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    八華✺⋆*

    TRI葬台/牧台
    基本的にえっちなやつしかない

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    八華✺⋆*

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    よだつかDom/Sub①
    まだえろいところはありません。
    続きが書けたらあります。

    午前二時、思案の外 赤く光る誘導灯をゆっくりと振り下ろし、制服の袖から見える時計を確認する。ちょうど0時を回ったくらい。秒針が刻々と深めていく夜の空、その暗がりに重い機械音が吸い込まれていく。

     眩いほどの電灯に囲まれる工事現場はまるで夜に歯向かっているみたいで、それでも黙々と作業をこなしていくこの時間が司は嫌いではなかった。長時間の勤務になると体力的にはつらいものの、両腕にいっぱい抱えたものから少しだけ離れられる。抱えたものは全て大事にしたいとは思いつつも、そういう時間が必要であることは自分自身がよくわかっていた。

     今回新たに配属されたこの現場は、加護家からは距離があるが拘束時間が短い上に日当が割高なのが魅力だ。休憩を挟んであと一時間もすれば勤務終了。朝になれば家主とその愛娘を起こして送り出さねばならないので、ランニングを兼ねて走って帰ることにしている。

     正直、加護家にお世話になることに関してはまだ自分自身に許せない部分がある。家族のように思ってくれていることも、純度の高い感情で自分を応援してくれていることも十分わかっているし有り難いけれど、司にはまだ加護にも話せていない厄介な事情があった。鴨川が入ったのを機にコーチの仕事も暫く任せることにしてしまったけれど、この数ヶ月でそれも解決しなければならない。そんなにすぐ解決すればここ何年も悩んだりはしないのだけれど、選手の指導に集中できなくなるようなことはあってはならないと固く誓っている。

     そんな司がのっそりと転がってきたダンプカーを一台見送り、運転手に黙礼した顔を上げたときのことだ。真向かいにあった顔とばっちり目が合った。
    まさか、どうしてこんなところに──思わず動揺して視線を上手く逸らすことができなかった。ふたつの眸はまるで暗夜を切り裂くように鋭くて、騒音と振動に囲まれた世界を一瞬で静寂の中に叩き落としてしまう。物言わぬくせに乱暴なほどの威圧感を放つ、その男。


     夜鷹純──


     重機の進入を知らせるアラート音が鳴って、司はハッと我に返った。まだ視線が絡んでくるのを感じながら、ぎこちなく背を向ける。

     思いっきり無視した形ではあるが、こんなところにいきなり現れる夜鷹純が悪い。ことにして、誘導灯を振りながら自分は何も見なかったと言い聞かせた。

     夜鷹とは、不慮の事故のような通話のあと話をしていない。
     というか、そんな関係でもない。それなのにあの眸に対峙するとどうしても追い詰められる気がして、自分を抑える余裕がかけらもなくなるのは正直調子が狂う。
    絶対に好感は持たれていないようだし、無礼な奴だと思われるくらいはもう今さら同じようなものだろう。接触は回避したかった。



     



     なのに。


    「なんでずっといるわけ……⁉︎」
     心の声が大き過ぎて漏れ出ていたのか、休憩を告げにきた交代の男がびくっと振り向いたが構っていられない。
     
     夜鷹純が、いる。

     向かい側の歩道、ガードレールにもたれ掛かって煙草を吸う黒い影。
    目が合ってから三十分は経っているのに、まだいる。
     

     なっ、なななななんで……ッ⁉︎
     怒ってる⁉︎
     挨拶もしないで無視したから⁉︎
     

     混乱を極めながらとぼとぼと現場を離れる。休憩と言っても場所などが用意されているわけでもなく、いつも近くの植え込みの縁に腰掛けて缶コーヒーを飲むくらいだ。今日も定位置まで移動し、どっかりと座る。

     
     …………まだ見てるな……。
     

     あの人の視線はどうしてこうも突き刺さってくるのだろう。わざわざ確かめずともわかる。



     ──氷の上で語りましょう。



     話すことなどない。氷に乗っていてもいなくても、自分とあの人では見ている世界が違う。目の前にいたとしても距離を縮めることなどできない。
     唯一、一緒に滑ったあの時間を除いて。
     痛い視線を感じながら短い休憩時間を過ごし、本日最後の労働に立つ。その間もやはり視線を感じたが、勤務時間を終えた頃には夜鷹の姿はなかった。ほっとひと息つきながらも、彼がいた場所にまだ黒い影が残っているかのようで心がざわっと揺れる音がした。








     ──が。
     次の日も、そのまた次の日も夜鷹純はやって来た。日付けを越えたあたりから、司の勤務が終わるまで何が楽しいのかじっと微動だにせず見ているものだから、現場内でもさすがに話題になった。遠目で暗がりなのが功を奏しているのか金メダリストの夜鷹純だと気づいている人はいないようだったが、これは由々しき事態である。勤務中ずっと気が気でなく、怖くてどんな顔して見ているのかも確認できない。どうしよう。こんなことで手を煩わせるのは心から申し訳ないけれど、鴗鳥先生に相談してみるかなどと苦肉の策を講じるくらいには困っていた。

     そんな中、羊が熱を出し、加護も仕事で帰りが遅くなるという日が二日続いて司は夜間の仕事を休んだ。ひょっとしたら今日も来ているかもしれない──とは頭を過ったのだけれど、やはり夜鷹がそんなことをする理由がわからないし、ただの気まぐれかもしれないし、悩むだけ無駄だとそんな杞憂はすぐに追いやってしまった。


