冥土へようこそ マトリフは青い巨体を見上げた。ガンガディアが身に纏っている服から目が離せないからだ。ガンガディアが身につけているのは黒を基調としたワンピースと白いエプロンで、いわゆるメイド服と呼ばれるものだった。
「どうかな?」
どうかなじゃねえよ、とマトリフは叫びそうになったものの、なんとか押し留めた。そして何と言うべきか悩んだ。何故こんなことになってしまったのか、皆目見当がつかない。
ガンガディアの鍛え上げられた肉体は窮屈そうにメイド服に包まれている。黒のワンピースはミニスカートで、胸元も大きく開いている。エプロンにはフリルやリボンがふんだんにあしらわれていて、服だけ見れば可愛らしい作りだった。
「……君がこういうものを好むと聞いたのだが」
反応がないマトリフに気を落としたようにガンガディアは言った。
「誰がそんなこと言ったんだよ」
「ポップくん」
あいつか、とマトリフは頭を押さえて項垂れた。おそらく、ポップは綺麗なおねーちゃんがメイド服を着ているのを見て言ったのだろう。それをガンガディアがおかしな解釈をしてしまい、こんな大事故になったらしい。
「オレが好きなのはメイド服を着たねーちゃんであって……」
「私では駄目かね……君は私のことが大好きなのに?」
「自己肯定感が育ったのはいいけどよ」
自分の種族への嫌悪から劣等感を持っていたガンガディアに、マトリフは賞賛の言葉をかけ続けてきた。そこにはガンガディアへの愛の言葉も含まれている。それは十分に効果があったらしいが、そこへ従来の生真面目さとひと匙の天然さが加わり、メイド服を着たらマトリフが喜ぶに違いないという結論に至ったようだ。
メイド服の下で筋肉が唸っている。胸元などはち切れんばかりだ。これが若い女の豊満な胸なら涎も垂れそうだが、メイド服に詰まっているのは筋肉だ。フリルたっぷりのミニスカートから見える太腿も逞しい大腿四頭筋である。
「実は君のぶんもある」
ガンガディアはどこからかもう一着のメイド服を取り出した。
「着てくれないか」
「オレがメイド服を着ると思ったのかよ」
「愛してるマトリフ」
「しょうがねえな」
マトリフは法衣を脱ぐとメイド服を着た。ガンガディアはメイド服を身につけたマトリフを上から下までじっくりと見ている。マトリフのメイド服はガンガディアのものとはデザインが異なっていた。ワンピースの丈はロングで、装飾はシンプルだ。頭はレースのカチューシャが付けられている。ガンガディアの眼鏡がキラリと光った。
「やはり私の考えた通りだ。あえてクラシカルなデザインで露出を極力減らすことで扇情的な魅力を感じる」
「そ、そうか?」
褒められたのでマトリフは照れ臭くなった。だがよく考えれば、この狭い洞窟にメイド服を着た男が二人いるという異常事態だ。片やインテリマッチョトロル、片や棺桶に両手両足突っ込んでブリッジしているような老人だ。こんな地上なら大魔王だっていらないだろう。
「やっほ〜師匠」
狙ったようなタイミングで元凶がやってきた。ポップはメイド服を着たガンガディアとマトリフを見て口をぽかんと開けた。
「ここって地獄の一丁目?」
「メイドだけに冥土ってか」
マトリフはポップの首根っこを捕まえた。ポップは本能的に危機を察知して悲鳴を上げる。
「おかえりなさいませご主人様」
マトリフは地を這うような低い声で言った。そのまま引き摺って歩く。
「まあゆっくりしてけや。茶でも淹れてやるよ。せっかくメイドになったんだからな」
到底メイドとは思えない笑いをマトリフは上げる。
それからポップはマトリフとガンガディアという二人のメイドから丁寧な接待を受けた。もてなしたのは主にガンガディアで、マトリフはポップに着せるためのメイド服のデザインを紙に描き殴っていた。