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    gt_810s2

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    gt_810s2

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     朝起きると、気の抜けた寝顔が目の前にあった。安アパートは部屋数が多い割に、それぞれの部屋の広さはあまりない。恐らく俺の部屋は元々物置部屋として使われるのが想定されていたのではないだろうか。三畳足らずの部屋は布団を敷いたらほとんど物を置く隙間がない。だから銀時と俺は普段から居間で寝ていたから、目が覚めてこんなにも圧迫感のある場所だとはじめて知った。銀時の部屋はカーテンで仕切っただけで居間とほとんどひと続きになっている。この部屋に荷物を置いて居間に行けば、半開きのカーテンから「お帰り」と返ってくる。銀時の世界を閉じる薄っぺらい布は開かれて、居間は俺と銀時の空間になった。便宜上は俺の部屋と銀時の部屋があったが、結局、俺はほとんど一人の空間には寄り付かなかったように思う。喧嘩をした時でさえ、背を向けながらもこの部屋に籠ることはなかった。
    「銀時」
    「んあ? あぁ、あれ、俺……」
    「……逃げねえよ」
    「馬鹿、そんなんじゃねえよ」
     荷物と俺の体の隙間に体を割り込ませていた銀時が、その腕の中に俺を閉じ込めた。確かに眠りにつく時は別々に眠ったはずで、少なくとも意識を微睡の中に落とすまで、この部屋に俺は一人だった。夜更けに銀時は気配を殺してこの部屋に入ってきたのだ。隣に並んで、恐らく、朝目が覚めたら布団の中が空になっていることを恐れていたんだろう。心臓の音が聞こえる。銀時と触れ合った時に伝わるこの音を気にしたことなどなかった。胸板に当たった頬を銀時の熱が触れる。自分より体温が高い男がいるから抜ける力もあるのだと、今更になって知った。何故俺は、心中渦巻くこの感情が、前世から俺の身に刻まれた感情の遺物だなどと考えたのだろう。
    「銀時」
    「なんだよ」
    「悪かったな」
    「おい、お前」
    「逃げねえって言ってんだろ、餞別のつもりでもなんでもねえよ」
     狼狽を隠さずに銀時が俺を見下ろそうとして荷物に頭をぶつけた。鼻で笑って肩を震わせた俺に威嚇するように歯を見せて睨みつけた銀時の頬は、恥ずかしさからか色付いていた。喜びを隠す時によくするこの表情を、俺は好んでよくさせていたように思う。夢で前世の一端を読み取ったあの日、俺は確信した。幼少の頃から気付かぬうちに蓄積していた想いが幻であることを。いつの日か、傷だらけの過去をこの男が知り、俺と同じように惑い、そして、俺から離れていくことを。だから前世で抱えた想いは俺が持つこれとは別のものだと、今なら傷付かずにいられるのだと。過去なんてなくとも、俺はこの男を追いかけることをやめられないというのに。銀時は、その程度で俺から手を放す男ではないとわかっていたのに。だがだからこそ、離れなくてはいけないとも思っていた。きっと俺は、決断したつもりで、迷っていたのだ。この男の苦の源となる前に俺から離れるか、ここに居座り続けるのか。だから銀時の手の届く範囲で、逃げたふりをしていた。本当に姿を消そうと思えば、大学をやめ、遠くに越し、二度と顔を見せない手段だってあったはずなのに。あの世話焼きな幼馴染の呼び出しを、断ることだって出来たはずなのに。
    「銀時、俺はお前からは逃げられねえよ」
     ひとまわり小さくなった瞳が俺を見た。再び俺は銀時の腕の中に閉じ込められて、頭の上からは「何恥ずかしいこと言ってんだよ」「馬鹿じゃねえの」「チビの癖に俺から逃げられるわけねえんだよ」とぶつぶつと聞こえる。文句を言う声は、どこか浮かれて聞こえた。耐えきれずに笑い声をあげると、笑うなと叱られた。だがそれは止まらなくて、さっきよりも更に赤い顔をした銀時を尻目に、暫くの間続いていた。
    「その代わり、お前も俺から逃げられるなんざ思わねえことだな。……例え地獄へ行くことになっても、だ」
    「はあ? いきなり物騒だなァ。中二病はこれだから…………」
     呆れたように俺を見下ろした銀時と目が合う。今度はどこにもぶつけなかった。冗談ではないことを察したのか、暫く考えてから、銀時は口を開いた。
    「まあでも、そうだな。どこ行ったって、俺たちゃ変わんねえよ。……変わってなんかやらねえ」
    「そうか。……なあ、銀時」
    「あ?」
    「俺が明日から、世界をぶっ壊すって言ったらどうする」
     今度こそ冗談だと思ったらしい。眉を顰め口を開き、漫画にでも出てきそうな顔をして俺を見た。
    「そりゃ怖いこった。俺がぶん殴りに行ってやるから安心しろ」
     呆れ顔で吐かれたそれは、俺を一番満足させる言葉だった。
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