     そして再び勤務の日。


    「まだいる…………ッッ!」


     弛まぬ視線を背中に感じる。
     向かい側に佇む黒い影の威圧感はもはや数メートルの距離などものともせずに異彩を放っており、今日は一段とじりじり見られている気がした。周囲も彼の様子を窺っている気配がする。今日は深夜を回る前からそこに立っていて、相変わらず暗がりの中で微動だにしないけれどそれがもう一種の妖怪みたいで空恐ろしい。
     そろそろ通報とかされない? え、職質? それはまずいんじゃないだろうか。
     ただでさえ態度が悪い人だし、顔はいいけど見るからに怪しい感じだし、公務執行妨害とかドラマで見るような取り調べでもされて金メダリストがちょっと署までご同行を、なんてことになったらスケート界に激震が走る醜聞に発展してしまうかも。そもそも俺に何か言いたいことがあるなら直接来ればいいのに。いや嘘来ないで。絶対来ないで。どうか何もないうちに飽きてお帰りくださ、


    「ねぇ」


     低い声が上から降ってきた。否応にもなく心を打つ、質量のある声。
     いつもの場所で休憩を取っていた司の前に、黒い影はいよいよ立ちはだかった。飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになる。


    「二日いなかったね」


     冷たいふたつの眸に見下ろされて、愛想よく答えられるひとがいるなら今この場で替わってほしい。
     心配そうにこちらを見ているバイト仲間の皆さんに知り合いだと思われるのが居た堪れないが、司は投げかけられた言葉を咀嚼し休んでいた二日間のことを言っているらしいと理解した。ていうかもしかしてその間も来てたのこの人?


    「……非番だったので」


     厳密に言えば違うけれども、詳しい事情を夜鷹相手に話すのも居た堪れないので至極当たり前な返答になった。この質問に気の利いた返事などできようはずもないが、果たして夜鷹の反応はというと。


    「…………」


     視線は真正面に固定されたまま黙って煙草をふかしている。


     ──何か言ってよぉぉぉぉぉ……


     自分で話しかけてきておいてこの態度。しかしフーッと煙を吐く仕草に腹立たしくも、突っ込めない自分が心底恨めしい。
     ああ、早く終わってくれ休憩時間。
     


    「やめたの?」


     今度は質問というには乱暴な訊き方だったが、司はその意味がすぐにわかった。ぐ、と眉間に力を入れて感情の浮かばない眸を真っ直ぐに見返す。


    「やめてません。絶対に勝ちます」


     意地でもプライドを守るためでもなく、本人への宣戦布告でもない。
     これは司の覚悟だ。手が届かなかっただろうと失望されても、笑われても返上するつもりはない。
     しかし夜鷹は俄かに目を細めたきり、表情ひとつも変えないで食い入るように見つめてきた。どういう反応なんだこれは。


    「どうしてここで働いてるの」
    「……っ、お金が必要だからですよ。コーチはやめてませんけど、少しの間クラブを離れてやらないといけないことがあるので」

     
     今日の夜鷹は最初に会ったときや、一緒に滑ったときとまた印象が違っていてどうしてもそわそわしてしまう。
     質問されるだけでは不公平な気がして、司は嫌々ながらなぜ毎日ここに来るのかとやり返してみた。突っ込んだら藪蛇になりそうだが仕方がない。


    「きみのことが気になる理由を知りたかったから、ちょうどいいと思って見ていた」
    「はっ?」


     俺?
     ……が、気になる?
     ちょうどいいって、そんなことで毎日毎日、ここに?


    「ダメです、やめましょ? 気になるって、ただの気のせいですよ。そんな無駄なことに夜鷹純の貴重な時間を使っちゃいけません。即刻やめましょう」
    「……きみ、時々感情の抜け落ちた顔するよね」

     
     余計なお世話だ。まさに感情の抜け落ちたような顔のまま変化のないひとに言われるとは思わなかった。
     そんなとき、ポケットに入れておいたスマホからアラーム音が鳴った。休憩終了。夜鷹の登場で飲むのを忘れていたコーヒーの残りを煽り、立ち上がって緩めていた服装を整える。


    「俺もう行きますけど、本当早く帰ってください。そのままだと職質されかねませんよ」
     

     向こう側で交代で休憩に入るバイト仲間が手を振っていたので、今行くと手を上げて答える。わざと向けた背中にやはり視線を感じながら、短い休憩の時間でよかったと思う。
     このまま話していたら、きっと自分は容量がパンクしてしまうに違いない。


     
    「──明浦路司、」

     

     名を呼ばれるだけでわかりやすく心臓の音が跳ね始める。
     いくら言い聞かせても反応してしまう。
     何層も重ねた言い訳や欺瞞の下に隠した想いが。


     やめろ。やめてくれ。
     遠い存在でよかった。
     届かなかった光はあまりにも強い輝きで、まだ目にするたび焼かれそうになる。
     期待するほど、自分には追いつけないと打ちのめされるから。



    「きみ、subだろう」



     ぱちんと、耳の奥で風船が割れるみたいな音がした。
     気がついたら駆け出して、追ってくる視線を振り切るように逃げた。落ち着かない胸の音と、首筋から背中を伝う冷や汗、グチャグチャな頭の中。
     待っていたひとと交代して、工事車輌を誘導する。作業に没頭して、一時でも忘れられれば。



     でも、まだ──まだ、夜が。


     暗い空の下でも、あの人の目にはすべて映ってしまうのかもしれない。逃げられない、と本能が告げてくる。
     とうの昔に、心は囚われたままだ。


     
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