【ごくパ展示】喰らいつく 焚き火が崩れる音でアバンはふとあたりを見渡した。探した姿はすぐに見つかる。ハドラーはクロコダインと酒を飲んでいた。
キャンプの夜はいつまでも騒がしいものだが、年少者たちがぽつぽつとテントへ眠りに行ってからは、大人たちも声を落として静かに飲み始めた。
アバンは先ほどまで一緒に旅をした仲間たちと飲んでいた。しかしマトリフが先に抜け、それじゃあとロカやレイラも抜けてからは、ひとりで焚き火にあたりながらコップに残った酒をちびちびと飲んでいた。
目の前の焚き火は消えかかっている。これが消えたら眠ろうと思うが、つい手に持っていた小枝を焚き火の中に入れた。
「寝ないのか」
突然にかけられた声にアバンは顔を上げる。ハドラーがすぐ後ろに立っていた。その気配に気付けなかったことに、自分で思っている以上に酔っていたのだとわかる。
「クロコダインは?」
見れば先ほどまで二人がいた焚き火は消えていた。クロコダインの姿も見えないからテントへと眠りに行ったのだろう。残っているのはアバンとハドラーだけだった。夜空を見上げれば月は随分と高い位置にある。
「……そろそろ寝る時間ですね」
アバンはそう言いながらも、立ち上がろうとしなかった。ハドラーはそんなアバンの様子に焦れたように見下ろしている。
「寝ないのか」
「もうすぐ寝ますよ。これを飲んで、この焚き火が消えたら」
アバンは言いながらも、もう暫くここにいたいと思っていた。灰が多くなった焚き火が崩れる。巻き上がった火の粉が夜の空に消えていった。
するとハドラーは突然にアバンが持っていたコップを取り上げた。そして残っていた酒を飲み干し、焚き火を足で踏み潰した。
「ちょっと……なにするんですか」
ハドラーの突然の行動にアバンは頭に血が昇る。声は控えたものの、剣を抜く勢いでハドラーを睨め付けた。
「寝るぞ」
「勝手に……」
アバンは言いながら踏みつけられた焚き火を見た。熾火になった薪が散らばっている。少しずつ灰になっていくそれからアバンは目が離せなかった。
ハドラーが一度は灰となって命を終えたことを、アバンは忘れることができない。灰を見るとあの時の光景が思い出されてしまう。宿敵の命が崩れていく感触はまだ腕に残っていた。
「なぜ燃えかすなど見ている」
そんなアバンの思いなど気付かずにハドラーはアバンの肩を掴む。ハドラーが再び命を得たこと、そして目の前にいることはアバンだってわかっている。しかし一度は失った命に、どう向き合っていいかわからないでいた。
マトリフとガンガディアを見てどこか心が騒つくのはそのせいかもしれない。マトリフは再び命を得たガンガディアと共に生きる決心をしたという。残り少ない命を後悔で終えたくないと、マトリフは珍しく本音を吐露した。だがアバンはそこまでの思い切りを持てないでいる。
「……オレを見ろ」
ハドラーが苛ついたように言う。そんな言葉に稚気を帯びた感情が急激に膨らんだ。
「命令するな」
「まだあの時のことを考えているのか」
アバンは眉根を寄せてハドラーを見る。ハドラーはようやく自分を見たアバンにふんと鼻を鳴らした。
「オレはここにいるだろう」
「簡単に……忘れられるわけないじゃないですか」
かつて宿敵だったハドラーへの思いは複雑だった。憎しみは薄れ感謝の思いすらある。だがそれ以外にも、言いようのない思いがあった。
「だいたいおまえは……」
言い終える前にハドラーがアバンの顔を掴んだ。そのまま唇を重ねてくる。それは触れ合うというより、喰らいつくという勢いだった。
最後の焚き火が消えてあたりは暗い。アバンは反射的に声を上げそうになったが、舌を絡め取られるとそんな気もなくしてしまった。
本当はずっとこうなることを望んでいた。それを見透かされた気まずさと、それを与えられた恍惚に酒の酔いが加わる。すると大概のことはどうでもよくなり、目の前の心地良さが欲しくなった。
「行くぞ」
ようやく口を離したかと思ったらハドラーはアバンを抱え上げた。そのまま真っ直ぐに自分のテントへと向かっていく。
「ちょっ……そのテントはガンガディアも一緒でしょう」
テントは数人ごとに割り当てられている。ハドラーはガンガディアと、アバンはマトリフと一緒のテントだった。するとハドラーは鼻を鳴らして隣のテントを見た。
「ガンガディアなら老ぼれのテントに入っていったぞ」
「え」
アバンは思わず自分のテントを見る。見てから実際に何か見えてはまずいと思って目を逸らした。
「じゃあ」
「オレたちも気兼ねなく二人でテントを使えるということだ」
ハドラーとガンガディアが二人で使うならと用意した大きなテントに二人で入る。ハドラーは広げてあるブランケットの上にアバンを下ろした。
「お前を抱く。いいな」
「そっちこそ、覚悟は出来ているのでしょうね」
その声を合図に二人はお互いの身体に手を伸ばした。服を剥ぎ取って裸体を晒し、まるで空腹を満たすかのように激しく貪り合う。命をかけてぶつかりあってきた二人には遠慮も猜疑もなかった。
二人の交わりは空が白むまで続いた。日は音もなく昇る。そして分け隔てなく全てを照らした。アバンは眠い目を擦りながらテントを出ると、澄んだ空気を肺いっぱいに吸い込んだ。