
     こうして祝われることに瘴奸は少しの照れ臭さを感じるが、それ以上の喜びを感じていた。ただ素直に生きていて良かったと思う。
    「はい、これ頭の」
     死蝋にビールを手渡される。当たり前のように隣に座る死蝋に、瘴奸はうまく言い表せない温もりを感じていた。
    「前の俺たちにはできなかったことを、今やってんすよね」
     その言葉に、思わず死蝋の顔を見た。死蝋はグラスを軽く揺らしながら、目だけで瘴奸を見る。
    「つまりこれ、勝ちっすよね」
    「何と勝負してるんだ」
     瘴奸はつい笑みが浮かんだ口元を隠しながら、もう片方の手で死蝋を小突いた。死蝋は歯を見せて悪戯っぽく笑う。
    「わかんねえっすけど」
     死蝋は瘴奸の肩に腕を回すと、スマートフォンを頭上に掲げた。蝋燭だらけのケーキも入るようなアングルに調整してシャッターを押す。画面の中に切り取られる一瞬の自分たちを、瘴奸は不思議な気持ちで見つめた。
    「もう一枚」
     言いながら新三郎が瘴奸の背に張り付いた。そこへ貞宗も常興も加わる。画面が随分と窮屈になり、死蝋はめいいっぱい腕を伸ばした。
    「撮るよ」
    「連写しろ」
    「連写いらねえって。押すな!」
     その一枚に焼き付けられたのは、やかましい笑い声と、熱を帯びた空気と、何よりも大切な存在だった。ケーキの蝋燭の数が生きた証のように小さく煙を上げている。あの頃の自分たちの姿は記憶にしか残っていない。しかし。今のほうが、ずっとまっすぐに笑えていた。
     ぬくもりを伴う感情を、瘴奸は確かに感じている。それは劇的な高揚もなければ、風に舞う落ち葉のようにありふれた儚さがあった。
    「なあ、頭。今のこの感じ……なんて言うんだろ」
    「……さあな」
     ストーブが低い唸りを上げ、空気はゆらゆらと揺れていた。湯気を上げるグラタンの表面には焦げ目がつき、香ばしいチーズの匂いが鼻をくすぐる。溶けた蝋がトッピングのようにケーキの上に広がり、苺の上にさえカラフルな模様を作っている。新三郎の甲高い声に、貞宗の渋い笑い声が重なる。常興は「早く食べましょう」と言いながら料理を取り分けていた。
     そのすべてが、冬の夜の静けさにとけ込んでいく。
     それは手を伸ばせばそこにあって、けれども一瞬の幻のようでもあって。何と呼べばいいのかわからない、探し求めていたものだった。
     
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