【まおしゅう2展示】絶対に見つかってはいけないものを消滅させる話 マトリフは見つけた箱を手にして首を傾げた。マトリフの洞窟には雑多な物が溢れている。散らかったそれらを片付けようと気まぐれを起こしたはいいものの、中には持ち主のマトリフでさえ不可解な物も紛れていた。
マトリフが手にしたのは細長い箱である。ちょうど輝きの杖が入るほどの大きさだ。随分と重く、やけに頑丈な木箱で、厳重に封がされている。中身が思い出せなくてマトリフは記憶を辿った。だが思い出せない。
ならば見たほうが早かろうと封を解く。木箱の蓋をぱかりと開ければ、そこに鎮座したものが目に入った。
「やべ……」
マトリフは即座に蓋をした。そしてさっき剥がした封をきっちりと巻き付ける。中に入っていた物は、確かにマトリフが過去に使っていた物だ。だがあまりの威力に、使うのを止めて仕舞い込んでいた。
マトリフは咄嗟に洞窟内を見渡す。ガンガディアはちょうど留守だった。マトリフはほっと息をつく。ガンガディアにコレが見つかったら大変なことになる。
さて、あいつがいない間にコレをどうにかしなくては。
マトリフは箱を持ったまま洞窟をウロウロと歩き回る。だが隠すには大きすぎた。ベッドの下なんて安直な場所に隠そうものなら、五秒でバレてガンガディアに「コレは?」と詰め寄られるのがオチだ。
そもそもどこに隠しても綺麗好きのガンガディアが掃除をするときに気付きそうだ。むしろ今まで見つからなかったのが奇跡といっても過言ではない。倉庫の奥の奥に放り込んでおいてよかった。
マトリフは箱を持って外に出る。やはり跡形もなく消し去るのが一番だ。しかしたいていのものならメラゾーマなどで燃やしてしまえるが、コレはオリハルコン製だ。メラゾーマなどでは歯が立たない。
となると、残されたのはメドローアしかない。
マトリフは箱を適当な場所に置くと、両手に魔法力を込めた。何も大岩を抉ろうってわけじゃない。小さなメドローアを作れば済む話だ。
魔法力を調整しながら小さなメラとヒャドを作る。これくらいなら体への負担も少ないだろうと高をくくっていたが、いざ合成を始めると途端に体に負荷がかかり始めた。メドローアは出来上がる前に弾けてしまう。
「ちくしょう……」
マトリフはちょっと焦げた両手を見つめる。自分でメドローアを作るのは失敗だった。
「ポップに頼むか」
メドローアを使えるのはマトリフだけではない。今では弟子のポップのほうがすっかり使いこなしている。ポップに頼めば一瞬でコレを消してくれるだろう。
だがしかし。マトリフはポップの性格をよく知っている。中身を伝えずにコレをメドローアしてくれなんて頼んだら、中身は何だとしつこく尋ねるに違いない。勘が良いからコレが何なのか気付く恐れもある。もし万が一にでもコレを見られでもしたら、一瞬で師匠としての威厳とか矜持を失ってしまうだろう。
ポップに任せるのはリスクが高い。いっそ遠くの海にでも行って捨ててしまおうかと考える。だが朽ちることのないこのオリハルコン製のものは残り続けるだろう。それも後味が悪すぎる気がした。
やはり跡形もなく消滅させるべきだ。マトリフは決意する。
「何をしているのかね」
「ぎゃー!!」
突然に後ろから声をかけられてマトリフは飛び上がる。ガンガディアは驚いたマトリフに驚いて目を丸くさせた。
「おおおい脅かすな」
「すまない。脅かすつもりではなかった」
マトリフは箱を抱えていた。当然ガンガディアもそれに気付く。
「それは?」
「あ、いやコレは……」
窮したマトリフだったが、そこで突然に閃いた。マトリフは箱を抱え直すと、人差し指を天に向けて立てた。
「オレと呪文の実験をやらねえか?」
「呪文の実験?」
マトリフは箱を置くと少し離れた場所までガンガディアを誘導した。そして両手を開く。
「メドローアの亜種なんだがよ」
言いながらマトリフは手にヒャドを作る。
「合成させてから飛ばすんじゃなくて、飛ばしながら合成させるんだ」
「そんなことができるのかね」
「だから実験だって言ってんだろ。アレが的だからな」
知的好奇心の塊のガンガディアならこの誘いを断らないだろう。マトリフは笑みを浮かべながらも内心では祈っていた。どうかこの誘いに乗ってくれ。
「君の体の負担にならないかね」
ガンガディアは表情を曇らせながら言った。ガンガディアはやたらとマトリフの体調を気にかけてくる。呪文を使うことがマトリフの体に負担だと知ってからは、極力マトリフに呪文を使わせないようにしていた。
「実験だから小せえヒャドで十分だ。それなら平気だからよ」
さっきメドローアを使おうとしたなどとは口が裂けても言えなかった。そんなことを言えばガンガディアは顔中に血管を浮き上がらせてマトリフにマホトーンするだろう。
ガンガディアはそれでも考え込んでいたが、ようやく頷いた。
「ではやってみよう」
「よし!」
思わず言ってからマトリフは咳払いする。
「威力さえきっちり合わせちまえば、あとはタイミングの問題だ」
「わかった。君のタイミングに合わせよう」
「じゃあいくぜ」
マトリフのヒャドに合わせてガンガディアがメラを作る。威力の調整を丁寧にしてから、ガンガディアは頷いた。
「ところでアレは何かね?」
ガンガディアは今になって的にした木箱を指差した。
「な、んでもねえよ。ただの要らねえ木箱だ」
マトリフの動揺が言葉に出てしまった。それを見逃すガンガディアではない。
「先ほどから君の言動が怪しいのはアレが関係してるのかね」
これだから頭のいい奴は嫌なんだよ!
