ありえないほど近い 掠奪後の馬鹿騒ぎも落ち着いた朝方。昇る朝陽に目を焼かれながら、瘴奸は目を覚ました。昨夜は酒を飲んでいるうちに、いつの間にか眠り込んでいたらしい。
「あ、起きたんすか」
その声に目を向ければ、すぐそばに死蝋がいた。身を丸めて眠っていた瘴奸の背に背を預けるようにして、死蝋は座っている。
瘴奸は目を瞬いて死蝋を見た。死蝋の浅緑の直垂の袖が裂けている。血で汚れてはいないから、掠奪の最中にどこかに引っ掛けて破いたのだろう。
瘴奸は指を伸ばして破けた袖を摘んだ。まだ新しい直垂だというのに、随分と派手に破いたものだ。
すると死蝋はおもむろに直垂を脱ぎ始めた。
「頭、これ破れちまった」
「転がってる死体から新しいのを選んでこい」
必要なものは現地調達と決まっている。今なら生きてる人間からも、死んだ人間からも選び放題だ。
すると死蝋は脱いだ直垂を瘴奸に押し付けてきた。何日洗っていないのか、直垂には死蝋の匂いが染み込んでいる。
「これ気に入ってるから直して」
真剣に訴えてくる死蝋に、この直垂が珍しく買ってやった物だと思い出す。浅緑の生地が死蝋の日に焼けた肌によく似合う気がして、気まぐれで買い与えたのだ。着せてやれば存外に男前に見えたものだから、そう言って揶揄ってやれば、死蝋は子供のようにはにかんでみせた。
「しょうがない奴だな」
瘴奸は渋々身を起こす。すると死蝋が待ち構えていたように針と糸を渡してきた。最初から瘴奸に繕わせる気でいたらしい。
「お前は昔から……」
言うのが面倒になったぼやきは半端に途絶えた。まだ子供だった死蝋を拾ってから今日まで、いったい何回着るものを繕ったかわからない。着るものは奪った品物の中から適当に見繕っていたが、成長に合わせて縫い合わせ、破れては当て布をしていた。
縫い物など家を出るまでした事がなかった。仕方なしに覚えたが、今となっては誰かに押し付ければ済む話だった。それでも死蝋のためとなると手が動いてしまう。昔からの習慣の惰性なのか、これも気まぐれなのか。
思考を巡らせること自体が面倒になって瘴奸は布に針を刺した。糸が布地を通る感触は嫌いではないが、見栄えは良くするほどの器用さはない。再び着られる程度に、布地を繋ぎ合わせていく。
すると死蝋は直垂を脱いだ体のままで瘴奸に擦り寄った。瘴奸の手元を覗き込む姿は子供の頃から変わらない。大人になれば離れていくものだと思っていたが、死蝋はまるで昔のままの無防備さで寄り添ってくる。これが他の誰なら蹴り飛ばしていた。
寝床にしてもそうだった。ある時から死蝋とは寝床を別にしていたが、夜明けには必ず瘴奸の布団に潜り込んでくる。寒いだの間違えただの、言い訳は毎回違う。それも聞き飽きて、瘴奸はもう何も言わなかった。
「暫くかかるぞ」
まだ縫い始めたばかりで、これほど派手に破けたものを縫い合わせるには時間がかかる。冬も始まろうとしているのに裸でいるつもりかと小突けば、死蝋は寒くないと言い張ってさらに瘴奸に身を寄せた。
「あの二人って距離おかしくないっスか」
腐乱の呟きに白骨は首を傾げた。先ほどまで寝ていたはずの瘴奸が針仕事をしている。その瘴奸に死蝋がべったりとくっついていた。その姿は飼い主にまとわりつく犬のようだ。
「あの二人は昔からあんな感じだから」
最近になって征蟻党にきた腐乱にはあの距離が不思議に思えるのだろうが、古参はあの二人の様子に慣れていた。郎党たちの命を銭よりも軽く扱う瘴奸が、死蝋に対してだけは少々甘い。それを本人ですら自覚してないように白骨には思えた。
「……あの距離、おかしいっスよ。慕ってるっていうか、あれ恋人じゃないっスか? 子供のフリして甘えてるようにしか見えないっスよ」
腐乱の声に苛立ちが滲むことを白骨は面白く思う。それに気付かないふりをして白骨は無言で肩をすくめてみせた。雄弁は銀、沈黙は金である。