マトリフは内心で叫びながら大きく息を吸った。そしてスッと両手を前に出して手のひらを合わせる。いわゆるお願いのポーズだった。
「頼む」
「何がかね」
マトリフは正攻法に頼ることにした。真面目なガンガディアの性格に賭けたのだ。
「何も聞かずにアレをメドローアしてくれ」
「中身を聞かせてくれ」
「怪しいもんじゃねえんだ」
「怪しくないものなら言えるはずだ」
ガンガディアの目がジッとマトリフを見つめてくる。マトリフから信頼されていなことを悲しむ目が責めるようにマトリフを見ていた。
だがマトリフには言えるはずがなかった。アレがガンガディアのペニスの張り型、つまりディルドだなんて。しかもオリハルコン製の。
あれはガンガディアと恋人になって間もない頃のことだった。マトリフはガンガディアと夜を共にすることになった。そして見てしまったのだ。その大きなイチモツを。当然入るわけがなかった。
そこからの様々な苦労は割愛する。そしてこのオリハルコン製のディルドこそ、その苦労のひとつだった。わざわざガンガディアを眠らせてから型を取るほど凝った作りにしたのは、マトリフがヤケクソだったからだ。オリハルコン製にしたのも同じ理由だ。
そんな苦労の割にはオリハルコン製のディルドはやはりマトリフには大きすぎて、使えたものじゃなかった。そうして封印された。夜の営みはガンガディアのモシャス習得で解決したから、ディルドのことは綺麗さっぱり忘れてしまっていたのだ。
このオリハルコン製のディルドのことはもちろんガンガディアは知らない。もしこんなものを作らせてくれなんて言ったら、ガンガディアがどんな反応するか。
「アレはオレの過去の過ちだ」
マトリフは重々しく呟いた。
「過ち?」
「あんなもの作るべきじゃなかった。だから消してしまいたいんだよ。お前にアレが何かなんて知られたくねえ……なんて、我儘だよな」
「マトリフ」
「いいんだ……見たかったら見ていい。オレの恥なんて今さらお前に隠してもしょうがねえ」
しおらしく項垂れれば、ガンガディアの視線が和らいだ。
そう、これもマトリフの計算だった。ガンガディアはマトリフが嫌がることを無理強いできない。しかもマトリフがこんなふうな態度を取っているときは特にだ。
マトリフは健気な爺を装って俯く。伸るか反るかの瞬間だった。祈りは胸の内で盛大に行われている。胸の前で十字をきって手を組み合わせ、護摩木は焚かれ、マントラの大合唱だ。地上の神も魔界の神も今だけは力を貸してくれ。この歳なっても恥なんてかきたくない。この秘密は墓場どころか地獄にまで持っていく。
ガンガディアは小さく頷いた。
「わかった。君の頼みだ。中身は知らないままでおこう」
マトリフは心に中で盛大に飛び上がった。拍手喝采。スタンディングオベーション。これでマトリフのつまらない矜持は保たれたのだった。
「悪いな。じゃあとっとと済ませてしまおうぜ」
とマトリフが言った時だった。空から一人の少年が降りてきた。
「あれー、師匠とガンガディアのおっさん何してんの? あれっ、これ何が入ってんの?」
止める間もなくポップが木箱を開けてしまった。木箱から転がり落ちるオリハルコン製のディルド。それはもう精巧に作られた銀色の特大ペニスが砂浜に転がった。
凍りついた空気をマトリフは胸いっぱいに吸い込んだ。そして唱える。
「ルーラ」
「待ちたまえ」
呪文で飛び上がったマトリフの脚をすかさずガンガディアが掴んだ。勘と逃げ足に優れた弟子は状況を察してとっくに逃げてしまった。
「落ち着け。これには深い訳がある」
「いいとも。聞かせてもらおうか」
「若気の至りってやつでな」
「傘寿を超えても若気の至りと言うのかね」
「恋をすりゃあ若返るってもんだ」
こうなれば開き直れとばかりに、マトリフはふんぞり返った。ガンガディアはマトリフを捕まえたまま、ディルドを拾い上げる。
「これは私のものに見えるが」
「いい出来だろ。ここの血管のディティールを見ろよ」
さすがは名工と呼ばれるだけあるぜ、とマトリフはしみじみと言う。あの名工に頼んで作ってもらうのに苦労したのだ。
「私の言いたいことがわかるかね」
ガンガディアの声は地獄の門番でさえ裸足で逃げ出しそうなほど恐ろしかった。だがマトリフはあっけらかんと言い放つ。
「お前にラリホーかけて眠らせて、ナニをしゃぶって勃たせて石膏で型を取ってすまなかった」
「君の性への関心の高さは理解しているつもりだったが、あまりにも度が過ぎる」
「十数年前のことだぜ。時効だろ」
口が減らないマトリフを抱えてガンガディアは洞窟へと戻った。もちろんディルドを持ったままである。その夜は二人にとって長い夜になった。
その後オリハルコン製のディルドは溶かされて、何の変哲もないインゴッドにされた。それはマトリフの洞窟の棚に鎮座している。
だがマトリフはそれを見るたびに、あの夜を思い出してちょっと惜しいことをしたなと思うのであった。
おわり